第六十七話 式典の朝 3/6

「勝者、賢者エイミイ」

 ラシフは高らかにそう告げると席についてぐったりしているエルネスティーネに話しかけた。

「賢者殿はあれほど確かな腕を持っておるのに、自らの剣を持たんのか?」

 ルーナーは通常精杖を持つ。だがルーンを使える剣士はまれにいる。現にジャミールの場合、多くの剣士はルーナーでもある。彼らは剣にスフィアを埋め、それを精杖としている。エイルの精杖が出し入れが自由な不思議なものだと言う事をラシフは知っていた。であれば、剣を腰に差していても問題はないように思えた。

「そう言えば何も持っていませんね。実は私もエイルの剣術を見るのは初めてなんです」

「なるほど、そうか」

 ラシフはそういうと何か考え事をするかのように腕組みをしたが、すぐに側に控えていたイブロドを近くに呼んで何事かを耳打ちした。

 イブロドはラシフの言葉に少し微笑んで頷くと、一礼して審判席を後にどこかに駆けていった。


 二番目の試合はアプリリアージェのものだった。

 本来は剣士ではなく射手であるアプリリアージェだが、試合の決まり事により短剣で臨んだ。もちろん短剣の使い手としても優れているのは間違いのないところであろう。

 彼女の試合はこの日でもっとも華麗な試合で、かつエイルの時よりもあっけなく終わった。

 開始の合図が告げられた数秒後には相手の兵士は背後からアプリリアージェに剣を突き立てられていた。

 合図と同時に二人は一斉に相手に向かって動いた。そして斬り合う際に、アプリリアージェは相手の兵士が振り下ろした剣を避けたかと思うとまるで舞い上がるようにその剣を握る手首にトンっと足を乗せ、相手を前のめりにさせると同時にひらり地面に舞い降り、同時に振り向くことなく背後の相手に剣を突き出したのだ。

 相手の兵士がしまったと思い、体勢を立て直そうと思った時にはすでに勝負がついていた。

 

 観衆は味方の里人の兵士が負けたことよりもむしろ相手のダーク・アルヴらしい身軽さを最大限に生かした戦い振りに感銘を受け、ラシフによって勝ち名乗りを上げたアプリリアージェにやんやの喝采を送っていた。


 三番目に出てきたファルケンハインの勝負はその日でもっとも豪快な勝利となった。

 ただし、ラシフから物言いがついた為仕切り直しというおまけ付きではあったが。

 ファルケンハインは伸ばすと自分の身長程の長さになる伸縮式の棒を手にしていた。普段は折りたたんで懐に隠しているという。

 彼は試合の合図を受けるとその棒の先に三日月の形に湾曲した白い刃を作り出した。風のフェアリーである彼の持つ特殊な能力がそれだった。ただの棒が一瞬で巨大な鎌の姿になったのだ。それもただの鎌ではない。その刃の長さが尋常ではなかった。彼は試合開始と同時にその白く光る鎌を一振りして相手の胴を真っ二つにして見せた。もちろんエルデのルーンで本当に真っ二つになったわけではなく、エーテルを纏った刃が体を上下に切り分けるようにすり抜けたのだ。ファルケンハインの鎌の刃渡りは試合会場の半径にほぼ匹敵し、かつ文字通り風のように空間を切り裂いた。従って相手の剣士に逃げ場など存在しなかった。

 ラシフの『物言い』はファルケンハインの武器が「剣」でなかった事に対してだった。

「あくまで剣技の試合じゃ。お主の特殊なフェアリーの力はよくわかった。だが得物を剣に変えて剣の試合として再戦してはくれまいか?」

 おそらくラシフの意図はファルケンハインのフェアリー能力によるあの攻撃ではただの惨殺劇だと里人に判断されかねないという点にあったものと思われる。ファルケンハインは快く武器を両手剣に持ち替えて再試合に臨んだ。

 だが、それでもファルケンハインの強さは相手を圧倒した。お互いに切り結んだと思われた瞬間には、小柄なダーク・アルヴの体は吹き飛ばされてしまったのだ。アルヴとダーク・アルヴという体重差はあまりに大きい。さらに歴然とした腕力の差もあった。目には見えなかったが、剣を振り抜く際にフェアリーの能力で後押しをするような力をかけた可能性も高かった。

 ラシフは会場の端まで飛ばされた兵が尻餅をつく様を、口をぽかんと開けまさに呆然と眺めるだけで、しばらく勝者の宣言をすることさえ忘れてしまっていた。


 次に賢者側の戦士として登場したのはアキラだった。

 対するジャミールの相手は「弓では劣るが、剣技に関しての実力は兵士長であるメリド以上かもしれない」と評判のヒノリ。

 エイル達にとってもアキラの試合は興味をそそられるものだった。ましてや相手がジャミールで一、二を争う使い手となると嫌が応にもそれなりの高みにある試合が見られるという期待がつのる。ジャミールの里人にすればいよいよ期待の実力者が出てきたわけで、こちらも興奮気味だった。

 試合場を埋め尽くす群衆のあちこちから、そろそろ同胞の勝利を期待する声援があがっていた。


 この日で一番長い試合がこのアキラとヒノリによる対戦であった。

 アキラは試合開始の合図とともに前に出た。手にした武器は片手用の長剣だった。

 ヒノリも相手の出方を待つことはせず、両者は広場の中央でぶつかると、互いの剣を交える形になった。

 二度、三度、二人の剣が互いの剣を受け、あるいは責め、断続的な金属音をその日初めて会場に響かせた。それは嫌が応にも観衆の緊張と興奮を高めていった。

 試合開始当初はいつもの微笑を浮かべてはいたが、アプリリアージェはやがて心なしか鋭い目つきで、アキラの足もとに視線を注いだ。


【アモウルはスカルモールドを一撃で行動不能にしたって聞いてたからお前さん並みの腕やと思っててんけど、なかなかどうして、ヒノリの兄ちゃんもやるやんか】

『いや』

【違う?】

『足もとを見てみろ』


 エイルに言われてエルデは注意を足もとに向けた。


【あ】

『わかったか』

【名人芸っていうヤツか?】

『どうだろう。少しヒノリが気の毒な気がするな』


 試合は一見、互いに打ち下ろす剣の応酬合戦とつばぜり合いが続く緊迫感あふれるもののように見えた。だが、試合が長引くにつれ、ヒノリの息が次第に上がってくるのが観衆にもわかった。対するアキラには全くその兆しがない。

 腕に覚えのある者はアキラとヒノリの動きに相当の違いがある事を見て取っていた。つまり、アキラは余裕をもってヒノリと対していたのである。

「まるで師と弟子の稽古のようだな」

 そういう者もいた。そしてそうこうしているうちに観衆の中にもアキラの足もとに気付くものが現れはじめた。

「あれは」

 あちこちである事に気付いた者達がそう口にし出した。その声を聞いた者は、試合場狭しと攻防を繰り広げる二人の剣士の足もとに注意を向けた。

 そこには、いつの間にか巨大な図形が描かれていた。

 それはきれいな円の形をなしていたのだ。

 もちろん、アキラがヒノリと斬り合いながら移動しつつ、足を使って巧みに書かれた円だった。しかも誰もが円の形の美しさに唸っていた。普通に円を描こうと思ってもそれほど綺麗な円を引く事は難しいと思われた。

 アキラのやっている事を認識した観衆がざわめき始める中、ひときわ大きな金属音が会場に鳴り響くと一振りの短剣が宙を舞った。それは回転しながら落下し、地面に落ちる前に、勝者の手に受け止められた。そしてその時、足もとの円は最後の一書きがなされ、一本の線で描かれた円が完成した。

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