駄文2018/03/12

・夕方のブレスト


 昨日考えていたとおり、自分のやることを紙に書き出して壁に貼り、やっていることに飽きたら、そのリストの中から次の行動を選ぶ。というのを試している。どうも日によってやりたいことや順番というのは異なるようで、こんなシンプルなやり方のほうが順番を毎日決めてリピートするタスク管理ツールなどよりもいいのかもしれない。ただ、長期的な進捗管理には向いていなさそうなので、別な仕組みを組み合わせたほうが良さそうだ。


 そういえば、そういえば、と頭に思い浮かぶことを次々に乗り継ぐというのが、自分の脳に向いているという感じがするけれど、眠気については防ぎようが無いように思われる。それは生活習慣の問題なのかもしれないし、昼食の内容を変えることによって改善されるのかもしれない。


 いきなり物事がうまくいくという事はほとんどなくて、それらしい成果が出ないうちに投げ出しがちだ。改善についても同様で、その効果が反映されるまでには支払サイトのようなタイムラグがあるので、元からあまり期待しないか、必要な作業量をイメージの何倍にも見積もっておいたほうが良い。


 そうすると、問題はそれまでの時間をどう過ごすのか、ということになる。同じ暇つぶしでも、何か意味がありそうなことをしたい。あるいは、意味のないことをする時は、明確な意志をもってしたい。


 この場合の「意味」というのは、現実世界で生きていくことへの効果を指すというか・・・例えばゲームをすることは、ストレスの解消と時間(代謝)の経過という「意味」が無くはないけれど、それよりは、その内容が、間接的にでも「社会」に向いているものを言うのが良いのではないか。


 勉強は知見を広めるし、労働は対価を受け取れる。作品では反応が得られるかもしれない。運動や睡眠は、社会的な活動の礎となる身体の、好調を維持することに作用する。


 しかし、一日の時間をそういった「有意義」なことで埋め尽くそうとすると、体のどこかから激しい抵抗感が湧き上がる。「意味のないことをしたい」というよりも「意味のあることをしたくない」という強い思いが、目の前の作業の開始や進捗を阻害する。かといって疲労感に苛まれるのとも違うし、ゲームをしたりSNSを眺めてもつまらない。


 考えてみれば、その場その時、その行動に意味があるのか、ということを判断しているのは、自分の頭である。この頭にはかなりの前科があって、見当違いや見積もりの甘さ、勘違いや物忘れによって、未来の自分に多大な迷惑をかけてきたのだった。それで信用を失った頭が「この行動には意味がある!」と決めつけたところで、「本当かよ」「また間違いじゃねえの」と疑うものがいてもおかしくはない。


 物事の期限に余裕を設けるように、一日の使い方についても余裕をもたせるということは必要かもしれない。不測の事態や突然の体調不良も少なくない。ただ、その余裕として割く時間が、半日とかだとちょっとどうかという気がしてくる。それなら丸一日休んで回復を待ったほうが良さそうな気がしてしまう。


 今、「しなければいけないこと」として思い浮かぶのは主に2つである。Accessによるデータベースのたたき台作成と、今月末締切の挿絵付き原稿だ。データベースについては、データを機械的に入力しきって、フォームを他の人でも使いやすくして、レポートで従来の表と同じものを出力できるようにすれば良い。職場のPCでしか扱うことができないので、何となく時間切れになってその日は手を付けない、ということが続いていた。


 もう一つの挿絵付き原稿については、主題は決まっているものの、細かい部分と、何より挿絵のための写真を撮るために、夜外出しなくてはならないことが億劫で、ストップしていたのだった。人通りの多い週末を待っているうちに忘れたりもしていた。


 急な連絡があって、今日はもう職場での作業はできなさそうだけれど、夜に出かけて写真を撮ったりすることはできそうだ。楽器の練習もあるので、その前の時間で街まで行けばいい。気力も特別に消耗しているわけではないので、風邪にだけ気をつけて、今日のうちに済ませてしまおう。


・夜のブレスト


 などと息巻いていたのだが、夕食後気絶。21時を過ぎてようやく起き上がる。自分の疲労に対して、あまりにも自覚がないのだろうか?これくらいならできるだろう、ということができない。さっそくの「突然の体調不良」ということで、ロケハンと楽器練習は明日に持ち越しである。


 夜には何もできないということになると、これらの予定が消化できない。どこで何を間違ったのかを振り返ると、カフェインの摂り過ぎがあったかもしれない。明日は控えることにしよう。


 さらにカレンダーを確認すると、次の体調不良が16日あたりになると予想しており、それがやや前倒しで発生しているということもあるのだろうか。


 しかし毎日のように調子が悪いようなことを言っているような気がする。もしかしてどこか悪いのかと心配になるけれど、思えば大して何もできないうちに倒れて1日が終わるというのは、子供の頃からよくあることだった。その割には長生きしているという気もする。


 疲労に無自覚であるとしたら、自分の感覚とは別のところで、それを管理する必要がある。夕食後起きていられるのか、というのは一つの指標で、起きていられなければ寝て、起きていられるのであれば楽器の練習に行く。ということだけで良いような気がする。


 それよりは、どうしたら1日の平均稼働時間を延ばすことができるのかを考えたい。日中の勤務があるので、楽器を触れるのが(小型キーボードを除いて)夕食後しかない。帰宅後すぐにコーヒーを飲むことで活動を無理やり維持することもできなくはないけれど、翌日以降の悪影響を考えると、最終手段としてとっておきたい。


 昼食時も同じように眠気が強くなっているのだった。食事の内容やタイミングを変える必要があるのかもしれない。できることなら、糖質を減らすなどして、食費も浮かせることができないだろうか。明日から試してみよう。


 もし許されるのであれば、楽器の練習も、夕食前にできると理想ではある。ただし、仮にそれが実現したとしても、日中の時間がそれほど余っていない。何かを削る必要がある。すると候補に上がるのは、この定期ブレストである。


 自分で決めた字数を達成させるために、こうして就寝前の時間までを使っているのを、日課から外せば時間はできる。ちょうど今日の分を終えるとあと3回で100回目になるわけで、キリがいいかもしれない。思えばよく毎日続いたものだ。


 なんの脈絡もなく延々と考えていることを垂れ流すことに、対外的にはほとんど意味がなかったかもしれないけれど、本人としては面白かったし、正しい表現かは分からないが、生活の役に立ったというような気がする。気になることを分析して、具体的な行動を起こして、それを評価する。本来はこうして文章にしなくても出来なければならないことなので、それをこうしてWEBツールの力を借りてやっていたということになる。


 文章そのものを作ることとしても、訓練になった。ただ、章立てを前もって作る種類の文章には、あまり活かされなかったので、それはまた脳の別の部分でやることなのだろう。というか、それが次にやるべきことなのかもしれない。


 ということで、現時点で暫定的にあと3回でこのブレストを終了する。次にやるべきことを自分で設定するのか、しばらく認知資源を別の日課に割り振るのかはまだ未定ではあるけれど、まずは明日、全投稿を振り返るところから始めよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る