第五十七話 古代ルーン 1/3
エイル・エイミイについては「高位精霊履行を一瞬の詠唱で終了させた」という言い伝えが数多くある。もちろん我々はそれがエイル・エイミイではなくエルデ・ヴァイスがエイルの体を使っておこなったものだと知っている。
しかし既に述べたようにほぼすべての文献にエルデ・ヴァイスという人名はない。従ってエイル・エイミイは今日でもルーナーとして認知され続けている。
だが現在では人物特定や謎の検証はともかく、ルーンについての研究はそれなりに進み、エルデが行った「一瞬の詠唱」が「エイリアス」という極めて特殊な手法を使うことにより理論上は可能であると言う学説が認められている。ただし「理論上」であり、何人ものルーナーがこのエイリアスの実地検証に取り組んだが、未だにエイル・エイミイのような使い方を実践してみせたルーナーが存在したという報告はない。
エイリアスとは理論上可能だと言われる履行方法で、簡単に説明するならば、履行する際に履行文を短縮して詠唱する手法である。
だが、履行文とはすなわち精霊波に呼びかける為の「言葉」であり、契約書の文面であるから、勝手な短縮が通用するわけではない。ましてや一語違うだけで履行は発生しないほど厳密で精密な設計図のようなものがルーンなのである。使用するルーンがいくつかに限られている場合を除き単純に省略形などができるわけはないのだが、ある履行を使って言葉を読み替え、かわりにルーンを履行する「もの」を作ることが可能だという。
その「可能である」とする論理によると、ある特定のものに対して「ある音を違う音に変換させる」ことがそれにあたる。それは定着ルーンと言って、その履行の内容が一定の時間で切れてしまわない種類の難度の高いルーンを使用することで可能である。それによりそのある「もの」は一種の変声装置になることが知られている。
エイルが行っていたのはこのやり方を基本にしたもので、ある言葉を発すると、違う言葉に置き換わるような仕組みを作り上げたのではないかと言うのである。誤解を恐れずに書くならば、それはもはや変声装置ではなく翻訳装置に他ならない。エイル・エイミイは独自の、それも完璧な言語体系をも自ら創造していたということになるのである。それも、膨大な言葉をごく短い言葉で置き換えられるような、である。
そういうわけで理論上可能であろうと言われているものの、はたしてそれが実践的かどうかはおおいに疑わしいと言わざるを得ない。
ルーナーの契約履行を目の当たりにした者は知っているとおり、精霊履行文、すなわちルーンには、
一.前文
二.契約文
三.認証文
の三つの部分で構成されているものが多い。
前文は各ルーナーによってすべて異なっており、ルーンの詠唱が許されたルーナーであることをその場にある精霊波、すなわち「エーテル」に対してまず宣言するという文章になっている。
前文においては名付け親がきちんとあり、かつ家族名まで含んだ正式な本名しか使用できないとされる。つまり普段いくら偽名を使っていても、ルーンを唱える時には本当の名前を口にしなければならないということである。
そして多くのルーンには、詠唱の最後に唱えるごく短めの、意味不明な言葉の羅列が必ず付加されている。特に高位と言われるルーンには必ずそれが存在する。
高位ルーンを文書で伝授する場合には簡単にそれが他者に盗まれないようにするために、いわゆる三つ目の履行文である「認証文」は書かれていない場合が殆どである。契約文と最後の「認証文」は別途保管されており、組み合わせが違うとルーンは発動されないのである。
ご存じの通り履行を失敗すると、「リバウンド」という現象が起こり、大きなダメージが履行者であるルーナーに降りかかる。これもまたマーリンと精霊との間にかわされた「契約」なのだ。
リバウンドの強さはルーンの「地位」に比例する。つまり高位ルーンの失敗は死に直結するのである。したがって複数の契約文と認証文を別々に手に入れたとしても、その組み合わせを順番に試して正しいルーンの全文を探るなどという事は現実的にはそもそも不可能な仕組みになっている。
こんにち、一部の高位ルーンが「古代ルーン」と呼ばれ殆ど残っていないのは長い歴史の間に契約文か認証文のどちらかが散逸してすでにファランドールから失われていたり、二つの組み合わせを知るものが居なくなったりした事によるものである。
契約文について触れたこの機会に、ここでグラムコールと呼ばれるものについても少し説明をしておこう。
本来、前文と契約文は最後の認証文とは違い、いわゆる不明な音の文字の羅列のようなものではなく、その言語を知ってさえいれば内容がわかるものである。
その「言語」がグラムコールと呼ばれるものである。
今日標準語として我々が使っている「ファランドール南方語」を起源とする言葉とはその言語体系を異にするものである。
これはもともと古代に於いて契約文として使われていた平文を簡略化して詠唱時間を縮めようとして作り出されたものである。
言語体系であるグラムコールが、ではなぜ普通の言葉として伝わらなかったのかというと、完成した言語体系ではあっても、それはあくまでも「古代語を短縮する事を第一義として作り出された」ものであるからである。言葉を短くする事には長けていても、お互いの気持ちを伝える会話に用いる言語としては適さなかったことが一つ目の理由。
次に、グラムコールはその種類が多すぎた事も理由として挙げられる。
ルーナーは高位のものを頂点にして履行文、つまりルーンを囲い込む事に注力し、互いに知識を持ちよってよりよいものにするという方向には向かわなかった。
いきおい、無数のグラムコールが生まれる事になり、それぞれは公開ではなく秘匿される方向に向かった。つまりはそれが生活の為の言語として発達する事などあり得なかったのである。
そのグラムコールだが、無数に存在はしたが、さすがに言語体系を一から作り出せるルーナーがそうそう居たわけではなく、その殆どは元をたどると三つのグラムコールの派生である事がわかる。
その三つのグラムコールを特に「ルート」と呼ぶ。
ルートのグラムコールとはすなわち、クラン、ユラトそしてキュアの三つである。
伝説によるとその三つのルート・グラムコールは、四始祖の一人であるドライアドの子の名前である。
彼らはマーリンから授かった長い長い「神の言葉」の契約文を効率化させ、短い詠唱時間で使えるようにする為に競い合い、その一生を費やして独自のグラムコールを完成させたと言われている。
フェアリーの始祖がいわゆる四始祖だとすると、ルーナーの始祖はいわばドライアドの三人の子と言う事になるのであろうか。
ある程度高位のルーナーになると、グラムコールを聞けばどのルートの系統なのかはすぐにわかるという。もはや原文である「古代語の平文」というものが存在しない現在ではグラムコールにおける文法の詠唱時間の短縮効率がどれほどなのかはわかりようもないが、一説ではおおよそどのルートも百分の一から十分の一位の詠唱時間になったと伝えられている。
エイル・エイミイがもしも伝説通りにルートとは全く違うグラムコールを、それもルートであるドライアドの三人の子供達が地団駄を踏んで悔しがるほど高効率のグラムコールを自由自在に操っていたとするならば、すなわちエイル・エイミイ、いやエルデ・ヴァイスというルーナーの尋常ではない知力の証明になる。それこそまさに「魔人」の名にふさわしいと言えるのだろうが、ここはやはり素直になって事実はもっと他にあると考える方が妥当であろう。
もちろん、ルートとは全く違うグラムコールを使うルーナーは皆無ではない。だが、ルート以外のグラムコールを用いるルーナーはいわゆる普通のルーナーではなく、限られた術しか使えないルーナーで、ルーナーとしての格が低く見られるのが普通である。それぞれが言語として完璧な文法体系を築いているとされるルートのグラムコールは当然ながらありとあらゆる契約文を唱えることができるが、独自で作られたグラムコールはそこまでの柔軟性や緻密さを持ってはいない事が常である。
そう言う背景もあり、いわゆるルート以外の系列のグラムコールをルーナー達は「ペダン」と呼んでルート系列のグラムコールとは区別している。
ちなみにペダンとは、古代ディーネ語で「異端」という意味である。
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