第二十七話 ウーモス 3/3

「そもそも『試闘』の軍隊内ルールをそのまま適用するつもりはありません。これは純粋に互いの腕前をある程度相互理解するための、いわば遊技の様なものですから」

 そう言って初めてアプリリアージェはエイルに顔を向けた。

「是非参加してください。あなたの言う『危険がいっぱいの庵』に全員が入れるだけの能力があるのかどうかをあなた自身で確認するいい機会でしょう」


(そう言うことか)

 ティアナは納得した。

 同様にエイルの中のエルデも苦笑していた。

【そう言うことか】

『断れない理由もちゃんと用意してあるってことだな』

【同意する為の言い訳まで準備済みってか?フン、「さすがや」なんて言わへんで】

『言う必要もないってことだろ?』

【ふーん、や】


「ネスティもルネもシェリルもこの一週間野宿続きなのに文句も言わずによく頑張りましたね。事情が許せば数日はこの町でのんびり過ごして英気を養いましょう。エイル君が『時間がない〜』って急かさなければ、ですけれど」

「ネスティの為ねえ」

 アプリリアージェとしても一週間ワインもビールもなく過ごしてきたのだから、当然それらを楽しみにしているに違いない。少なくともアトラックはそう思ったから、そんな台詞が思わず口から出た。


 エイルが見やったアプリリアージェの目尻がいつもより少し下がり気味に思えたのは、傾きかけた昼星(ちゅうせい)の位置のせいだったのかどうかは定かではない。

 ただ、アプリリアージェは最後に一同に向かって嬉しそうにこう『命令』した。

「ですから、今日中になんとしてもウーモス入りしますよ」

「ええっ?」

 悲鳴は勿論エルネスティーネのものだった。

 だが、アプリリアージェの鶴の一声は、一行にとってよい意味での効果をもたらしたようで、強行軍ながらもその日のうちに手頃な宿に転がり込む事ができた。



 ウーモスでの初日。基本的に午前中は自由行動と言うことになっていたため、朝食のテーブルにはル=キリアのメンバーだけが揃っていた。少女達は久しぶりのベッドとの別れを惜しんでいるのだろう。誰一人顔も見せなかった。


 昨夜エールのジョッキを五杯に加え、その後ワインを十本近く空けたにもかかわらず、アプリリアージェはいつものすがすがしい笑顔で一同に対していた。

「今日の『手合わせ』ですが、けが人が出るかも知れません」

 朝の挨拶の前にアプリリアージェが告げた一言にル=キリアの一同は驚いた。

「なぜですか? 藁を束ねた棒を剣のかわりに使うって言ってませんでしたか?」

 アトラックは不思議そうに尋ねた。

 だがファルケンハイン・レインはアプリリアージェの言葉に眉根を寄せた。

「ご覧になったのですか? エイル・エイミイの稽古というヤツを?」

 さすがに副官であるファルケンハインはアプリリアージェのたった一言で、その背景をある程度理解した事を示した。

 アプリリアージェはうなずくと、二杯目の紅茶を一口すすってから切り出した。

「エイル君の剣は私たちの常識から外れています。彼はおそらく手にするものすべてを剣に変えてしまう能力を持っています」

 ファルケンハインとアトラックは顔を見合わせた。

「それはルーンを使った特殊な剣でしょう? 剣技の手合わせにルーンは禁じ手だと言うことは夕べ確認済みではないですか?」

 アトラックの問いかけにアプリリアージェは目を伏せた。ファルケンハインの意見も同様なのであろう。何も言わずにアプリリアージェの答えを待っていた。

「いえ、彼はルーンなど使ってはいません。もっとも保険を掛けるというのならティアナを使えばいいだけですが」

「ああ、そうでしたね。ティアナが居ましたね」

「それより、いったい何をご覧になったんです?」

 ファルケンハインは、ただごとではなさそうだと感じていた。

「あなた達は、木の棒で木の葉を切ることができますか?」

「そりゃあ」

 アトラックはファルケンハインの方を見やって言葉を継いだ。

「細い棒なら、木の葉を叩き切る位は私でもできますが」

 その答えを予想していたかのように、アプリリアージェは懐からたたまれたハンカチを取り出してテーブルの上に置くと、それをそっとアトラックの方に差し出した。

「開けてご覧なさい。そっと、ですよ」

 アトラックは怪訝な顔をしつつも言われるままにその包みを開いた。そこにはエイルが一刀両断した例の枯れ葉の片割れが入っていた。

「これは……包丁で切ったような切り口ですね。まさか?」

 アプリリアージェはうなずいた。

「剣速を極限まで速めさえすれば、あなたほどの腕前なら落ちてくる枯れ葉を砕くことは可能でしょう。さらにとびきり切れ味のよい剣であれば、なんとか切断することもできるかもしれません。でも、エイル君は例の三色の精杖を振り下ろしただけで枯れ葉をその状態にできるのです。それも、見ての通り葉脈に沿ってです」

 ファルケンハインは手を伸ばすと、その枯れ葉を指でつまんで切断部をじっと見つめ、低い声で呟いた。

「アトル。これは名人が研いだ包丁を使ってもムリだ」

 ファルケンハインの言葉に、アトラックはうなずいた。多少朝露を含んでいると言っても、それは表面だけで、ようは枯れ葉である。ある程度の圧力を加えたとたん、それは切断されることなく砕けるだろう。このような綺麗な切り口になる事はありえなかった。

「おそらく、麦わらで作った剣でもエイル君は同じ事ができるでしょう」

「それほどまでにエイル・エイミイの剣速は速いと?」

 アプリリアージェは首を左右に振った。

「反対です。あんなにゆっくりとした剣は実戦では見たことがありません」

 ファルケンハインとアトラックは黙り込んだ。

 アプリリアージェが言うことに嘘はないだろう。だとすれば、エイルと戦うということは真剣を相手にするのと同義であるということだった。特殊な剣技を使うとは思っていたが、ここまでとはファルケンハインも全く想像だにしていなかった。

 そして、夕べアプリリアージェから手合わせのルールの説明があった折りに、エイルが確認したことを思い出していた。


『藁の剣でも紙の剣でもなんでもいいけど、それ使って怪我しても恨みっこ無しでいいんだな?』


 彼は確かにそう言ったのだ。

「それなら、ランダールの蒸気亭で見せたあの立ち会いでは彼はまさに精杖を振り回していましたが切断などしませんでしたよ」

「もちろん、自由に制御できるのでしょう」

「ですよね」

 アトラックはため息をついた。

「味方同士の試合でけが人を出したくありません。ルールを変えましょう」

 アプリリアージェはそう言うと、二杯目の紅茶を飲み干した。

「ルネがどこにいるか、知りませんか? 彼女の力を借りることにしましょう。本当はエイル君の例の防御ルーンに頼りたいところですが、さすがに今の段階ではそこまで彼が我々に対して情報を公開してくれるとは思えませんからね」

 ファルケンハインはアプリリアージェが何を言っているのかがすぐにわかった。蒸気亭でエイルがドライアドの無法部隊相手に戦った時に見せた不思議な防御能力の事を言っているのだろう。切られても全く無傷でいられる、例の能力だった。

「あれはルーンでしょうか?」

 アプリリアージェはうなずいた。

「最初はフェアリーだと思っていたのでわかりませんでしたが、エイル君が上席にある賢者、つまりルーナーであることがわかった今、あの防御能力が高位のルーンだというのは間違いないでしょう」

 アトラックはうなずいた。

「それにしてもルーナーのはずなのになんで詠唱時に移動できるんですかね?」

「ハロウィン先生によると賢者だから、と言うことはなさそうですね。エイル君が特別なんでしょう」

「さらに言えば、ルーナーなのに剣技も相当の腕前ですか」

「その上にもう一つ付け加えると、あんな子供なのに、ですね」

 最後の言葉はアトラックのものだった。

 確かにその通りだった。エイルについてはその謎がある程度わかると、その向こう側にさらに新しい謎が待っているようで、いっこうに正体がつかめない。

「なんと言うか、特別だらけですね」

「ピクシィの姿をしていますが、本当はスカルモールドが化けてるんじゃないですかね? あいつら同様、ファランドールとは違う異世界から来た魔物なのかもしれません、彼は」

 ややあってポツリと漏らしたアトラックの言葉にアプリリアージェはハッとして顔を上げた。

「い、嫌だなあ、冗談ですって」

 アプリリアージェの様子を見てアトラックはあわてて自らの発言を否定した。アプリリアージェがそこまでの反応をするなどとはつゆほども思っていなかったから面食らったのだ。

「いえ」


 アプリリアージェはエイルに関する情報を頭の中で再構築していた。

(私たちは、ファランドールの法則と常識に則っているから彼の能力や行動が異常に見える。彼がファランドールの人間ではなく、人外のもの、つまりスカルモールドだとすると、ある意味すべてのつじつまが合う。いや、つじつまが合うのではなくてつじつまを合わせる必要がない。なにせ異世界から来た魔物なのだから。体中に施されたあの呪印にしても、実は【真赭の頤】が高位のルーンでスカルモールドの姿をデュナン、いやピクシィの形に封じている為のものではないのか? いや、ピクシィの体の中にスカルモールドを封じているとしたらどうだろう? 時々人格が入れ替わるような感じはもともと二人の人格があの体の中にいるからではないのか? 我々はひょっとしたら、エイル・エイミイというピクシィの中にいるスカルモールドの呪印解除に手を貸そうとしているのではないのか? そしてそれは恐ろしい事態を招くことになるのではないのか?)


「荒唐無稽だな。そんなことを言ったら謎と言う謎は全てスカルモールドや異世界のせいにしたら解決してしまうだろう?」

 ファルケンハインの言うとおり、アトラックの一言は確かに一見荒唐無稽だった。それはもちろんアプリリアージェにもわかっていた。だが、アプリリアージェはアトラックの一言は何か大きなヒントを含んでいるような気がしてならなかったのだ。それが何かが今はわからないが、エイル・エイミイという名のパズルを解く鍵の影のようなものが一瞬だが視界を横切ったような気がしたのは確かであった。

「スカルモールドなのかどうかはともかく、ひょっとすると私達は魔人と出会ってしまったのかもしれませんね」

 アプリリアージェの静かな一言に、今度は二人は何も言わなかった。もちろん、その場で目を伏せて、ただ座ってこの話を聞いているだけのテンリーゼンも含めて。


 だが、一行の心配は杞憂に終わった。その日『試闘』が行われる事はなかったのだ。

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