第十四話 シェリル・ダゲット 5/6

 シェリルの言葉を受けて、ようやく肩の力を抜いたエイルに、ハロウィンが小声で声をかけた。

「つかぬ事を尋ねるが、ルルデ・フィリスティアードという少年の事は?」

 もう知っているのか?という問いであろう。

 エイルはうなずいた。

「夕べ、そこに居る彼らからだいたいの事は……ただ、今日そいつの幼なじみがやってくるなんて事はまったく聞かされてなかったんだけどね」

「そうか。シェリルの事はどうか許してやって欲しい。ルルデは戦場で亡くなったんだが、損傷が激しすぎたらしく実は彼女は遺体とは対面してなくてね。だから彼女としてはルルデの死をまだ受け入れられないんだよ」

 そしてさらに付け加えた。

「それに、君もさっき聞いたようにルルデとシェリルは幼なじみというだけでなく、特別な関係だったようだからね」

「結婚を申し込まれたって言ってましたね」

 ハロウィンはうなずいた。

「わかってやってくれ。彼女の心の中にあるルルデの姿はいまだに生きて元気にしているルルデだけなんだよ。つまり誰より彼の死を受け入れにくいんだろう」


 エイルはこの金髪で長身の髭のアルヴは何者だろう? という疑問を持ちつつも、ハロウィンの事後収集には感謝した。その状況を見てもおそらくはルルデとシェリルに深い関わりがある人物なのだろうという事は理解した。


[おい、エイル。こいつには油断しなや]

『え? なんかすごくいい人そうじゃないか』

[まったくお前さんはいつまでもいつまでも……]

『ああ、もう。簡単に人を信用するな、だろ? わかってるさ』

[簡単に、やない。絶対に、や]

『いや、それはちょっと、人生お寒いこって』

[今後、このオッサンの言動には注意や。一筋縄ではいかんヤツっぽい雰囲気がビシビシバシバシ伝わってくるわ]

『……そうかなあ』

[リリアねえさんだけでも俺達にとっては大変やのに、もう一人油断でけへん人間と一緒かいな。うーん、予想以上に辛い道中になるかも、やな]

『お前らしくないな。泣き言か?』

[やかましいっ]


 エルネスティーネは何も言わず、泣きやまないシェリルの髪を優しくなでてやった。シェリルはもう泣かないと約束した手前があってか、声を殺したままそのエルネスティーネにしがみついて涙を流した。エイルにとってはその姿は辛すぎて注視できるものではなかった。だが、さりとて「じゃあ」などといって立ち去る事もできず、どうしたものかと思案に暮れていた。

 傍らのティアナ達も心配そうに見守ってはいたが、彼女たちにもどうしていいかわからない……いや、どうしようもない事なのだと言うことがわかっていたからこそ、気休めの言葉などはかけられなかったと言うべきであろう。


 ややあって、ティアナが我に返った。いや、色々と考えているうちに自らの任務を逃げ場にしようと思いついたと言うべきかもしれないが、とにかくファルケンハインの方に歩み出て、ひとまず挨拶を行う事にした。

「あ、挨拶が遅れたが、私はシルフィードおうこ……」

 ティアナが敬礼し、そう言ってファルケンハインに対して軍隊式の自己紹介をしようとしたとたん、ファルケンハインはそれを遮った。

「あ、いや。お互い固い挨拶はなしだ、白髪のお嬢さん。それにここはどちらにしろ場所がちょっと悪い」

 ティアナはファルケンハインに言われてハッと気づいた。このあたりは身に染みついてしまった軍人の性と言えるだろう。意識をして気をつけてはいたのだが、自分と同じ匂いのする人間、具体的には軍人と思しき人物に出会うと、習性が理性を覆い隠すようだ。

「め、面目ない」

 ティアナはとたんに赤面したが、すぐに素直にわびた。ただし、「お嬢さん」という言いぐさにはちょっとムっとした。

「気にするな。俺たちはこう言うのが日常だから慣れてるだけだが、普通の者は体に染みついた習慣はなかなか変えられんよ。とにかくこれからしばらくは旅の仲間だ。お互いに仲良くやろう」

 ファルケンハインは珍しく気さくな感じでティアナに声をかけると、ハロウィンの方に向いて会釈した。

「改めて。お久しぶりです、ハロウ先生」

「相変わらず元気そうだね、ファル君もアトル君も」

 ハロウィンは帽子にちょっと手をあてて軽く挨拶を返した。

「長旅お疲れでしょう。今晩の宿は一応それなりのところを確保してありますのでいったんそちらでお休み下さい」

 ハロウィンはありがとうといって、ファルケンハインに目で会釈してみせた。ファルケンハインの方もそれに応えて会釈をした。

「私達には今朝のコレを除くと事件という事件はなかったんだが、君たちの方にはなかなか楽しそうな出会いがあったみたいだね」

 ハロウィンはエイルとファルケンハインを交互に見つめながら軽い感じで声をかけた。

「まあ、その辺の話はお茶でも飲みながら、リリアお嬢様を交えてゆっくりと」

「紅茶好きのお嬢さんは元気かな? 彼女が喜ぶと思ってエトワールでいい紅茶をたっぷりと仕入れてきたんだが」

「おお。そんな話をしようものなら、あの人は小躍りして喜びますよ」

 アトラックは真面目な顔でそう言って、何かを思い出すようにうなずいた。

 彼の頭の中ではきっとアプリリアージェが実際に小躍りしているに違いないのだろうな、とハロウィンは想像した。

「そいつは、歓迎されそうだな。我ながら自分の機転に感心するよ」

 そうして「はははは、」と屈託なく笑うと、シェリルの肩をポンと軽く叩いた。それは、「大丈夫か?」という合図だった。

 シェリルはうなずいて、顔を上げた。

 そのやりとりを見ていたエイルは期せずしてシェリルと目があったが、どう反応していいか解らず、目をそらすしかなかった。


「リューヴアーク殿」

 突然、低く押し殺したような声がハロウィンの耳に届いた。

「まさかとは思うが、作戦上極めて重要な用件があるからと言って突然予定を変更し、わざわざ遠回りになるエトワール経由の船に乗ったのは、その紅茶の為なのか?」

 ハロウィンはおそるおそる声のする方を見た。

 ティアナであった。

 ハロウィンはティアナと目を合わせる前に帽子のつばをグッと下ろして顔を隠すと、何事かをごにょごにょと言ってそそくさとその場を立ち去ろうとした。


 と、まさにその時であった。

 カフェの店内から複数の悲鳴が聞こえた。

 そして次の瞬間には、店があっという間に炎に包まれていた。

「離れろ」

「あぶない」

 ファルケンハインとティアナが同時に叫んだ。

 ティアナは隣にいたエルネスティーネの手をとろうとして躓いた。足下には店内から泡を食って飛び出してきた商人とおぼしき男が勢いあまって倒れ込んでいたのだ。彼ら一行が居た一角は店の外とはいえ、いくつかのテーブルや椅子、壁、それに看板などの障害物が多く、逃げ出せる方角が限られていた。悪いことにその方角は店の出入り口から外に出てくる客達と合流する形になっていた。いきおい、彼らは火災に驚いて店内から飛び出してきた客達とぶつかる格好になった。


「ネスティさま」

 エルネスティーネを追いかけて走り出したティアナだが、もみくちゃにされる中でエルネスティーネとの距離は離れていった。あわてて客を押しのけようとしたため、彼女の行為は店から出る客の流れを遮る形になってしまい、結果として数で勝る怒濤のような力に負けて地面に叩きつけられた。

(くっ……しまった)

 こういう大勢がパニックになっている状況で倒れるということは、すなわち無事では済まない事を意味していた。その恐ろしさを知っているが故にすぐに立ち上がろうにも、もはやどうしようもない状況であった。何人かが折り重なってティアナの上に倒れ込み、逃げ惑う人々により足や頭は何度も思いっきり踏みつけられた。

(姫は……姫は大丈夫なのか……誰か)

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