ネルファ 下
「ネルファ! どうして来たの?みんなは?」
「……ガンドが先生を呼びに行った。今はみんなで援護に向かおうってことになって」
「あれが……悪魔か。」
いまだに先程の場所に浮遊していた。
今戦っているのは――ビーラ達だった。仲間と共に戦っているが、悪魔に軽くあしらわれているのは傍目から見ていてよくわかった。手加減されている。
パーティ5人のうち、2人は気を失っているのか、俯いて座った状態で木に凭れ掛かっていた。たった3人でこれまで悪魔と対峙していたのだ。
「くそっ! 馬鹿にしやがって!」
「どうするの?見て分かると思うけど、参戦しても状況は変わらないと思うけど。」
「だが、見殺しには出来ない。何か方法が………ネルファ、君の魔法で何か出来ないか?」
「……悪魔に闇魔法は効かないと思う」
「くそっ! 他に手は……」
「……光魔法でも使えれば話は違ったかもしれないけど、現状ここにいるメンバーで使える人はいないから、先生方が来ると信じて隠れている方がいいと思うの。先生方が近くに来れば案内すればいいし。」
「だが……」
“ そこにいるのは分かっている。出てこい。それと、助けなら来ないぞ ”
「っ!――どういうことだ?」
“ ゲートを閉じた。たったそれだけでここを閉鎖することが出来たよ ”
「なぜ、ここを狙った?」
“ 簡単な事だ。我々の敵たる貴様らを根絶するならば、元を絶てばいい。お前達のような剣士や魔法士の雛。それらが成長する前にな ”
私達の世界のことを理解している?悪魔が?……いや、魔族全体で情報を共有している?そんなことがされていれば、ただでさえ一枚岩ではいられない私達では対抗できないのでは………
“ そこの帽子の女。貴様は他の者よりも格が違うな。何者だ?”
「……私?」
“ そうだ。こやつらにも飽きてきたところでな。少しの間相手をしてもらうぞ ”
そこから突如、私と悪魔との一騎打ちが始まった。とはいえ、相手は悪魔。終始こちらの防戦一方だった。出来ることなんて限られている。
“ 闇魔法か。しかし、先程の者達よりもずっとマシだ。貴様、力を隠しているな?”
「…………」
“ 喋らんか。それでも構わない。貴様に興味が湧いてきたぞ。もう少し威力の高いモノを味わわせてやろう ”
最初に放ってきたのは魔弾だった。ただの魔力の塊と思って油断したら、体に穴が空くほどの威力を伴う、魔法学校に通う生徒では到底防げないモノだ。
だから、私は闇魔法を駆使してひたすら逃げに徹した。他の人がいない場所へと移動しながら。
“ 逃げてばかりでは俺は倒せんぞ?”
「……ここなら大丈夫かな」
“ 鬼ごっこはおしまいか?何を見せてくれる?”
「今の私が出来る最強の魔法
《我は希う 我が心を映す鏡 顕現せよ 其は形無きもの 其は移りゆくもの 我が意志の具現 闇にあって光を放つもの 我が寄る辺 今こそ全てを照らさん》」
“ なんだそれは……”
「私の唯一にして、私だけの究極魔法 『
“ なっ!? 目が、目が……見えん! 何をした! なんだあの光はっ!! ”
『始原の光 終焉の闇』――私がおじいちゃんに唯一教えられた魔法。ただし、決して安易に使ってはならないとも戒められた究極の、光と闇の混成魔法。
最初に放たれる光によって目を通して相手の脳へとダメージを与え、続く闇魔法で体を拘束する……だけでなく、最終的には相手を支配することまでを考えられて創られた魔法だ。悪魔相手ならば、視覚を奪い、動きを止められるだけで十分だ。
“ くそぉぉぉぉ!! 身体が動かんぞ!! 何をした、人間!!? ”
この魔法は究極魔法というだけあって、魔力をごそっと持っていかれるため、悪魔が油断していなければ不発に終わっただろう。そうなれば、自分は抵抗も出来ずに死んでいたはずだ。
「ネルファ! ――って、え?もしかして、これをやったの……」
「お前がやったのか!?」
悪魔を拘束してから遅れること5分。パーティのみんなが追いついてきた。ビーラ達も来たみたい。この状況はあまり見られたくなかったのに。
「……いつ拘束が解けるか分からないから、すぐにでも先生を来てもらわないと」
「ガンドはいつ――」
「見つけた。悪い知らせだ。ゲートが魔力の影響で歪んでいて、先生方と合流することが出来なかった。どうする?」
「――っ!先程の言葉は本当という事か。しかし、こいつはもう戦えない。なぜまだゲートを潜り抜けられないんだ?」
「それは――」
“ 簡単な話だ。一体ではなかった、というだけだ ”
「っ! まだいたのか……」
“ それぞれに場所を決めていたのだ。まさか、我々に抗えるだけの力を持つ者がいるとは思わなかったがな ”
考えなかったわけではない。ただ、目の前の悪魔を相手にするだけで精一杯だったから、頭の片隅から追い出していた。まさか、本当に複数体いるとは思わなかった。これでは私達も………
“ こいつをやったのは……お前か、女 ”
「……うん」
“ 敬意を表してお前を最初に殺してやろう ”
「ネルファはやらせない!」
「女を殺すと言われて黙ってる男はいない!!」
「ミンフィル、ガンド……そうだな。仲間を見捨てること、出来るわけないよな!」
“ それが人の強さか。だが、それでもまだ、足りんぞ!”
さっきとは違う。最初から本気で、手加減する気がない。間違いなく、ここにいるみんなが殺される。
「……私が時間を稼ぐ。みんなはなんとかして先生を呼んで」
「そんなこと……!」
「このままじゃみんな死ぬ! ううん、それだけじゃ済まない事態になる。何としても防がないとっ!」
「でも……」
「お願い!」
“ 別れの言葉は済ませたか?では、死ね ”
まだ何も為せていない。けど、ここで死んでもいいから、みんなを守らないと―――まさか、私がこんなことを思うなんて。
「――間に合ったか。ネロ、相手を頼むぞ」
「任せて頂戴。御代は……」
「ないぞ。仕事だ。あとでアイスくらいは買ってやるがな」
「イケズ~。でも、アイスを貰えるなら、頑張っちゃう!」
突如、上空から二人の黒い外套を纏う男女が降ってきた。女の方は緊張感の欠片もない声で男に甘えていた。
ただ、違和感として、女の手には大きな鎌が握られていた。見た目と相まって、死神がそこにいるかのような錯覚を覚えた。
「……あなたたちは?」
「旅の者なんだが、この地域に悪魔の気配があるから調査、可能であれば討伐してほしい、とある御方から依頼されてな。だから来た。遅れてすまなかった」
“ 貴様らが代わりに相手をしてくれるという事か。楽しめそうだ ”
悪魔にはこの二人の力量を測れたのだろう。視線がさっきから二人にしか向いていない。私達は相手をするまでもないと判断したのだろう。
「俺は戦わん。こいつだけだ」
「はいは~い! わ・た・し・が、相手よ~」
“ 舐められたものだな ”
「あら、それはこちらのセリフよ。私達の団長に相手をしてもらおうなんて、100年早いわ~」
“……ふざけるな!!”
挑発された悪魔が突然魔力を爆発させた。その影響で大気が震え、大地が鳴動し、木々に生い茂る葉によって大きなざわめきが起こった。
「まだまだね。――ねえ、少しは本気を出していいのよね?」
「ああ、結界を張ったからな。多少は問題ない」
「やった! じゃあ~、御言葉に甘えて……『蠢く闇蛇』『舞う鴉羽』『霞む月』」
“ ――か、身体が! それに羽が舞って、さらに視界までぼやけて――”
悪魔――歴戦の冒険者が二十人でパーティを組んで初めて対等に戦えると言われている悪魔を初手で圧倒している……?
それにあの魔法……闇魔法だと思うけど、何かが違う。なにかが……あれ?あの女の人は?
「《欠ける月 這い寄る逢魔が時 眠りへ誘う夢 追い駆ける影 心に潜む闇 誘惑する陰 時が経ち 時代が変われど 変わらぬモノ 委ねよ全てを 求めよ安寧を 我はここにある 常に傍らに》」
“ なんだこれは……頭が…考え、られ……”
「《全てを抱擁せん
言葉が紡がれ、魔法が発動したのは分かったけれど、何が起きたのか理解できなかった。突然悪魔が
「団長、終わったわ。そっちはどうするの?」
「魔法で動けないようだからな、彼女に任せよう」
「あ、あの!」
「何かしら~?」
「助けていただき、ありがとうございます!」
「それで~?」
「その……このままゲートまで護衛、してもらえませんか?」
「私達はこれから向かう場所があるから無理ね~。それに、もう部外者はいないから心配ないわよ~」
悪魔を単騎で狩れるほどの腕前。一体どこの騎士団に所属しているんだろう?
「わかりました。本当に、ありがとうございました! みんな、行こう。」
「そうだな。助かりました。ありがとうございます。」
「ありがとうございました。この恩は必ずや返してみせます!」
「なら、今度からは無謀な行動はしないことだな。早死にするぞ?」
「うっ……き、肝に銘じます。」
みんなゲートに向かい始めたので私も続きます。すると背後から――
「ねえ」
「……何ですか?」
「貴女の父親の名は、ガブリエルってじゃない?」
「……どうして知ってるんですか?」
「昔、一度だけ戦ったことがあるの。懐かしいわね~。元気?」
「……まだまだ現役です」
「そっか。ならよかった。無理はしないように言っておいてね」
「……伝えておきます」
父の知り合いだったから助けた?……いや、違う。そんな風には見えない。偶然気付いただけだろう。今後、出会うこともないだろう。こんなスゴイ人達とは。
あれから三週間が経ち、魔法学校卒業式の日が来た。不測の事態が起きたが、全員合格だったらしい。私達も、事情を知った先生たちのおかげで、制限時間を越えたものの、合格することが出来た。あの人達から報告を受けたのだろうか?
「ネルファ! みんなで写真を撮るんだから、こっちに来て!」
「……うん」
ミンフィルはあの時以来、積極的に私に話しかけてくるようになった。パーティを組んだ他の三人も、顔を合わせれば挨拶してくれるようになった。
それから、これが一番の変化だったのだけど―――
「ネルファ。」
「……何?ビーラ」
「前も言ったけど、ごめん。そして、ありがとう。あの時、あなた達が来てくれなかったら、私達はみんな死んでたかもしれない。だからその……ありがとう。」
「……私達も無関係じゃなかった。だから、気にしないで」
「そっか。でも、もう一度言わせて。ありがとう。これからもお互いに頑張りましょ。また会ったら、その時は奢るわ。」
「……期待しないでおく」
「ふふっ…生意気。また会いましょうね。」
ビーラは、あの時から私に対して柔らかい態度で接するようになった。彼女の友達も、同じように。それから、他の生徒や先生からも、悪魔を倒したことが知られたらしく、英雄みたいな扱いを受けるようになった……恥ずかしすぎる。
……ん?何か向こうが騒がしい。なんだろう。
「ネルファ! この前の人達が呼んでるよ!」
え?この前の人達が…?何故だろう。父に会いたいのかな?
「……ネルファです。私に何か?」
「単刀直入に聞こう。俺達と旅をしないか?」
「……え?旅?」
「そうだ。俺たちは仲間を集めている。ネルファ、君には才能がある。未来を決めていないのならば、俺達と世界を見に行かないか?」
「……でも」
「まどろっこしいわね~。連れてっちゃおうかしら?」
「物騒なことを言うな。本人の同意が必要だ。どうだ?」
「……………」
唐突な提案に必死で言い訳を考えようと思考を巡らせていると、男の人の傍らに控えていた女性が声を質問を投げ掛けてきた。
「――あなたは何を求めてるの?」
「え?」
「他の子のようにこの先の事を決めることが出来てない。じゃあ、あなたは何をしにここに来たの?」
「……それは」
「教えてもらった魔法を完全に制御するため?」
「っ!」
「図星か……でも、それもここでは完全には至らなかった」
そうだ。結局、おじいちゃんの魔法を完全に制御することは出来なかったんだ。
「で、研究所に行くのかと思ったらそうでもない。あなたはどうしたいの?」
魔法学校の次に、魔法大学校と魔導研究所がある。
だが、私はどちらにも進まず、実家に戻ろうと思っている。この先、何をしようか思いつかなかったからだ。
「私達なら、あなたの望むモノを与えられるわ」
私が望むモノ…?私が、望む………
「自分の力でどこまで行けるか、試してみない?」
「――ネルファなら、もっと上を目指せるよ! 私達は知ってる。ネルファは本当はスゴイって! だから、今のチャンスを掴むべきだよ!」
私は、力を使えることを楽しんでいる?
それとも、おじいちゃんから教わったことを実践できることが嬉しい?
仲間と共にあることを喜んでる?
「別に、今は朧気でもいい。何か、心に引っ掛かるものがあるのなら、俺達と一緒に来ないか?その引っ掛かりが無くなった時は、俺達の元から離れてくれて構わない。ただ、俺としては、お前の才能を腐らせたくない、そう思って声をかけた」
何かをしたいという気持ちはない。でも、あの時見せられた魔法に惹かれたのは事実だ。
……どうすればいいんだろう。どうしたいんだろう?
「んーーー、もう面倒くさいから、 私達と一緒に来なさい! あなたの知らない、見た事のない世界を見せてあげるから!!」
「……で、でも」
「手、震えてるわよ?興味があるんでしょ?」
あっ……私、今、心惹かれてる?見た事のない世界に?
「まさか、そんな強引な言葉で惹き付けるとはな。……さて、どうする?」
「………でも」
「ネルファ。行きなよ。こんなスゴイ人達に勧誘されてるんだよ?きっと、これまでとはまったく違う世界を見ることが出来るはずだよ。そんな機会、滅多にないよ。だから、行ってみたら?」
「でも……」
「私もいつか、必ず追いつく。その時、勝負してみない?」
「……勝負?」
「うん。私は私なりの方法で、必ず追いつくから。だから、先にスゴイ世界を見て来なよ。じゃないと、今のネルファなら簡単に追い越しちゃうよ?」
「…………まだまだ負けない。先にスゴイ魔法士になるのは私だから」
「っ!――それでこそ、ネルファだよ。でも、私も負けないから!」
私の永遠のライバル――ミンのおかげで私は一歩を、大きな一歩を踏み出すことが出来た。あの時のことを、私は今でも忘れない。私の、たった一人の親友にしてライバル。彼女のおかげで、今の私がある。
「ねえ、ネル。今度、団長さんを紹介してくれない?」
「……イヤ」
「ええー、ケチ。別にちょっと会ってお話するだけだからさ。いいでしょ?ね?」
「……団長は忙しい。だから無理」
「そっか。ネルのこと聞こうと思ってたのになー。」
「…… 絶対に会わせない」
「別にいいよ。ウチの団長に掛け合ってみるから。」
「っ! それはズルい! 反則!」
「知らなーい。あっ、今日のお昼はネルの奢りね?」
「あっ! 待って! 聞いてない!」
「ご馳走様でーす。へへへっ!」
今では互いのことをあだ名で呼び合う仲にまでなっている。かつて宣言した通り、彼女は今、『女帝の城』に所属している。幹部候補まで上り詰めたらしい。
今日は久しぶりの休みだったから、彼女を誘ったのだけど……失敗だった。
「ほらほら、今度はアクセサリーを見に行こっ!」
でも、私はこんな時間が嫌いではない。それもミンのおかげだ。
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