ネルファ 上

 やっぱり図書館は落ち着く


 一日中図書館で生活できればいいのに


 でも、そんなことは許されない




「来週、最終試験である実戦演習を行う。それと、チームは直前に発表される。皆の健闘を祈る。今日は解散!!」


 私のクラスの担当指導官がそう号令をかけて今日の授業は全て終わった。来週はついに最終試験。私達最上級生にとって、この試験を合格できなければ正式な魔法士として認めてもらえない。だから、みんな頑張る。


 でも、私は違う。憂鬱でしかない。だって―――


「ねえ、あんたも来週の試験に出るの?」

「……だから?」

「正直言って、みんなの迷惑にしかならないから辞退してくれない?」

「………」

「聞えてる、根暗ちゃん?」

「………」

「ちょっと、無視してどこに行こうってのよ。」

「……図書館」

「そういえば、あんたの唯一の居場所だったわね。」


 先程から突っかかって来るのは同じく最上級生のビーラ。男にちやほやされていい気になってる女。魔法の腕は一流には届かないけど、合格間違いなしと言われるくらいには出来る。


「ビーラ。こんなやつ放って置いて行こうぜ。せっかくの訓練時間が無駄になっちまう。みんなも待ってるしさ。」

「分かったわよ……」


 ビーラを宥めているのがラッシュ。恋人らしい。魔法を学ぶ学校で色恋に現を抜かす生徒として、先生たちから白い目を向けられてるけど、成績は一番なため、表立って彼を非難する先生はいない。



 私はネルファ・グリーン。魔法を学ぶために3年制の学校に通う最上級生。得意魔法が闇魔法であるために、クラスだけでなく、パーティを組む人たちから敬遠されている。もちろん、他の魔法を覚えようとしたけれど、初級魔法程度しか使えなかったので諦めた。


 魔法学校に通う生徒は、中級魔法までをある程度覚え、3年の最終学期にある実戦演習にて、パーティで合格する必要がある。なかには、元兵士や元騎士など、武器の扱いに長けている者もいたりする。全体の約2割ほどだ。


 試験内容、パーティは直前にならないと分からないため、この時期はみんなそわそわし始める。



 さて、闇魔法がなぜ敬遠されるのか。それは、学校で学ぶ闇魔法には敵の妨害をメインに、攻撃系魔法が少ないからだ。そのため、少しでも早く戦闘を終えたいパーティにとって、攻撃手段の少ない闇魔法使いは不要なのだ。


 そのため、何度かパーティを組んだことのあるビーラ達は私に対して執拗に攻撃してくる。彼女だけでなく、ラッシュも。彼らの友人も。


 私は同じ学年だけでなく、下の学年の子からも敬遠されている。使えない闇魔法を扱う先輩なんて尊敬出来ないのだろう。まあ、一番の理由はビーラ一味に睨まれるのを嫌って、関わりたくないからだろうけど。


 だから私は今日も図書館に向かう。

 



――最終試験・実戦演習 当日――


「今日の試験は全パーティ一斉にスタートだ。皆の奮闘を期待する。開始!!」


 ついに始まった最終試験。


 パーティは、良かったと思うべきか、ビーラ達とは一緒にならなかった。とは言え、今のメンバーも友好的かと言われれば、微妙である。


 今回の試験の目標は、グレートハウンド――簡単に言うと、大きな犬。


 犬と言っても、全長3m以上ある魔物であり、火を吹く。この大陸に多く分布する、一般の人にもよく知られている魔物である。群れで行動することもあるが、今回の目標は単独行動しているそうだ。


 だからこそ、今回の試験の目標に選ばれたのだろう。パーティを組んで戦えば、死傷者は出ないだろうという判断だと思う。



 今回の試験、パーティは4人ないし5人で組まれている。バランス、能力を考慮しているため、成績優秀者だけで組まれているパーティは存在しない。

 つまり、ほとんどのパーティでは初対面であるということだ。ありがたい。


 そして、私のメンバーは、女性魔法士3名、男性魔法剣士2名のバランスの良いパーティだ。


「俺とガンドが前衛として引き付ける。他の三人で適宜支援をしつつ、攻撃。逃げそうになったら、ネルファ、だっけ?君が妨害してくれ。」

「……わかった」


 初対面とは言え、試験直前ではあるものの、互いの情報を共有するだけの時間を設けられていたので、作戦を立てることだけは出来た。

 連携に関してはぶっつけ本番なので難しくはあるが、今回は一体を討伐するだけでいいのでそこまで気にする必要はないだろう……たぶん。


「見つけた。あれが今回の目標だ。みんな、事前に説明した通りの陣形を。」


 試験開始から20分。ようやく魔物を発見することが出来た。戦闘音がまだ少ないことからも、まずまずの滑り出しだと思う。



 最終試験・実戦演習。山を中心にした演習場。

 受験者は各パーティごとに、山の麓に設けられたゲートで待機。ルールは――


・制限時間は1時間で、目標を討伐後、回収した素材を持って元のゲートに全員で帰還することで合格となる。

・戦闘開始時、万が一別のパーティと同じ目標の魔物と出会った場合、魔物が警戒――つまり頭が向いているパーティに戦闘が優先される。

・戦闘開始となれば、如何なる理由があろうと他グループの介入は許可されない。

・目標の魔物には監視の目があるため、不正を行えば即失格扱いとなる。

 



 順調に魔物を弱らせられているのだから問題はないはずなのだが、嫌な予感がしてならない。こういう時の予感はよく当たるって先生が言ってたっけ。

 ちなみに、私は魔物の観察と周囲の警戒。万が一にも邪魔されないためだ。


「最後だ、トドメを!」

「はい!『風乱舞』」

「……これで終わり、だよな。――よし、素材は回収した。ゲートに戻ろう。」


 特に問題が起こることもなく、戦闘開始から10分ほどで討伐完了。

 ここからゲートに戻るのに、行きと違って索敵する必要もないので10分ほど。


 みんな魔物の討伐を終え、安心していたのは否めない。さらに、先生達の監視の目はフィールド全域にまで及ぶため、予想外の事態になるだなんて思っていなかったのだろう。私も思ってもみなかった。

 


「なあ、やけに周りが騒がしくないか?」

「……そうだな。戦闘が終了して安心してるからじゃないか?」

「……違う」

「ネルファ?」

「……魔法の残滓。たぶん誰かが戦ってる」

「じゃあ迂回するか?遠回りになるが。」

「この先は崖で、降りるにはロープが必要な高さだ。他で降りられる場所までは五分以上かかるはずだ。それじゃあ間に合わなくなるかもしれないぞ。」



 ゲートの位置はそれぞれ、走って5分以上かかる位置に設けられており、フェンスで区切られてもいる。他のパーティと合流することを禁じるためだ。

 そして、ゲートから五分ほど真っ直ぐ道なりに進むとかなり高い崖があり、昇るにはロープを使わないといけない。これもまた、訓練の一環である。

 


「だが、もし戦闘に介入したと判断されたら今日の頑張りは無駄になるぞ?」

「しかし、時間が」



 自分たちの帰還ルートに別グループがいるため、

 本来、先生達が監視・管理している試験なため、戦闘場所もおおよその決められているはずである。

 それが、なぜかゲートに近い場所で戦闘が行われている。しかも、別グループのルート上で、だ。異常事態だ。先生方は何をしているのだろうか?



「私が確認して来ようか?」

「……いいのか?」

「いつまでもここで待機しているわけにもいかないし。決断するには情報が必要でしょ?」

「そうだな。頼む。」

「わかった。ネルファ、一緒に来てくれる?」

「……私?」

「うん。貴女の魔法が必要かなって思って。姿を隠す魔法ってあるでしょ?」

「……なんで知ってるの?」


 私は基本的に魔法を他人に見せたことは無い。試験のために、やむを得ず先生に見せることはあっても、他の生徒に見せたことはない。


「以前、ビーラに追い回されてるところを見かけてさ。その時に使ったのを見ちゃったんだ。」

「……いいよ。」

「そう! じゃあ、行こうか。行ってくるね。」

「よろしく頼む。」



「……それで、本音は?」

「え?さっきのが本音だけど?……ああ、みんなに敬遠されてるから疑り深くなってるのね。私は貴女の事を普通に評価してるのよ?」

「……なんで?」

「だって、ビーラ達を相手に逃げ切ったんだもの。しかも、魔法を発動したことに気付かせない静謐性。あそこまでのモノは今まで見た事ないもの。尊敬するわ。」


 ビーラ達は気付かなくてもこの人――ミンフィルは気付いた。私が闇魔法を利用して姿を隠したのを。


「……でも、地味でしょ?」

「謙遜しなくていいよ。他にも使えるんでしょ?攻撃系の魔法も。あの静謐性は自身の魔法を完全に掌握しているからこそできるもの。この学校であのレベルの人はあなた以外にいないわ。」

「……ヘンな人」


 この学校にいて、私のことをここまで評価されたのは初めてだ。先生たちは良くも悪くも平等だったから、貶すことはなかったが、褒めることも無かった。

 正直嬉しかったが、まともに感謝したことが無いので他に言葉が浮かばなかった。


「あはは…ヘンな人って。私はミュンフィル・レイモンド。『女帝の城』に入るのが夢。貴女も一緒にどう?」

「……まだ何も決めてない。ここには、魔法を習得するためだけに来たから」

「そっか。私は貴女の事が好きだから、一緒になれると嬉しいかな。」


 人に向かって「好き」と言えるなんて尊敬する。ミンフィルは明るく、人当たりも良いので人気がある。どうしたら、臆面もなく好意を口に出来るのだろうか?

 私とは180度正反対の人間だけど、だからこそ憧れる。


「……考えておく」

「今はそれだけで十分。さて、そろそろ使ってくれる?」

「……うん。『陰を歩く者』」

「自分じゃわからないけど、他人には自分たちは見えないってことでいいよね?」

「……正しくは、相手に自分たちを認識させない魔法」

「本当に凄いよ! さっさと確認して戻ろう。」

「……うん」


 

 二人で見たのは悪夢だった。当時の私達には想像も出来ないくらいに酷く、いっそ夢だったと言われた方が信じられるくらいだ。


 そこには――悪魔がいた。角があり、羽が生え、尻尾もあった。人に似て非なる存在。遠くから見ていただけなのに、圧し潰されるような圧迫感を感じた。人が立ち向かうにはあまりにもかけ離れた存在。

 今すぐ逃げなきゃ――ミンフィル?


「ごめんなさい、腰が抜けて立てないの。先にみんなに報告してきて。あとで追いかけるから。一刻も早く先生方に知らせないと!」


 そうだ。悪魔がいるのになぜ先生たちはいないのだろう――って今は一刻も早くパーティに知らせて帰還しないと!



「……ハァ、ハァ!」

「どうした!?何かあったのか?」

「……悪魔がいた。早く先生達に知らせないと」

「分かった! ガンド、崖を飛び降りれるか?」

「任せろ! 急いで行ってくる!」


 ガンド――私のパーティの前衛である魔法剣士の彼は、風魔法を得意としているため、崖を単独で飛び降りることが出来る。


「ネルファ。戦闘場所まで案内してくれるか?」

「……行くの?」

「見殺しには出来ない。それに時間稼ぎも必要だろう。今の状況を知っている俺達がやらないと。それに運が良ければ他のパーティと連携することが出来るかもしれないだろう。」

「……わかった」



 私はこの時、何がなんでも止めるべきだった。見捨てるべきだった。

 だって、相手の悪魔は、小国を滅ぼすほどの力を持っている存在だったのだから。

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