最終話 ラクジュ街道の戦い 2/6
「やはり、そっくりですよ」
フリストはミリアにもう一度そういうと、小さく笑った。
「私はバカな人間の下につく星の下に生まれているのでしょうね」
ミリアも同様だった。
ミリア・ペトルウシュカがフリスト達に語った計画は、残忍で容赦のないものだった。ミリアは計画の妨げになるものは是も否もなく排除することを豪語していた。
彼は言葉通りの行動をとることもあった。だがその実、フリストが見たミリアは言動不一致の標本のような人間だったのだ。
ミリア達がヴェリーユ入りしたのは、アキラ・アモウル・エウテルペと言う彼の手駒に最後の指示を与えるためだった。エルネスティーネとル=キリア一行がヴェリーユに居たのは全くの偶然だったのである。
かつての仲間達が窮地に陥っているのを見たフリストは、考える前にミリアに加勢の許可を請うていた。
計画外の介入を嫌うミリアは即座に申し出を却下するはずだったのだ。そうすべきであった。
だがミリア・ペトルウシュカはフリストの申し出を許した。
いや。
正しくは、フリストの申し出をスノウがミリアに同様に頼み、それをミリアが許したといった方がいいだろう。
だが、フリストの助力を許しただけでなく、ミリアは自らの力を供出する事を告げた。すなわちハイデルーヴェンまでの経路確保と退路の破壊がそれである。
さらにその後、大葬の工作の為にエッダ入りしたミリアは自分が自分に課した使命すら反故にして見せた。
ミリアの計画に存在しなかった、見過ごせない穴。今はまだ点の状態だが、放っておけば穴は修復不可能になる可能性があった。
ニーム・タ=タン。
突然現れた異分子の名である。
敵が敵だけに、ミリアは自ら手を下すべく、ニームと対峙した。
だが、結果はどうだろう?
殺すどころか、エスカから身を引くという約束を取り付けただけである。さらにその監視役としてシーレンを付けた。監視役とは言ったものの、ルーナーに高性能な護衛を与えたようなものなのだ。
だが……。
フリストには何の文句もなかった。
話し合ったわけではないが、イブキもクシャナも、そして当のシーレンでさえ、今の主をバカだとは思っているだろうが、同時に誇りに思っているのは間違いない。
このファランドールを変える事を目指している人間が、小事に目を背けられないなど、相当に愚かな人間と言うしかない。
愚かで甘い。
言っていることとやっていることが違う。
そんな人間が目標にたどり着くのには、相当な困難が伴う事は容易に想像がつく。
だがフリスト達は、その困難を心地よいと感じていたのだ。
それにしても……。
極めつけは今、この場所この時だった。
ミリアがやった事をフリストは理解していた。
触れたものを変容させる力を用い、傷口を塞いだ後で、蘇生させるためにミリアは自らの血を、それも相当量の血をフリストに分け与えたのだろう。
自分が血の海に横たわっていると言ってもいい状況なのは理解していた。これだけの失血でまともに生きていられるわけがないのだから。
だから今、こうして意識を取り戻したという事は、すなわち目の前でぐったりしているミリアが文字通り蘇生の為に命を賭してくれたに違いない。
一番上に立つ人間が、手駒の為に命を賭していいわけがない。
そんな事に力を使うより、安全にイエナ三世を移送する事を優先すべきなのだ。それがこの日の計画の最終目標であったはずだ。
だが目の前に横たわるミリアは、とてもではないが力を使うどころではなかった。
それは血しぶきの中で倒れたアプリリアージェと同じ状況、同じ姿だった。手駒一人が犠牲になれば済むところを、誰一人犠牲にすまいとして、結果として被害が複数になる。
「二人ともそっくりです。バカすぎて言葉もありません」
重ねてフリストはそうつぶやいた。
だがミリアからはもう何の反応もなかった。ハッとして目を大きく開けたが、体が重くて起き上がれない。
「たぶん大丈夫。ミリアは気を失っただけ」
スノウはそう言ったが、気を失っただけではないはずだった。相当の血を失って、危ない状態のはずだ。ギリギリの量を、いや、下手をすれば本人が危なくなる程の量を送り込んだかもしれないのだ。
バカだから、相手が助かるなら加減などしない。できない。アプリリアージェでもきっとそうしただろう。
フリストの頬に、再び冷たいものが流れた。
「スノウ」
フリストはモテアの少女に声をかけると、外に連れ出してくれるように頼んだ。
まだ力は戻ってこなかった。
それだけでなく、体温が上がるどころか寒さがどんどん増してきていた。手足の指先の感覚はない。頭痛もひどい。気を入れていないと頭がぼんやりとしてくる。
昔のことを思い出していたのも、そんな状態だったからであろう。
だから、やることはもう決まっていた。
二、三スノウに質問しながら外へ出た。
ガルフとリーンがいる。
親衛隊の姿も見える。
イエナ三世は横になっていて、イブキとクシャナの姿はなかった。
リーンから簡単な状況説明を聞いた後、やるべき事がぶれていない事を確認すると、親衛隊の屈強なアルヴの前に座り、自力で体を支えられない為に紐で体を括り付けてもらってから 馬を走らせた。
「無理を言うが、急げ。一刻も早く」
小さくはあったが、力のこもった声でフリストは親衛隊の青年に命じた。
「持っている力を全て使って急げ! 死に際にお前がこの日この時を思い出しても、一片の悔いも残さぬ為にも」
「心得ました。『双黒の左』」
フリストはその返事を聞くと苦笑した。
「知っていたのか」
「我らは名にし負うシルフィード王国軍の親衛隊。見くびってもらっては困ります」
「そうか……」
フリストは小さな笑いがこみ上げてくるのを感じた。それは心地よい笑いであった。
「ならば共に矜持に生きるアルヴ同士。今は互いの全力を尽くそう。お前はイエナ三世の為に」
「『双黒の左』はイエナ三世の為に戦うのではないと?」
フリストを抱きかかえながら、馬を駆る長躯のアルヴは訝しんで尋ねた。
「シルフィード王国の国王陛下を主とする『双黒の左』はすでに死んだ。今の私は、ただのフリスト・ベルクラッセというダーク・アルヴの女だ」
「なるほど。理解したわけではありませんが、了解しました。歴戦の勇たるダーク・アルヴの戦士がそう決めたのなら、私にはもう言葉はありません。これは共闘と言ったところですね」
「共闘か。そうだな。だが私はお前達が忌み嫌うル=キリアにいた人間だ。不本意かもしれんが、今回はこらえてもらいたい」
そう言った後で、フリストは自分の言葉に驚いていた。
ル=キリアが自軍の兵士にどれだけ忌み嫌われているかは当然ながらよくわかっていた。だが、その事を相手に対して気遣うなど、ル=キリア時代にはあり得なかった事なのだ。
(私も……甘い人間になったと言う事か)
心の中で自嘲したフリストだったが、親衛隊の兵士の返事は思いがけず明るい声色だった。
「なんの」
そう言って馬にひと鞭を入れる。
「あのル=キリアと共に戦っただけでなく、多少なりとも『双黒の左』の役に立ったとなれば、墓に持ってゆく一番の自慢話になりましょう。よくぞ私を指名して下さいました」
「……」
風が強かった。
走り出してから追い風が吹き始めた。まるで風のフェアリーであるフリストを援護するかのように。
その風の音に紛れたのだろうか。フリストは兵の言葉には反応せず、無言で目を閉じた。
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