スーリヤ

 今から何年前だったかなー。キャラバンとは別行動していた時が一時あって、その時に立ち寄った辺境の村があったんだ。周囲は黒い葉が生い茂る木々に囲われていて、近隣の町や村との交流はほとんどなかったそうだ。


 だから、俺が一人で森を抜けてやって来た時には大層驚かれた。こんな辺鄙な場所に来る変わり者がいるのか、ってな。


 で、辺鄙で辺境にある村だからか、貨幣じゃなくて物々交換でやり取りをするのがその村の慣習だった。宿に泊めてもらうのに一つお願いを聞くハメになったんだ。

 内容は、その村から北に30キロ程のところにある大きな樹の上にある小屋に住む変わり者のダーク・エルフがいるから会いに言って欲しい、と。見た目は子供だが、大人顔負けの卓越した弓の技術と魔法を備えているんだとか。そんな彼女とは時々だが交流があったらしい。彼女が狩った獲物との物々交換とかな。


 だけど、つい先日彼女の元に向かった村長の息子がいまだに帰って来ないと。で、一宿一飯の恩義として、俺に息子の捜索と少女への訪問を依頼してきたんだ。

 野宿してもよかったが、さすがに腹は減るからな。依頼一つで泊めてもらえるならいいか、って思って引き受けた。泊まった次の日に早速向かったよ。村人の適当な地図片手にな。


 歩くこと三時間だったか。喉が渇いたからすぐ傍を流れる小川で小休止した。貰った地図はアテにならなかったよ。あるはずの所に谷はなく、ないはずの所に大きな河が流れてた時には少し暴言が出たなー。

 まあ、そんなこんなで道半ばまで来たところで、いきなり矢が飛んできた。多少開けた場所で、人が五人分くらいの大きな岩と、腰掛けるには丁度良さそうな小さめの岩があってさ。休憩するために小さい方に腰掛けようとした時だよ。鬱蒼と生い茂った森の中からだったから一瞬反応が遅れちまったが、難なく避けた。陰の中から黒い矢が飛んできたんだから危なかったけど、開けた場所だったからよかった。


 で、だ。矢を飛ばしてきた張本人が突然大きい方の岩の陰から現れた時は、本気でビビったな。思わず、うおっ、って言ったよ。気配がしなかったし、なにより矢が飛んできた方向と速度的にそんな現れ方をするとは思わなかった。



「――これ以上先へ進むことは許されない」 

「君は?」

「そんなことはどうでもいい。早くここから立ち去れ」

「そうもいかないんだな。人を探している。二人ほどな」

「それが?」

「この辺りの地理に詳しそうだな。数日前に誰か来なかったか?男なんだが」

「来た。僕に会いたいと言っていたが、会う理由がなかった。だから無視した。その後は知らない。次の日には姿が見当たらなかった」

「そうか。今日は一度村に帰る。明日も来る」

「二度と来るな。次は外さない」


 そう言い残すと、ダーク・エルフの少女は森に帰って行った。すぐに気配が分からなくなったから、さすがだなー、って感心したな。

 で、夕方に村に戻って状況を説明して、もう一泊させてもらった。


 次の日、約束通り俺は再びダーク・エルフに会いに行った。




「――なんの用だ?ここに来れば殺すと警告したはず。帰れ」

「そうもいかないんだよな」

「なら、望み通り殺してや―――仲間を待機させてたのか」

「いや、俺は一人で行動してたんだが、どうやら追い駆けて来たらしい」

「ふ~ん」

「どうする?追い返すか?」

「あんたの仲間と勝負して、負けたら話を聞いてもいい。でも、勝ったら二度とここに人が近付かないようにしろ」

「御安い御用だ。シルヴィア、出番だ」

「――ようやく?長かったわね」


 男が声を掛けた瞬間、その背後から女が現れた。さっきまでは確かに気配が500メートル以上離れた位置にいたはずなのに。


「聞えていたな?勝負だそうだ。勝てるか?」

「負けると思う?」

「それだけ自信があれば問題ないな」

「ルールは簡単。ここから5キロ先にいる猪を狩った方が勝ち」

「分かりやすいわね」

「なら、あの葉っぱが地面に着いたらスタート」


 丁度目の前で舞っている木の葉を指し示してみせた。すると、女は挑発するようなことを言ってきたよ。皮肉でもなんでもなく、純粋に言ってきたのがさらに腹立った!


「ハンデはいらないの?」

「欲しい?」

「私は貴女に聞いているのだけど?」

「舐めるな。その余裕の態度、絶対に崩してやるっ!!」


 互いに距離を取ってから、武器を構えて待機。

 木の葉が地面につくまで、三……二……一 !!


「『移り行く影』」


 影の中を移動できる魔法で一気に獲物との距離を縮める! あの女は……はっ? 


「団長、別にここから狙ってもいいのよね?」

「ルールに抵触しないからいいだろう。ただ、外したら笑いものだな」

「あら、慰めてくれないの?」

「お前くらいになると怒るという選択肢しかない」

「なら本気でやるわ。《風よ》」


 木々の間を駆け抜けて行く最中、背後から魔力の反応があった。しかし、最早手遅れだ。僕の方が早く獲物に接近するのだから! 


「聞えないかもしれないけどあえて言わせてもらうわ。この程度の距離、私には眼前にあるのと変わらないわよ。《一矢》」


 獲物まであと300メートルの距離になった時、背後から矢が飛んできた。それも、風を纏った超高速の矢が。

 放たれた矢は寸分違わず獲物の頭を射抜いてみせた。山なだけに起伏もあり、平坦な地形ではないというのに、矢は正確に獲物を貫いた。


「そんなの、アリ……?」

「この程度、私にとっては朝飯前よ。さて、違う獲物で新しくゲームをする?それとも降参?私としてはもうちょっと遊びたいのだけど」



 そこからは意固地になって様々なルールで山全体を使った狩りをした。


 はっきりしたことは、彼女にはどんなルールであろうと勝つことが出来なかったということ。どれだけ自分に有利なルールを設けようとも、彼女はその全てを実力で越えていった。完敗だ。


「僕に用って何?」

「俺達と一緒に来ないか?どうやら、シルヴィアがお前の事を気に入ったらしい」


 さすがに魔法の連続使用で疲れて、座って休んでたら男が話しかけてきた。話かけてきた内容は突拍子もない事だったよ。正直馬鹿じゃないの?って思ったね。 


「彼女の弟子?いや――」

「何か言った?」

「いえ、弟子にしてください! お願いします!!」


 僕が顔を顰めながら拒否しようとした瞬間、男の背後にいた憎たらしい女が弓を構えて脅してきたんだよ!!

 あそこで拒否できるほど僕は鋼の心臓を持ってないし、そんな度胸もなかった。だって、ほんんんんとうにっ! 怖かったから……。


「ふふっ……よろしい。弟子にしてあげましょう。ただし、私はそこの人と違って甘くはないから、覚悟しておきなさい」

「言わせたくせに……」

「――何か?」


 聞こえない声量で言ったのに聞こえてたのかよっ! 心臓が止まるかと思ったね。あの目が笑ってない笑顔はいまだにトラウマ……ってなにケタケタ笑ってるんだっ!!


「まあ……頑張れ」


 ふんっ……用が済んだ途端に関わろうとしなかったよね、あの時。




 口調の変化で気付いていたかと思うが、途中から語っていたのは当人のスーリヤである。シルヴィアがいないからか、彼女を前にしては言えないことをドンドン言っている。報告したらさぞ面白い事になり――睨まれたからやめとこ。

 にしても、シルヴィアの前では借りてきた猫みたいに大人しくなるから、普段とのギャップでいつも笑わせてもらったな。


「僕が先生の弟子になった経緯はこんな感じ。強制的に弟子にさせられて、毎日毎日、何度も何度も死ぬ思いで訓練してきたよ。今思うと、よく今日まで生きて来れたわ、って感心してる」

「ホントになー。にしても、やっぱり本人が話してくれるとより話に重みが出ていいな。それで、いつから聞いてた?」

「気付いてただろ。最初からだよ。と言っても、通りかかって聞えたから気配を消して」

「盗み聞きしてたんだろう?」

「一度痛い目に遭ってしまえ」


 スーリヤからジト目で睨まれてしまった。これはこれでゾクゾクするものが……コホン。団員に舐められては示しがつかないから、そのうちちゃんと団長らしいところを見せないとな。


「それで、探していた村長の息子はどこに?」


 おずおずとクリスが尋ねてきた。今回のスーリヤとの出会いを教えて欲しいと言ってきたのも彼女だ。幹部の事を知りたいと言ってきて、これまでにもいくつか語って聞かせている。


「ああ、それか。喰われてたよ。さっきのゲームの一環で的になった狼にな。群れで行動してたところをこいつとシルヴィアが襲撃して、一頭だけ逃げ出したもんだから二人して追いかけたところ、辿り着いた巣穴に男の首なし死体が転がってた」

「衣服は僕が見た物と一緒だったから、まず間違いなかった」

「で、ゲームが終わった後は三人で村に報告して、そのままキャラバンに合流して今に至るっと」

「なんというか、御愁傷様?」

「それ、本人を前にして言ったら眉間を射抜かれるぞ?」


 クリスはスーリヤの言葉を本気にしたようで、焦ったように周囲を見回した。

 こっちもこっちでイジリがいがあって面白いんだよなー。


「おい団長。今、失礼な事を考えたな?考えたよな?」

「気のせいだ。それより、そろそろメシの時間だ。移動するぞ」

「話を逸らしたな……」



 ちなみに、村長に報告しに行ったら村長と奥さんはその場で気絶してしまった。よっぽど一人息子が死んだのがこたえたのだろう。ベッドまで運んだ後は村人に任せて村を出た。あのままあそこにいると厄介事に巻き込まれそうな予感がしたからな。



 もう一つ。シルヴィアはリリーにはかなり甘いが、スーリヤにはかなり厳しい。ただ、嫌っているのではなく、エルフであればもっと高みを目指せるはずだ、と思ってあえて厳しい態度で接している――ということを知っているのは俺だけだったり。

 酒に酔うとスーリヤの事も溺愛していることが良く分かる。延々とリリーの成長か、スーリヤがいかに才能溢れるかを語り続けるのだ。正直鬱陶しいレベルで。

 まあ、他のも似たり寄ったりだけどな!!

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