第一話 ミエリッタ 3/5
「なるほど二人だけの秘密という事ですね。それなら私は大人ですから、今ここでそれを追求するのはやめておきましょう」
エルデはアプリリアージェから顔をそむけると、目を吊り上げてエイルの尻を抓った。
「痛て!」
「その話はまあそれとして、ネスティの護衛の件ですが、ちょっと難しいかもしれません」
「え? オレが側にいるとまずいんですか? だって」
「だって今までずっと一緒だった……ですか?」
「う」
エイルは自分が言おうとした言葉をそのままアプリリアージェに言われて絶句した。
「うーん……とりあえずその件については私の考えは決まっているんですが、ネスティ本人の意見を聞く必要があるでしょうね。それだけではなくあなたの言う『仲間』に対して納得できる理由付けが出来るかどうか。でもよく言ってくれました。先延ばしにしていましたが、これからの事をきちんと話し合う機会にもなりますし」
アプリリアージェはそれだけ言うと立ち上がり、部屋の扉を開けて外へ出た。
そして顔を見合わせるエイルとエルデを後に、そのまま部屋を出て行った。
「来ないのですか?」
その言葉は扉の向こう側から聞こえた。
来ないのか、とはつまり皆が集まっている場所に戻らないのか、という意味である。
話がある、という事でエイルとエルデはわざわざ別室でアプリリアージェと会談していたのだ。
それは今後についての話し合いの最中の出来事で、エイルにしてみればこれからの事を決める前に懸案だったティアナの呪法の件をアプリリアージェとどうしても共有しておきたかった。
「いいんですか? 貴方たちが密室で二人だけになりたいと言っていたのでそのまま置いてきたといいつけますよ。主にネスティに」
その言葉を聞くとエイルは反射的に立ち上がった。
不機嫌な顔でそれを見ていたエルデもしぶしぶ立ち上がると、二人はアプリリアージェの後を追った。
アプリリアージェの考えはこうである。
ルーナーであるエルデは一行にはこの先も是非居て欲しい。
しかし正直なところフェアリーでもルーナーでもない、普通の剣士であるエイルはアプリリアージェ一行にとっては足手まといが一人増えることに等しいという考え方も出来た。
エイルの剣の腕が確かなのは、ジャミールの里で行われた試闘を見ればわかる。しかし、その剣の力を発揮できる状況が果たしてこの先あるのか? と考えた場合、答えは否定的なものにならざるを得ない。
なぜならアプリリアージェの戦略に於いては戦いを回避し、脱出する機能こそが求められているからだ。
ファルケンハインも、そしてティアナもアプリリアージェの冷徹ともとれる意見に反論は出来なかった。
だからアプリリアージェのその話が終わっても、しばらくの間、誰もが沈黙を守っていた。アプリリアージェの最終的な決定、願わくはエイルにとって良い方向への解決策がその口から語られるのを待っているのだ。
実のところ、当のアプリリアージェも悩んではいた。
だから彼女が用意していたのは決定ではなく、むしろ決定を先延ばしにする理由だったのだ。
当然ながら亜神であるエルデの圧倒的な能力は欲しい。
だが、エルデは欲しいがエイルは要らないなどと言おうものなら、エルデは間髪入れずにアプリリアージェ達と袂を分かつと言い出すであろう。
だからと言ってエイルの申し入れをただ「諾」としたなら、それはエイルを「エルデの付属物として仕方なく受け入れた」事になる。
これから厳しくなるに違いない状況を考えるまでもなく、お互いの関係上それは絶対に避けたい感情だった。つまり、エイルが明らかに同道できる理由付けを考える時間がもう少し欲しかった。
だが、意外なことに解決のための提案はアプリリアージェではなく、エルネスティーネからなされた。
「よくわかりました。では、こうしましょう」
エルネスティーネがその難問の解決に要した時間は、ほんの数秒だった。
アプリリアージェの前で切った啖呵。その内容をエイルは改めて今度はエルネスティーネ、いやその部屋に集まっていた一行全員の前で口にする事になった。
エイルとしては何もせずに勝手に事を決められる訳にはいかなかった。だからアプリリアージェが「決定」を告げる前に主張する必要があったのだ。
気恥ずかしさはなかったが、声の調子は微妙に落ちていたことは確かである。
エルデが全力で不機嫌な顔をしていたからだ。
だが、それでもエイルは言葉にして言い切った。
エルネスティーネは、自分をまっすぐに見つめながら告げられるエイルの、聞きようによっては熱い心の発露を耳にして、ぱっと顔を赤らめた。
それはアプリリアージェから告げられた冷たい言葉で凍り付いたエルネスティーネの心を瞬間的に解答し、沸騰させるだけの力があったに違いない。
そしてエイルの決心からわずか数秒後には、前出の言葉を口にしていた。
エルネスティーネはエイルの目の前に歩み寄ると、真顔で訪ねた。
「エイル、あなたは今、私を守りたいと言ってくれましたね?」
それは近頃よく耳にするちょっと悪戯っぽいエルネスティーネの口調とは違い、真剣でまっすぐな思いがこもった響きを伴っていた。
いや。少なくともエイルにはそう感じられた。
「うん。そう言った」
エイルは躊躇わずにうなずいた。
「その言葉。あなたの一番大切なものに対して誓えますか?」
「もちろんだ」
「わかりました」
ネスティはうなずくと、懐から小さな剣を取り出した。
それはエッダを出立する直前に、王宮で父王アプサラス三世から手渡されたリリス製の懐剣だった。
そして小さなアルヴィンの一挙手一投足を何も言わず見守っていた一同をぐるりと見渡すと、エルネスティーネは厳かに宣言した。
「ではこれで解決です」
エルネスティーネはまずそれだけを言って、一拍おいた。しかし誰かがその言葉に対して質問を投げかける時間までは与えなかった。
「エイル・エイミイを我がミエリッタ、すなわち『一つの剣』とします」
一瞬の沈黙があったが、すぐにエイルがそれを破った。
「ひとつのつるぎ? ミエリッタ?」
訳がわからずオウム返しにそうつぶやくエイルとエルネスティーネの間に、飛び込むようにティアナが体を割りこんだ。
「うわっ」
突然の事に驚くエイルを無視して背を向けると、ティアナはエイルではなく、エルネスティーネに対峙した。
「それはなりません、ネスティ……いえ、姫!」
「これはしたり。いったい何の不具合があろうか、ティアナ?」
シーン・ジクス達との闘いの後、アプリリアージェ一行と合流したエイルとエルデが驚いたのは、そこにハロウィン・リューヴアークと調達屋ベックが居た事よりも何よりも、エルネスティーネが別人のようになっていた事だった。
イースとの姿形をそっくりにする為にサミュエルがかけていた造形操作系のルーンが解け、多少面変わりした事も手伝ってはいるが、それは些細な事であった。それよりもその堂々とした態度は全くの別人にしか見えなかった。
だが別人でないことはすぐにわかった。
エイルを呼ぶ声、無防備に飛びついて来る仕草、鼻腔をくすぐる森の中にいるような髪の香り……それらは紛れもないエルネスティーネのものだったからだ。
だが、それだけに何かが吹っ切れたかのように、あるいは清々しく生まれ変わったような自信に満ちたエルネスティーネの立ち居振る舞いには、エイルだけでなくエルデまでもが面食らっていた。
造型操作のルーンがまさか性格にまで及んでいたわけではないが、そうだと言われても信じてしまうような、そんな様変わりだったのだ。
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