第十五話 水のフェアリー 3/3

 エイルの言うようにルネは目を丸くして水浸しの火事場を眺めていたが、やがてエルデに視線を戻すとまたもやそばかすだらけの顔に満面の笑みを浮かべて言った。

「いやいや、ホンマにたいしたもんヤわ、偽ルルデのお兄ちゃん。ウチの弟子にしたってもええデ。スジはええし、ウチの指導を受けたら相当なモンになると思うデ。えへへへ」

「な……」


『偽ルルデって』

[突っ込むのはソコやないっ]

『いや、そこしかないだろ?』

[ちゃうやろっ!]

『で、どうする? 弟子にしてくれるそうだけど?』

[悪いが俺は自分より能力の劣る師匠はとらん主義なんや。というよりルーナーがフェアリーの師匠もってどうすんねん? そんなん前代未聞や。賢者連中に知れたらええ笑いもんや。つーか、今の誰にも聞かれてへんやろな?]

『混乱するなって』

[混乱なんかしてへんっ。思いっきしつっこんでんねんっ!]


「おい、あれはどういう事だ?」

 ファルケンハインはアトラックに声をかけた。自分と同様に彼もエイルが火災を鎮火する様子を見ていたからだが、その質問にアトラックが答えられるはずもなかった。

「いや、そんなことをオレに尋ねられても」

「いい。答えを期待しているわけではない」

「そりゃ、どうも」

「さっきの鎮火と今の派手な演出はルネの仕業だとしても、最初に中の火を消したのは時間的にどう見てもルネじゃないな」

「エイル・エイミイって炎のフェアリー……のはずじゃなかったでしたっけ?」

「炎のフェアリーが何もないところから大量の水を出せるのか?」

「そこはそれ、賢者さまだからファランドールに百五個ある便利な『神具』とやらで何でもできるんじゃないかなあ、なんて」

「バカな」

 あっけにとられると言った表現がぴったり来る様子の二人のやりとりを聞いていたハロウィンが尋ねた。

「あの少年が炎のフェアリー?」

「だと思ったんです。夕べは炎を上手に使って攻撃してましたから」

「詠唱はしてなかったのか?」

「もちろん。少なくとも詠唱してルーンを使っているようには見えませんでしたね」

 ファルケンハインは蒸気亭でエイルが繰り出した炎の術の様子を説明した。

 ハロウィンは改めてエイルを見やった。そこでは手をつないだままで、楽しそうにエイルにしゃべりかけているルネの様子が見て取れた。

「いやしかし、話を総合すると彼はどう考えてもルーナーだろう」

「いや、それは絶対にないはずなんですが」

「と、いうと?」

 ハロウィンは納得いかぬという風にアトラックを見やった。

「炎も水も使うなら、フェアリーのはずはない。ルーナーでしかありえないだろう?」

「いえ、彼は店の中を走りまわりながらどんどん炎を出せるんです。それはもう、次から次へと。さらに剣も使えますしね。アトルの言ったとおり、詠唱している様子はないんです。少なくとも夕べはそうでした。ですからおそらくルーナーではありません」

「術を使っているときに空間座標軸を固定してないだって?」

「ええ。申し上げた通りです」

「ふーむ」


[うーん。そろそろ正体を隠し通すのも潮時かな。水のフェアリーがおるって知ってたら、もう少し炎のフェアリーのふりができたんやけどなあ]

『そのウソを突き通す言い訳とかは考えてるんだろな?』

[言い訳なあ。そろそろ飽きた、かな]

『おいおい、『突き通す』ってのはたった一晩かよ』

[あと、炎を抑えるだけやったら、より強い炎を使って鎮火することもできてんけど……さっきの場合はどこに人がおるかわからんかったしなあ]

『今更遅い』

[言い訳、言い訳。やっぱ、別にもうええかなー]

『ルーナーだって事を隠すって言い出したのはお前だろ』

[そやったっけ?]


「君達の言葉が本当なら、彼はフェアリーではないしルーナーでもないということになるんだが」

「ええ、まあ」

 ファルケンハインは自分でも歯切れが悪いなと思う返事をするしかなかった。

「複数の属性の能力を、自由自在に動き回りながら使えるなんていうのは……要するに彼は今まで聞いたことのない珍種の生物の類ということか?もしくは、神か?」

「あるいは凄腕の手品師か、ですね」

 ファルケンハインとハロウィンの話題に割って入ったアトラックのチャチャ入れにハロウィンは苦笑した。

「そもそも彼はいったい何者で、どうして君たちと一緒にいるんだ?」

「それは後で詳細に説明しようと思っていましたが……主にリリアお嬢様から」

「今聞きたいね」

「実は彼はその」

 ここで、ファルケンハインの声はかなり低くなった。

 そばにいたティアナは無意識にファルケンハインに寄り添うように近づくと、そのやり取りに聞き耳を立てた。

「マーリンの『賢者』なんです」

「なんと?」

 ハロウィンとティアナは異口同音に驚きの声を上げた。

 そこへルネ・ルーが駆け寄ってきた。

「すごいで、すごいで。あのお兄ちゃんはかなりすごいフェアリーや。強力な戦力ヤで」

 そこで話はいったん途切れることになった。


「お手柄だったね、ルネ。ケガはないかい?」

 ハロウィンがすぐにねぎらいの言葉をかけた。

「うん、大丈夫ヤ」

「でも、最後のアレは蛇足だったな。必要以上に力を使っちゃいけないよ。目立つからね」

「ううん。最後のアレはウチやないヨ」

 ルネがそう言うとハロウィンの目が細まった。

「まさか、あの子がやったのかい?」

 ルネはうなずいた。

「信じられん」

 ハロウィンがルネから視線を外して顔を上げると、そこにはエイルがバツの悪そうな表情で佇んでいた。

 ファルケンハインはルネの言葉でエイルの能力にまた驚愕したが、それよりもむしろバツが悪そうに佇む表情が、まるでいたずらがばれた子供のそれのように思えて思わず目を細めた。

(あれで『賢者』だというのだからな)

「あの子が賢者だと?」

 ファルケンハインの心中を読んだ訳ではないだろうが、ハロウィンはそう独り言のようにつぶやくと、改めてまじまじとエイルの姿を見つめた。

 エイルの出で立ちはウンディーネ風の何の変哲もない旅人の姿だ。手には仗も護身用の短剣も持っていない。本当にただの子供にしか見えなかった。

 もちろん、一番の特徴である瞳髪黒色どうはつこくしきであることは除いて。


「賢者だからと言って、このファランドールの法則を曲げることは不可能だ。フェアリーは自らの属性の能力しか使えないし、ルーナーはルーンを詠唱し始めたら空間座標軸を固定し、一端詠唱したルーンが履行終了するまで一切その場を移動することはできない」

「はあ」

「ならばどちらかが『マーリンの徴』の力か」

「はあ」

「私の知る限り、賢者にはそもそもフェアリーは殆どいないのだがな」

 ファルケンハインは我ながら間抜けだとは自覚しながらも、曖昧にそう相づちをうつしかなかった。もっとも、ハロウィンの方は殆ど独り言のようではあったが。

「賢者って、正教会の、あの?」

 ハロウィンの言葉が耳に届いたルネは、不思議そうにそうつぶやくとハロウィンを見上げて、その視線の先にあるエイルへと目を転じた。

「ただのフェアリーやなかったンか。ひょっとしてあの偽ルルデのお兄ちゃんがウチらが探してる賢者ナん? えらい早よう見つかったヤん」

 ルネの問いかけに、アトラックはきわめてまじめな顔をして答えた。

「うーん、どうだろうな。本人は【真赭の頤】だなんて名乗ってはいないけどね」

「うん。名前はエイルやったよね」

「それは現名うつしなだよ、ルネ。どちらにしろ彼はアルヴでも年寄りでもないしね」

「そうヤね。どう見てもまだ人生駆け出しのガキんちょヤね」

「ガキンチョって……」

 アトラックがルネの言葉に反応した。

「ルネがそう言うと、何となく素直に聞けない俺がいるんだけど」

「せやかてウチはアトルよりは大人なんやモん」

「まあ、それはいいとして、あいつは禿げてもいないよ」

「フサフサやねえ。いや、ボウボウって言うたほうがええかモ」

「以上の観察を元に推理すると、ヤツは【真赭の頤】とは別人だな」

「そうやネぇ」

「そうだよなあ」


 アトラックとルネのやりとりを聞きながら、ハロウィンは豊かなヒゲをなでると独り言のようにつぶやいた。

「まあ、だが……」

 そしてゆっくりと近づいてくるエイルを意味ありげな微笑で迎えながら続けた。

「賢者が本来の名でその辺をうろうろしているわけはないだろうからね。もちろん、我々が今目にしている姿かたちでさえも本物かどうかは怪しいものだ」

「まさか」

 アトラックは慌ててエイルの姿を頭の先からつま先までじろじろと眺め回した。

「なにやってるんだ?」

 ハロウィンはそんなアトラックを呆れたような顔で見た。

「いや、尻尾でもはえてないかなと……はは」


 一行がそんな話をしていると、新たな一団がやってきた。これから瓦礫の撤去を行うのであろう。

「話は他にもいろいろとあります。リリアお嬢様もお待ちですので、とりあえず宿に落ち着いてください」

「そうだな」

 ファルケンハインの一言で、一行はようやくその場を離れることにした。


 火事の現場を見守る大勢の野次馬の中で唯一人、そんなハロウィン一行を目で追う者がいた。それは焦げ茶色のマントと、同じ色の顔が隠れるほどの大きめのつばの帽子を被ったアルヴの吟遊詩人であった。

 そう、蒸気亭でエイル達を見ていたあの女吟遊詩人である。

 彼女は一行を見送った後、ゆっくりと振り向いて骨董屋の看板を見上げた。視線の先にはエイル達がみつけた精霊陣が掲げられていた。だが精霊陣はしかし、明らかに何者かによってすでに一部が破壊されていた。彼女はそれを確認すると、すぐに帽子のつばを深く下ろして顔を隠した。

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