第六十七話 エルネスティーネの覚醒 3/6
「先ほども私はこう言いました。なぜ、ファランドールにはこんなに多くの種族がいるのだろう、と」
再び語り出したエルネスティーネに、もう対峙する者はいなかった。
戦闘部隊の二十数名も、手に持った獲物を皆だらりと下げている。その視線はエルネスティーネに注がれているが、そこに敵意は見られない。ただ目の前の少女の話を聞こうと耳を澄ましているだけであった。
「木や花や大地。星や海や鳥。それに空、雨、風。そして私たち人間。なぜファランドールにはこんなにも多くのものが溢れているのでしょう。もちろん私はそれら全てが一つに解け合えるとは思ってはいません。でも、人間だけならそれが可能だとは思いませんか?」
エルネスティーネは言う。
「ここにいる方々はいろいろな国から集まっていらっしゃるようですね。私はシルフィード王国の人間です。誤解があるようですから説明させていただくと、シルフィードは確かに宗教を排除する国ですが、一人一人の信仰まで否定していません。宗教そのものを弾圧しているわけではないのです。私自身はマーリンを信じていますし、尊敬しています。先王アプサラス三世陛下、その周りの要人の方々も同様だと聞き及んでいます」
そこで言葉を切ると、広間には少しだけざわめきが広がった。シルフィード王国は全ての宗教活動を禁止しているが、信仰を禁止してはいない。それは真実であったが、他国には当然ながら宗教を禁じている国、という単純な認識を持っている人間の方が多い。
だから国王がマーリンを信じ、敬っているという話は初耳も初耳。むしろ寝耳に水のような情報だった。
「マーリンを信じています。ですが、教会に属しているというわけではありません。正教会の人も新教会の人も、ここには大勢いらっしゃるのでしょうね。ですが、皆同じマーリンの子供という点では同じはずです。ならば、私は皆さんに問います。マーリンが創りたもうたこの世界を疑問に思った事はありませんか?」
なぜマーリンは複数の人類を作ったのか?
なぜマーリンは属性ごとのエレメンタルを作ったのか?
そしてなぜマーリンは男と女を作ったのか?
「異質なもの、全く違う存在における最小単位が男と女。そこにこそ大神マーリンの問いかけがあると考えるのは間違いでしょうか?」
エルネスティーネの話は続いた。
それは人間を男と女に分けた事と、複数存在する人類との似て非なる「違う存在」をエルネスティーネなりに解釈し、その上でファランドールの未来を示す意見、いや夢でもあった。
アキラはエルネスティーネの話を聞く内に、自分の体が熱くなってきている事に気付いた。だがそれはエルネスティーネの話に感動したという単純な理由からではなかった。
同じ話を彼は既に知っていたからである。
もちろん、全く同じ話ではない。エルネスティーネの話はかなり大ざっぱで、夢の占める部分が大きい。そして決定的な違いはそこに政治と経済という概念が入っていない事であった。
だが、思い描くファランドールの姿として、その話はアキラの知る話と酷似していたのだ。
そう、その話は彼がアカデミーと呼ばれるドライアドの貴族学校で出会った一人の風変わりな少年から聞いた話と同じだったのだ。
アカデミー始まって以来の劣等生。好きな絵を描くだけで勉強・軍事教練・剣技などには全く興味を示さなかった公爵家の長子。
もちろん、ミリア・ペトルウシュカの事である。
「最小単位はすなわち、最大の問題に対する鍵なのです」
エルネスティーネは語る。
最大の問題とは多くの人類が同じ世界に同居している事。すなわちアルヴ、アルヴィン、ダーク・アルヴ、デュナン、ピクシィ。
エルネスティーネはそれらをマーリンがヒトに与えた試練ではないかと言うのだ。
マーリンが、自分の作り上げたファランドールという世界を本当に人間に任せていいものかどうかを考えた末、ヒトに託した最大の試験なのだと。
「試験を、私たちはいつの間にか試練にしてしまいました。それはとても単純な答えだったはずなのに、私たちの意識は外へは向かわず、内へ内へと向かい続けたのです」
マーリンはそれぞれの人種に、特徴を持たせた。
アルヴには強靱な肉体と長寿を。
アルヴィンとダーク・アルヴには、老いる事のない外見と、素早い身のこなしを。
アルヴィンは寒さに強く、ダーク・アルヴは暑さに耐える力がある。
デュナンはバランスに優れた体格に併せ暑さにも寒さにも強い。さらに繁殖力も一番である。
そしてピクシィには全人種で一番強い生への欲望と他の追随を許さぬ手先の器用さを与えたのだ。
「それはなぜでしょう?」
エルネスティーネは再び周りを見渡し、その場の人間に問いかける。
アキラは答えをもっていた。ミリアからの借り物ではある。しかし、共鳴したからにはそれはもうアキラの答えでもあった。
「マーリンは全ての人類で争い合い、生き残った一つの人種にファランドールにすむ権利を与えようと考えたのでしょうか?」
違う、とアキラは心の中で首を振った。
「そう言う考えを持つ人もいるでしょう。私も、あなた方も、そしてこの町にいるデュナンの方々も、さらにこの街の外にいるファランドールの全ての人々も、きっと正解には辿り着かないでしょう。それは大神マーリンのみが知る事。ならば……」
エルネスティーネが辿り着いた一つの答えはミリアがアキラの前で披露した一つの夢と同一であった。
最初にエルネスティーネが呼びかけた言葉。それこそが答えなのだ。
「全ての個性を混ぜ合わせ、一つの人類になりましょう」
エルネスティーネの言葉はこうだ。
だがミリアはエルネスティーネとは違う言葉を使って、おそらくは同じ到達点をアキラに伝えた。
『人類は外に向かうべきか、内に向かうべきか? それを考えるべきだとは思わないかい? だって種族という単位は顕在する一つの実例に過ぎないんだよ? その下に国という単位があり、その下には街という単位がある。一族という単位もそうだし、家族だってそれぞれが異質の単位だ。この世に自分と、自分達とは異質な者が存在する限り、結局心理的な壁による争いはなくならないだろう。ややこしいことにそれに加えて人間には欲望というやっかいな業がある。人は自らの欲を満たす為に異質なものを争いの道具に仕立て上げるだろうさ。だったらまず、異質なものを減らそうじゃないか。婚儀は二つの家族を繋げ、溶け合わせる可能性を秘めた最小の欠片だ。そして最小の鍵は目的に向かって伸びる真っ直ぐな道へ繋がる最短扉を開ける事ができる。その鍵こそが種族という大元の壁に開いた鍵穴にはまる唯一のものだとは思わないか?』
ミリア・ペトルウシュカという存在を知らないエルネスティーネは続ける。ミリアとは違う言葉を使って。
「私は混ざり合いたい。溶け合いたい。デュナンだアルヴィンだとお互いをまず種族で振り分けてしまう私自身の価値観を変えてしまいたい。私もそれは難しい事に違いないと思っていました。閉ざされた家の中だけで、頭だけで考えていたからでしょう。けれども、それは本当に簡単な事だという事がわかりました。そしてとても簡単なだけに、難しいのだということも痛い程わかっています」
エルネスティーネの言葉はアルヴやデュナンという種族を完全に否定しているわけではない。アキラにはわかる。だが完全に否定しているミリアの理想の方がより強いとも思うのだ。
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