第十四話 シェリル・ダゲット 1/6

 アプリリアージェ達を残して宿を出たエイルは、大市が開催される広場の外側の路地を一周してみることにした。これはエルデの癖のようなもので、ルーナーの目で見た主要な目標の周りについては、とりあえず自分の目で確認してみない事には落ち着かないのだという。町に入った時にまず外周付近を確認したのも同じ理由からだ。ただ、今回は普段と違って調査の内容について、エルデは饒舌だった。


[いつもやってる散歩がてらの調査目的は大まかに言うて二つやな]

 一つは地理的な把握である。有り体に言えば「いざ」という場合の逃げ道をある程度想定しておきたいという思いがあった。

 それはエイルとしても理解できる。ファランドールの町々、特に城塞に覆われた市街地は外敵侵入に備えて入り組んでいるところが多く、袋小路になっている道も多々ある。万が一逃げた先が袋小路になっていたら……ということだ。町の外に出る為の目印も欲しい。当初エイルが舌を巻いたのは、一度ざっと歩くだけでエルデが町のおおまかな全体地図の様なものを頭の中に構築してしまうことであった。もともと膨大なルーンを全て暗記していると豪語するエルデであるから、それを陣汁なら記憶力の良さはそうとうなものなのだろう。どちらにしろその空間把握能力に関して、エイルはエルデの右に出るものを知らなかった。もちろん、フォウで暮らしていた時間を含めてである。

 そしてもう一つはルーンサークル……精霊陣の有無を確認することである。だがエイルは、今までそのルーンサークルとやらにお目にかかった事はなかった。だが、我が身を守る為に必要な儀式なのだと言う事は、エルデに言われるまでもなくエイルは理解していた。特に今回ルーンサークルについてエルデがあえて言及したのは、昨日のカレナドリィとの会話で得た情報があったからだということは想像がついていた。つまり、精霊陣は間違いなくこの町にあると言う事である。


[ルーナーは、必要に応じて精霊陣、ルーンサークルを使うんやけど]

『うん』

[もともとは力の弱いルーナーが己の力を増幅させるためのもんやけどな。ルーンを唱える際に、より多くの精霊達の注意を集め、その力を少しでも多く得るためのエサみたいなもんやな。一説には精霊の目を釘付けにする為の模様とも言われているけど、まあ、そんな解釈はどうでもええことや]

『精霊履行……ルーンの増幅装置か』

[ま、ただそれは物でできたいわゆる装置とか機械みたいなもんやなくて、術者によって描かれた図形とか文字の組み合わやけどな]

『なるほど。フォウにも魔法陣と呼ばれる数学的な陣とは別に、同じ名前で数字や文字が丸や四角や六角形やら、つまりいろんな図形と組み合わされて書かれた怪しい陣があるけど、つまりそんな怪しいものがそこかしこにあるって言うことか?』

[ルーンサークルがそこかしこにあってたまるか。恐ろしい]

『だよな。そもそもフェアリーに比べるとルーナー自体が少ないって話だったよな』

[加えて、簡単なもんやったら子供でも作れるけど、本来の意味の精霊陣をちゃんと書けるようなヤツはルーナーにもそうそう居てへんからな。そやからこそ、ルーンサークルをもし見つけたら何のための物かを見極めんとアカンわけや。それは間違いなく強力なもんや。俺達が狙われているわけやのうても、罠にはまるのや嫌やろ?」

『そりゃあまあ、確かに』

[単純に決めつけられへんけど、例えば地面に描かれてるようなものは言うたらその場限りですぐに使う為のもんやな。でも、たとえば町の石畳の広場や、劇場内の壁や柱に古くから彫り込まれて描かれてるものは]

『ものは?』

[かつてその土地にルーナーがおって、いざと言うときの防衛用に設置されてるものやと考えてええかも知れんな。防衛用すなわそれ自体は攻撃ルーンの可能性大や。まあ精霊陣があれば少なくともその町にルーナーが居るか、過去に居たかという証明にはなる]

『カレンの話だと過去には居たということだけど、もしルーンサークルを見つけたら、お前はそれをどうするつもりなんだ?』

[もちろん精霊陣の内容を見てから決めるけど、危なそうなヤツはとりあえず無効化しとかなあかんやろ]



 いくつかの町で固定的に設置されているルーンサークルを見たことがあるというエルデだが、この会話の直後、広場の外側にある路地で見つけた物は今までとは明らかに違うものだと言う。もっともエイルにはその違いはわからない。なにしろそれが初めて見るルーンサークルだったのだ。


「それ」をめざとく発見したエルデは、精霊陣を注視しようとするエイルを制した。さらに、「立ち止まるな」とも告げた。

『どうしたんだ? なんだか円が四重か五重になってて中にかなり細かい書き込みのあるルーンサークルだったような気がするけど?』

[アレは……ちょっとヤバ目な匂いがプンプンする……あれを作ったのがカレンの言うランダールを守るためのルーナーやとしたら、ソイツ、とんでもないヤツかもしれへんな]

『どういう事だ?』

[とりあえず、そこのカフェに入って、あのルーンサークルが見える所に座ってくれへんか。ちょうどええ、朝食の続きをしよか。リリア姉さんのせいでほとんど食べられへんかったしな]

『そうだな。味はわからないにしても、栄養はちゃんと摂取しとかなきゃな』

[楽しい時間とはよう言わんけどな]

『まったく、味覚がないっていうのがこんなに辛いものだとは知らなかったよ』

[それはもう言うな]

『まあ、確かに。言葉にすると悲しさ倍増って感じだもんな』

 エイルは言われたとおりに通りに面したカフェに入ると、案内されたテーブルに向かい、骨董屋の看板が見える位置に座った。その骨董屋の看板に、件のルーンサークルが描かれていたからだ。

 案内の女給仕に軽い朝食を頼むと、直視はせず、されど視界の中にその精霊陣を置いた。


 既に朝食の時間を少し過ぎていた事もあり、カフェにはのんびりした雰囲気が流れているはずであった。旅が長いとそのあたりは経験としてわかるものだ。しかし、その日、その時、その店では、エイル達の常識や経験は当てはまらなかった。

『そうか、大市だった』

[実質的に今日から開催やって言うてたな]

 エイルとエルデはアプリリアージェから仕入れた情報を思い出していた。商人達が挨拶や情報収集などの為に活発に動き出していてもいい時間帯だったのだ。要するにカフェはけっこう賑やかであった。しかしエイルの横あいの大きめのテーブルについていた一行は、大市目当ての商売人とは少し毛色が違うようであった。なぜなら賑やかな会話は、若い娘達の声で行われていたからだ。意識はしていないつもりだったが、隣のテーブルということもあり、自然と少女達のやりとりが耳に入ってきた。


「ねえねえ、アップルタルトのおかわりをしてもええかナぁ?」


『へえ、珍しいな、古語だぞ』

[北部ウンディーネからの客やろな。でも、なんちゅうか、ほんまもんの古語とは微妙にちゃうような……]

『地方により差があるんじゃないのか?』

[いや、それ以前の話やな。基本的な抑揚が破綻してるんや。思うに、エセ古語使いに教わってもうたっちゅうところやろな]

『本物を知らないまま育ったって事か』

[何の為かはわからへんけど、うさんくさすぎる。関わらん方がよさそうな匂いがプンプンするわ]


「それは絶対に食べ過ぎよ」

「こんなの、たいしたことなイって」

「ダメですよ。ほら、昔から言うではないですか。『腹は八段目まで』って」

「ネスティさ……、いえ、ネスティ、八段もあるとすでにそれは重篤な状況です」

「そんなことより、ルネ。今あんまり食べ過ぎると、大市で素晴らしくおいしそうな食べ物を見つけても、食べられなくなって後悔してしまいますよ」

「でも、ここのタルト美味しいねんもン」

「ではこうしましょう。ここのタルトが気に入ったのでしたら、明日もここに食べに来くるというのは?」

「うーん」

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