第四十九話 ルルデの故郷 3/5
当たり前ながら、二人の会話など聞こえないエルネスティーネは真剣だった。
肩で息をしながらも、無言のままでいるエイルにさらに続けて話しかけてきた。
「私達は、仲間では、ないですか。それに、エイルと、私は、もう、お友達、同士です。だから、苦しい、時や、悲しい、時には、力に、なりたいのです。さっきは、私を、励まして、くれたでは、ありません、か。今度は、お返し、です。はあっ、はあっ」
「いや、ちょっと考え事をしていただけだから。大丈夫だ」
「シェリルの、事、ですか?」
思いがけない名前がエルネスティーネの口から出た。エイルは反射的に眉間にしわを寄せた。
【藪から棒やな】
『……』
「もし、シェリルの事で、思い悩んで、いるの、なら、その気持ちを、癒やす、助けに、私は、なりませんか?」
【もういっぺん言うわ。「何言うてんねん、このお姫様は」】
『……』
「私達は、仲間では、ないですか。だから、力に、なり、たいのです」
「シェリルの話はするな」
エイルは敢えて不機嫌そうな顔をエルネスティーネに見せると、冷たい口調でそう言った。エイルはもうシェリルの事を自分なりに心の中で処理をしたつもりだった。だからそれを他人にほじくり返されたくなかったのだ。乾かないかさぶたを無理に剥がされているような痛みが心に走った。
無邪気すぎる、それもどうしようもない勘違いから生み出された善意による思いつきでその話題を出して欲しくはなかった。だからエイルのその拒絶の言葉は、短くはあるもののエルネスティーネに対する警告のつもりだった。
だが、エルネスティーネにはエイルの思惑などは全く通用しなかった。
「そうは、いきません。苦楽を、分かち合うのが、旅の、仲間、という、ものではないですか。そうそう、『蛇(じゃ)の道はヘヴィ』と、言います。シェリルも、仲間です。今でも、私は」
「うるさい!」
【おい、エイル?】
『……』
エイルは思わず小さく怒鳴った。
その態度に、エルネスティーネは思わずビクっと体を緊張させはしたが、それもつかの間、すぐに口をへの字に曲げて応戦してきた。
「いいえ、やめません。私達は、仲間ですから」
【やめとけ、エイル】
エルデは心の中でエイルにそう忠告したが、エイルはその警告を無視した。
「仲間か。そうだよな。オレ達は仲間さ。オレも仲間、ネスティも仲間。そしてシェリルも仲間?そうだな。その通り。そしてオレ達の仲間のシェリルは、同じ仲間のリリア姉さんを殺そうとしたんだぞ。たいした仲間だよな?」
「エイル?」
「わかったら、もうシェリルの事はオレの前で二度と口にしないでくれ」
エイルは自分を見上げる小さなアルヴィンの少女に強い調子でそう怒鳴った。その態度と言葉はエルネスティーネがさしのべた手を拒絶する事と同義だった。
さらにエイルは付け加えた。
「そして、リリアさんは仲間が自分を殺そうとすることを予想していた。つまり、いつも警戒していたって事だろ?」
「それは……」
「そんな集団が仲間だなんて、よく言えたもんだ。さすが世間知らずのお姫様だな」
それだけ言うと、エイルは前を向いて歩を速めた。エイルの言葉に狼狽したエルネスティーネだが、持ち前の負けん気は強力だった。すぐに気を取り直すと、同じように歩を速めてエイルを追いかけ、後ろから声をかけた。
「エイルは、一事が、万事だと、いうのですか?私のことも、信じられませんか?」
【なあ、もう止めとけ】
エイルはエルデの呼びかけをふたたび無視し、背後についてくるエルネスティーネを振り返ると、その小柄な金髪のアルヴィンの緑色の瞳を睨み据えて吐き出すように問いかけた。
「信じろだって?じゃあ聞くけど、ネスティはオレにウソはついていないんだよな?全く、何一つ、ウソを言っていないと、自分の名前にかけて誓えるのか?」
自分の名とは、すなわちエルネスティーネ・カラティアの名前に誓うという事である。
エルネスティーネはその言葉に虚を突かれた。
とっさに答えるべき言葉が見つからなかった。
「ほら見ろ、オレたちはやっぱりウソで塗り固めた関係じゃないか。旅の仲間だなんてとんでもない。だからオレもリリアさんのようにここにいる連中にいつ殺されるのかって用心したとしてもそれは仕方ない事だろ?なれ合いはもうごめんなんだよ」
エイルの口をついて出る言葉は、どれも自分が本心からは思ってもいない事ばかりだった。そんな言葉を口にしながら、そしてその言葉をエルネスティーネにぶつけている自分を心の底から罵り、呪いながらも、それでも口を閉ざす事ができなかった。要するにシェリルの一件を心の中で消化してはいなかったのだ。
『何でオレは、ネスティに無邪気な笑顔でシェリルの名前を出されただけで、なぜこんな気持ちになるんだよ?』
【もう止めとき。どうしたんや、エイルらしゅうないで?】
『オレらしいって何だよ?』
自分で自分が混乱しているのがわかっているエイルだが、気持ちの制御が思うようにいかなくなっていた。いきおいその矛先はエルデにも向かってしまう事になった。
さらなる自己嫌悪にさいなまれることを知りながら。
『答えろよ、オレらしいって何だよ』
【エイル】
『オレは自分の事なんてほとんど思い出せないんだぞ?ちゃんと覚えているのはマーヤの事くらいだ。どうでもいい事は覚えているのに、大事な事は思い出そうとすると頭の中に濃い霧がかかったようになってわからなくなるんだ。そんなオレのオレらしさって一体何なんだよ?知っているなら教えてくれよ』
【エイル、それは】
『その名前だってそうだ。お前が勝手にオレにつけた偽物の名前じゃないか。自分の本当の名前すら知らないオレのオレらしさっていったい何だよ、知っているならケチらず教えてくれよ。そうしたらオレはそういう風に振る舞ってやるさ。どうなんだよ?』
【……】
『クソっ』
「オレは約束は一切しない。知ってるよな?」
黙り込んだエルネスティーネの答えを待たず、エイルは続けて質問を投げた。
「ええ」
「なぜかわかるか?」
ネスティは力なく首を横に振って見せた。
「裏切りたくないからさ」
「え?」
「約束をしたら、それを守らなくちゃならない。それを破ったら約束をした相手を裏切ることになる」
「それは」
「オレは誰も裏切りたくないんだ。オレは約束は守る。守りたい。いや、絶対に守る。でも、どうしても守れない時は」
「エイル……」
「どうしても守れない時もある。でも、それでも守れなければ、裏切りだ」
「それは違います」
「違わない!」
否定したエルネスティーネに、エイルはものすごい剣幕で応酬した。それは思わずエルネスティーネが後ずさるほどの語気と険しい表情だった。
「でも」
「オレはそれが嫌なんだ。裏切りたくない。もちろん裏切られたくもない。なのにこのファランドールは」
【エイル。マーヤの事を思い出せ。お前のそんな姿を見たら、間違いなく泣いて悲しむで!】
エルデの声が頭に大きく響き渡った。同時にエイルの脳裏には長い黒髪の少女の姿が大きく浮かんだ。
悲しそうな顔をしたマーヤが、小さく首を横に振っていた。
しまったと思った。
今の自分の姿を見たら、妹は間違いなく悲しむだろう。
エイルは唇を噛むと、自分の目の前の緑色の瞳の少女を見つめた。
長かった金髪を短く切りそろえたエルネスティーネの両の目に涙がたまっているのが見えた。
その顔がエイルにはまぶしすぎて、思わず目を閉じた。
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