第五十一話 精霊石 5/5
そんなわけで連絡方法は何とか確保できた。
続く問題は、いかにしてシルフィード王女、エルネスティーネと親しくなれるか、である。
別に今回の仕事では必ずしも目標と親しくなる必要はない。彼らの目的を探る事が主眼だからだ。だが、それだとミリアの依頼を額面通りにとる事で生じる不具合を生む可能性をはらんでいた。
アキラの見立てでは、ミリアという人間は少しおかしいのだ。
相手が自分と同じ方を見て、同じ情報を持ち、かつ同じ理解力を持っているという前提に立ってごくごく簡単な言葉だけで指示をする。つきあいが長く、かつ凡人ではないアキラにしてそう思うのである。
普通の人間にとってそれは、初めて現れた見知らぬ客に「いつものやつ」と注文される料理屋の主人にでもなったようなものだろう。
だからアキラはいつもミリアの言葉を反芻し続ける事が習慣のようになっていた。
今回のミリアの指示はもちろん風のエレメンタル一行の目的を探る事だろう。何を目的に危険を承知で動き出したのか?
もちろんその言葉を額面通り受け取ってもそれは間違いではない。だが、ミリアとアキラの共通目的を忘れてはならない。それは、「エレメンタルを味方につける」という事だ。勿論目的はさらにその先にもあるわけだが、当面の問題としてエレメンタルを確保する、あるいは違う陣営の手に渡さないようにすることが最優先事項であった。
で、あれば、風のエレメンタルを見つけた時点でミリアがそれを確保しておけば話は早いが、勿論そういうわけにはいかない。相手はエレメンタルだ。抵抗された場合にはなすすべはないだろう。だから話をしてまずは納得して貰う必要がある。いや、その前にこちらの話を聞いて貰える環境を整える必要があった。
ミリアにアキラが期待したのは彼らの目的と、もう一つ、自分達の存在と、できれば目的を認識して貰う事だと考えていた。
エレメンタルについてはまだまだ未知の部分が多い。長い間その研究をずっと行っているミリアにしてその全容がつかめているわけではないという。
で、あれば、まずは腹を割ってお互いを知ることから始めるのが王道ではないか?
そうアキラは結論づけたのである。アキラには自分が相手に嫌われないという自信があった。ミリアもそう思っているからこそアキラに今回のこの極めて重要な仕事を依頼したに違いない。ミリアの持つ駒……つまり彼の陣営には他にも優秀な人材がいる。その中から自分が選ばれたと言うことは特に信頼されているということなのだろう。ならばその信頼に応えるべく最大限の努力をするのが義と言うものである。
アキラはそう考えていたのである。
常識的な考えでは一国の王女と、どこの馬の骨とも解らぬやくざな旅の音楽家が親しく会話することをたとえお忍びであろうとも護衛が喜んで許すはずもなかった。したがってアキラは自分から声をかけて話をすることは想定しない方向で作戦を立てることにした。
もちろん確実な解があるわけではない。確実な解がないのであれば、今までの経験に物を言わせ、その可能性を高めるしかないのである。
ウーモス出発前に、アキラは急いである物を手配させていた。
それがマーナートだったのだ。
残念ながらウーモスではマーナートは手に入らず、取り寄せる為には多少の時間がかかる事を知ったアキラの決断は大胆であった。電光石火の早業で強引にウーモス完全封鎖をやってのけた。つまり、あれはその時間稼ぎの意味合いも兼ねていた。
マーナート導入に至った経緯は極めて単純である。
若い女性、しかも野に出るのは初めてという世間知らずのエルネスティーネの気を惹くのは「自分自身」ではない方がいい。そうすると残るは「物」か「人間以外の生物」に限られる。王女相手に「物」は難しい。相手を知らないのだからなおさらである。従って消去法で「生物」を使う事になったのである。
生物、すなわち愛玩動物にもいろいろとある。シルフィードでは珍しく多くの人々にいやがられる事のない、小型であまり目立たず危険もなく怪しまれず、アキラでも維持が簡単である事も肝要であった。
当初アキラは小型犬を考えたが、犬ではどうにも目新しさに欠け、かつ世話も面倒だ。それ以前にアキラは犬嫌いであった。
猫も鳥も適当とは思えず、辿り着いたのがマーナートであったのだ。
そしてアキラのマーナート作戦はまんまと成功した。
ただ、あっという間にマーナート自体がアキラの手を離れてエルネスティーネの「もの」になってしまったのは想定外ではあったが……。
ともあれマーナートを話題のきっかけにしてエルネスティーネとの会話が出来るようになったことは作戦が成功したと言えた。
会話はもちろん、当初はマーナートの事ばかりだった。一般的な飼育の注意や、何を食べるのか、何が好みなのか、どうやったらもっと懐いてくれるのか(ただし、アキラはそれ以上懐いてもらう必要はないのではないかとしか思えなかったのだが……)等々。
そうやっているうちに本人だけではなく周囲の警戒も次第にゆるみ、今では普通に旅の仲間として会話が出来るようになっていたし、会話をしているのをあからさまに警戒され、遮断されるような事もなかった。
もっとも多少釘を刺されていようが、そんなことはお構いなしに話しかけてくるのはエルネスティーネの方なので、アキラとしてはそれに普通に受け答えしていればいいだけだったのだ。
そう言うわけで多少の懸念はあるものの状況は順調だと言えた。
暫定目的地もウンディーネにある新教会の聖地、ヴェリーユだと言うこともわかった。後はヴェリーユへ行く目的を知ることだったが、何度話を向けてみても「着いてみればわかる」の一点張りで、それ以上の進展はなかった。
そこへこの事態である。
スカルモールドとの突然の遭遇は一行を二分し、図らずもアキラはエルネスティーネの側にいることが出来た。アキラはスカルモールドとの直接の対戦は初めてだったが、情報だけは知っていた。その情報があったおかげで善戦することが出来たのだ。ただし、アキラ達の方へ向かってきたスカルモールドがただ一体だけだったのが幸運であったことは否めない。
その一体を行動不能にした直後、アキラは近くでこちらを伺っているダーク・アルヴを見つけた。一見少年に見えるが、実際の年齢についてはデュナンのアキラとしては判定しかねた。
ただ、短剣を持っているばかりか手甲や臑当てをつけ、弓矢も装備している事から見ても兵士であることは間違いがないと判断した。
そのダーク・アルヴの兵士にアキラが飛びかかった時、相手は懐から何かを取り出しそれを地面に投げつけた。すると不思議なことに瞬時に地面に穴が空き、兵はそこに跳び込んでいったではないか。
既に相手に飛びかかっていたアキラはもちろんの事、ダーク・アルヴの兵士が空けた「穴」は予想以上に大きく広がり、ファルケンハインやティアナだけでなく、エルネスティーネをも飲み込んで、やがて閉じた。
「穴」が果たしてアキラ達がスカルモールドと戦っていた地面の直下であるのか、はたまた全く違う場所に通じているのかはわからなかったが、多少の落下感を伴った後、彼らは全員暗闇に放り出された訳である。
ダーク・アルヴの少年、すなわちメリドはアキラと絡まって落ちた際にアキラの体の下敷きになった格好で、運悪く左腕を骨折していたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます