第十八話 骨董屋前 2/3
『なあ?』
【あの子?】
『こっちを気にしてるよな?』
【あからさまにこっちに聞き耳を立ててるみたいやな】
『好奇心、旺盛なんだ』
【見たところ、普通の旅装束やけど、あの姿勢の良さといい、隠しきれへん育ちの良さみたいなものがにじみ出てるな。良家のお嬢さん……シルフィードやったら貴族やな……その貴族の箱入り娘って感じなんやけど】
『なんで貴族の娘がル=キリアと合流するんだろう』
【でも、見たところ護衛無しで単独行動してるってことは「ええトコ」のお嬢さんやないんかも。うーん、漂う気品と世間知らずっぽいあの眼差しはけっこうなもんなんやけどなあ】
『チラチラこっちを見てるぞ』
【まあ、ほっとくに限る】
「ねえ、いつまでランダールにいるの?もし時間があるなら、今日だけじゃなくて明日も私、街を案内するわよ。例の尋ね人のおじいさんのことを知っている人もいるかもしれないし、いろいろ聞いてみてあげるわ。こう見えて私、けっこうこの街じゃ顔が広いのよ」
「うん。それはもう充分わかった」
「うふふ。でもお父さんがけっこう街の自治に関わっているから私の顔が広いというよりも、お父さんのおかげかな。今もそうだけど、ちっちゃい頃は道に迷ったりはぐれて迷子になっても「ルドルフの娘」って言うと何処にいても居てもすぐに家まで送ってもらえたわ。この町にはお父さんの事を知らない人はいないもの。それで小さい頃からお父さんと一緒にいろんなところに顔をだしていたから、そのうち私の事もみんなに覚えられちゃって。だから街を一回りして尋ね人の事を聞いて回ろうよ。あ、でも私、店の仕事があるからさすがに一日中ってわけにはいかないけど、この時期は手伝いの人もいるからお父さんに言えばけっこう時間はとれると思うわ。それに」
エイルは手を挙げてカレナドリィの言葉を遮った。
「そこまで」
「え?」
「たぶん、カレンと一緒に回ったら一年以上かかりそうだ」
「ええ?どういうこと?」
「いや、これでも少なく見積もってるんだが」
「あはは。へんなの」
そう言っておかしそうにカレナドリィは笑った。
本当によく笑う娘だな、とエイルは思った。カレナドリィの笑顔を見ているとこっちまで思わず顔がほころぶ。不思議な娘だ。
【不思議な娘】
期せずしてエルデが独り言のように頭の中でつぶやいた。エイルが思っていた事と同じ言葉だ。
『みんなに大切にされて育ってきたんだろうな』
【結構重い過去を持ってるし、弟とも別れて寂しいはずやのに、その気配があんまりないし、周りに大切にされたのも当然そうなんやろうけど】
『うん』
【そうやとしたら、この街はきっとええ街なんやな】
『今までの街と比べても、ここはただ平和ってだけじゃなくて人と人との関わりが深いような気がする』
エイルは夕べの自警団の結束や門で出会った歩哨の人なつこさ、カレナドリィに声を掛ける人々の優しい顔やそれに応えるカレナドリィの笑顔を思い出していた。
【ずっと平和やとええけどな】
『ああ。ずっと平和でいて欲しいな』
「君?」
「え?」
エイルは思わず間抜けな返事をした。気がつくとカレナドリィの顔が目の前にあった。無意識にカレナドリィの顔に見とれていたのだ。エイルは思わず赤面して顔を引こうとしたが、そうするとカレナドリィが立ち上がってさらに顔を近づけてきて、結局逃げ場を失う格好になった。
「な、何?」
「エイル君ってなんかすぐ上の空になるのねえ」
「ああ、ごめん。いい街だなあなんて考えてボウッとしてた」
「それよりも事件発生よ」
「事件?」
「あそこのテーブルにいるアルヴィンの女の子が、さっきからこっちをずっと見てるんだけど、エイル君の知り合い?」
「え?」
さすがに態度があからさまで怪しすぎたのだろう、エイルだけでなくカレナドリィにもその不審な行動が見とがめられてしまったようだった。
エルネスティーネには尾行の才能はないと言って良かった。
「あ、ああ」
エイルは苦笑した。
「知り合いというか」
「知り合いというか?」
「知り合いの知り合いというか」
「そうなの?」
エイルはうなずいた。
「ふーん」
カレナドリィはそう言うと意味ありげな笑いを浮かべた。
「何だよ?」
「エイル君もなかなかどうして。隅に置けませんわねえ」
「え?」
「一人旅だなんて言っておいて、かわいい彼女がいるんだもん。なんだかちょっと騙されちゃった感じだわ」
カレナドリィはそういうとぷうっと頬をふくらませてそっぽを向いた。
「ええ?」
『あ……えっと』
【ほな、俺は寝るわ】
『待てっ』
【なんやバカバカしい展開になってきたさかい】
『おいおい』
「や、違うって。本当に今朝仲間に紹介されて、それに会ったばかりで名前もしらないし」
あたふたといいわけをするエイルの様子を見て、カレナドリィはふくれた顔を瞬時に崩すと、腹を折って笑いこけた。
「あはははははは」
「え?」
おかしくてたまらないといった風にさんざん笑ったあげく、笑いすぎて目尻にあふれた涙を拭きながら、カレナドリィはエルネスティーネの方を向いて手を挙げて見せた。
「良かったらご一緒しませんか?こっちのテーブルにもまだ席はありますよ」
カレナドリィと視線があったエルネスティーネは反射的に目を逸らしたが、カレナドリィがそう呼びかけると、再びそっと視線をエイルの方へ戻した。エイルはテーブルに突っ伏していた。
「ね?私、あなたとお話がしたいわ」
そうやってにっこり笑うタンポポ色の髪をした少女の顔に引き寄せられるように、エルネスティーネは席を立つと、ふらふらとエイル達のテーブルにやってきてカレナドリィの隣に腰掛けた。
途中で、「あっ」と小さな声をあげて、試食品の袋の山を元居たテーブルに取りに戻りはしたが。
「私は宿屋蒸気亭の娘でカレナドリィ・ノイエと言います。カレンって呼んでね」
「わ、私はカラティア朝シルフィード……・」
自己紹介をしようとしてエルネスティーネは何かを思い出したかのように途中で言葉を止めた。
途中で言葉を止めたエルネスティーネにカレナドリィが首をかしげて見せると、深呼吸をして、あとを続けた。
「私はネスティ。シルフィードのエッダから来ました」
「ネスティ?」
「ええ。ネスティです」
「ただのネスティ?」
「えっと、族名は」
そこまで言って固まるエルネスティーネにカレナドリィがあわててフォローを入れた。
「あ、ごめんなさい。初対面なのにいろいろ聞いちゃって。じゃあ、あなたのことはネスティって呼んでいいかしら?」
エルネスティーネは人形のようにコクンとうなずいた。初対面の知らない相手に緊張しているのだろう。
「た、ただのネスティですからっ。こ、これは本当ですよ?」
カレナドリィはエルネスティーネの態度に苦笑しつつも、つとめてゆっくり、そして丁寧にエルネスティーネに語りかけた。
「大丈夫。私はネスティの事を根掘り葉掘り聞いたりしないわ。それよりもお茶を楽しみましょう。今日は大市だからお店を見て回るのも勿論楽しいけれど、こうやって一息入れながらお客さんを観察するのも結構楽しいのよ」
おそらく、エイルに対して開けっぴろげに言葉の矢を一方的に投げ続けるカレナドリィが「地」の姿なのだろうな、とエイルは思った。確かエイルとの初対面の時も最初はこういうゆっくりと、丁寧に言葉を選んで相手の言葉を待っていたっけ。
でも、今では……
【それだけこっちを信用してるってことやろ?普通の自分の姿を見せるっていうのは相手に対して安心してるわけやし】
『そうだな』
【もっとも】
『ん?』
【俺らを信用するっていう一点でカレンがアホな子やな、と言うことはようわかった】
『笑えないな、その冗談』
【フン】
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