第417話 希望の未来

「君ね。いつまで待たせるんだい?」


 その言葉は、冬也とアルキエルを唖然とさせた。

 暫くの間、混乱をしていたのだろう。ようやく正気に戻った冬也が話しかける。


「お前、こんな所で何やってんだよ」

「馬鹿なのかい? 君は本当に馬鹿なのだね。僕の神格に君の神気が混じっているのが、ほとほと嫌になる」

「あぁ? そういえばてめぇ、勝ち逃げなんて真似しねぇだろうな!」

「君もだアルキエル。今の僕が、君に勝てるとでも? 傷一つ付ける事は出来ないよ」

「なら強くなれや! あれで勝負がついたなんて、思っちゃいねぇだろうな!」

「はぁ、全く話にならないよ。冬也、君の眷属なんだ、躾けが必要じゃないのか?」


 声を荒げて詰め寄ろうとするアルキエルを、冬也は片手で制する。

 奴は、決まって減らず口を叩く。古から悪意を集めて、存在してきたのだ。性格はそう簡単に、変わりはしないだろう。


 そして冬也は、暴言を吐かれようとも、気に留める事はない。何故なら、常に荒っぽい言葉で、遼太郎とコミュニケーションを図っていたのだ。

 また嫌味を言われても、言葉に含まれた意味を余り理解していない。冬也に対しては、迂遠な言い回しより、直接的な物言いの方が伝わるのだ。

 女神セリュシオネが冬也を苦手としているのは、言葉の意味を理解しようとしないからであろう。


 そして冬也は、アルキエルを制しながら、呆れた様な表情を浮かべて言い放つ。


「ったく、めんどくせぇ野郎だな。来るのは別に構わねぇけどよ。何しに来たんだよ?」

「君の、いや。き、君は料理が、た、たっ、達者だと聞いた。ふ、ふる、振舞って貰えないだろうか?」

「腹減ってんのか? 今日は町で祭りが有るぞ」

「あぁ、何故わからない! 君の料理を食べさせろと言ったんだ!」

「はぁ? なんでだよ?」

「理由は聞くな!」

「仕方ねぇな、待ってろ。ロメリア」


 余程、冬也に頭を下げるのが嫌なのだろう。たどたどしく、ロメリアは言葉を口にし、険しい表情を浮かべて頭を下げた。

 だが、それでは冬也に意図は伝わらないのだ。嫌々でもはっきり、「てめぇの作った飯を食わせろ」と言わない限り。


 戦う事が目的じゃないとわかり、アルキエルは興味を無くしたのだろう。料理が出来上がったら呼べと言い残して、リビングを出て行った。


 冬也がキッチンへと向かい、リビングから姿を消す。そして、座っているロメリアに、メイドの一人が近づき、お茶を勧めた。


「事情が有る。申し訳ないが、遠慮させて頂く。気を悪くさせたら、申し訳ない。ここの使用人は、みな素晴らしい対応をしてくれる。心遣いに感謝している」


 深山の記憶から得たのだろうか。ロメリアは、一般の者には非常に丁寧な応対をする。紳士的な応対をする者が来れば、執事長が来客だと判断し招き入れるのも、仕方がないと言えよう。

 

 ロメリアは騒ぎ立てる事もなく、静かに料理を待っていた。アルキエルの方が、よほど無頼漢に見えよう。

 使用人達が、まめに買い揃えていたので、材料には事欠かない。冬也の料理は、然程待たずに完成した。そして、冬也は大声でアルキエルを呼ぶと、料理をリビングに運んでいく。


「大したもんじゃねぇけど、食ってくれ」


 リビングに入って来たアルキエルが、テーブルを挟んでロメリアの対面に座る。そして、ロメリアより先に食べ始める。

 ロメリアは、料理を暫く見つめた後、徐にフォークを手に取り、料理を口に運んだ。


 手早く作ったのだ、手の込んだ料理ではない。

 それでも、がっつくアルキエルに対し、ゆっくりと噛みしめる様に、ロメリアは食べる。そして、ロメリアは二口、三口と料理を口に運んでいく。

 そして、徐にフォークを置くと、冬也に視線を向けて話し始めた。


「旨い。旨かったんだ。何故だ?」

「はぁ? そりゃあ、てめぇの中に冬也の神気が混じってるからだろ」

「いや、それだけじゃない気がする。ついこの間まで、僕には味覚が無かったんだ」

「意味がわかんねぇよ、ロメリア。わかりやすく説明してくれ」


 冬也でも理解出来る様に、ロメリアはわかりやすく説明をした。

 サムウェルに連れられ、各地の料理を食べ歩いた。最初こそ、何を食べても味を感じなかった。しかし、徐々に旨いと感じる様になった。

 試しに、サムウェルと行った料理店へ、独りで食事をしに行った。だが、全く味を感じなかった。理由がわからないロメリアは、サムウェルに問い質そうとした。 

 しかしサムウェルは、料理なら専門家に聞けと、冬也の名前を出すだけ。それ故、冬也が戻ると聞いたこの日、朝から自宅を訪れて、待っていたのだ。


 ロメリアが説明している最中にも関わらず、冬也とアルキエルの顔には笑みが浮かび、最終的には声を上げて笑っていた。


「何を笑ってる!」

「いや、わりぃ。でもよ、お前。簡単な事だよ」

「何が? どう簡単だと?」

「誰かと一緒に食うと楽しい。お前は、サムウェルさんと食事に行って、楽しかったんだ。自分では、気が付いてねぇみたいだけどな」

「では、君の料理が旨いと感じるのは何故だ?」

「それは、さっきアルキエルが言っただろ? 俺の神気が混じってるんだから、俺の料理はお前に合ってるんだよ」


 ロメリアは、理解出来ないといった感じで、首を傾げている。


「わからねぇんなら、もう一度食ってみな?」

 

 ロメリアは、訝し気な表情でフォークを握り、再び料理を口へ運ぶ。その瞬間、目を見開いた。


「だろ? ワイワイとみんなで食べると、料理ってのは旨いんだ。つまらなそうに、独りで侘しく食ってりゃ、味もへったくれもねぇよ」

「そうか。そうか。そうだったか。僕にも、こんな感情が有ったんだな」

「あたりめぇだろ。悪感情を操ってきたんだろ? その逆がわからねぇはずねぇよ。嬉しいとか楽しいとか、そんなのは自然と湧いてくるんだ」

「そういうものか?」

「あぁ。お前は、深山から知識や感情を読み取って、理解したつもりでいたんだろ? でも、頭で考えようとしねぇで、心で感じてみな。お前は、感情の無い機械じゃねぇ、正常なんだ」

「そうだな。あぁ、本当にその通りだ」


 ロメリアの顔に、笑みが生まれる。そして、残った料理を次々と口へ運んでいく。そして、アルキエルがおかわりを要求すると、ロメリアもそれに合わせて、おかわりを要求した。

 再び、キッチンへ冬也が向かう頃、玄関の方から賑やかな声が聞こえる。


「うん? 冬也様の神気は有るが、ペスカ様はまだお帰りになられてないようだ」

「ミューモ。ペスカ様は、恐らく議事堂だ」

「しまった! お迎えに行かねば」

「必要ねぇよ、ミューモ。元気そうだな、お前ら」

「おぉ、主。お元気そうで良かった」

「留守番、助かったぜスール」

「ご無事のご帰還、お喜び申し上げます、冬也様。これで、ロメリアと一戦交えずに済みます」

「ミューモ。お前も、冗談を言う様になったんだな」

「冬也。帰ってるんだな? スパイスの苗は、庭に植えといたんだな。育て方は、執事って人に教えといたんだな」

「ありがとう、ブル」


 要求されたおかわりを運びながら、冬也は眷属達に声をかけていく。そして、いっそう賑やかになるリビングを、更に喧しくする存在が、空間を開いて現れる。


「あ~! アルキエルがなんか食べてる! ずるいよお兄ちゃん! って、何でロメリアが来てるの? あ~、ロメリアも何か食べてる!」

「うるせぇな、ペスカ。てめぇも食えばいいじゃねぇか!」

「ねぇ、ロメリア。お兄ちゃんのご飯、美味しいでしょ?」

「あぁ。とても旨い」


 喧しく騒ぎ立てたペスカだが、ロメリアを見て何かを悟ったのだろう。直ぐに優し気な表情へと変わる。そして、アルキエルの言葉を無視して、ロメリアに問いかけた。

 ロメリアはペスカの笑顔に、笑顔を返す。それは実に自然な笑顔であった。


 食事を要求するペスカに、冬也は作らないと言い放つ。むくれるペスカであったが、祭りが有ると聞いて直ぐに機嫌が直る。

 今にも家を飛び出そうとするペスカを少し宥め、冬也は後片付けを済ませる。

 

「ロメリアも行くんだな」


 小さく体を変えたブルの無垢な笑顔は、人だけじゃなく神の心も癒すのだろう。ロメリアは、ブルの頭を撫でると、祭りに付き合う事を約束した。


 スキップをしながら、ペスカは先を進む。日本に戻ってから、忙しい毎日を送ってきたのだ。たまの休みも必要だろう。


 そして、祭りは大いに盛り上がった。

 冬也が住民達に囲まれる中、用意された席にアルキエル、スール、ミューモ、ロメリアが座り、酒を酌み交わしながら、料理をつつく。

 ペスカとブルは、嬉しそうに屋台を回る。そしてブルはアルキエル達に、屋台の事を楽し気に話す。

 住民達の盛り上がりが、ペスカとブルを楽しませる。ペスカとブルの楽しいという感情が、皆に伝播していく。アルキエルでさえも、楽しそうに笑う。それにつられるように、ロメリアも声を上げて笑っていた。


 永遠の時を過ごす神にとって、この時間は刹那のひと時である。しかし、他愛もないひと時が、案外重要で輝いている。

 この平和を守らなければ。そんな想いが、それぞれの心に刻まれた事だろう。


 ☆ ☆ ☆


 祭りが終わり翌日、冬也がスールとミューモを連れて、片付けの手伝いにパーチェへ赴く。アルキエルは弟子達の所へと向かい、ブルは自宅周辺に色々な野菜を植えていた。

 そして残されたペスカは、リビングのソファでロメリアと向かい合い、議論を繰り広げていた。


 パーチェから戻る際、ペスカはロメリアへ、議員に推薦した事を伝えた。しかし、ロメリアが二つ返事で快諾する訳もない。

 ただ、それで簡単に引き下がるペスカではない。故にペスカは、策を講じた。


 最初は、他愛もない話題だった。そこから、議論を展開させる。

 ロメリアは、文明の発展と共に生じた諸問題を、知識として有している。当然、深山が問題として感じていた事柄も、よく理解している。

 ロメリアは、ペスカに応じて論じ始める。科学技術の取り入れ方、環境へ及ぼす影響、社会構造の変化等、様々な論点を取り上げ、熱の入った議論が繰り広げられる。

 寝る事もなく、食事中も絶えずに、議論は三日三晩続いた。

 

「よく理解した、君の策に乗ってやる。この先は、議会で意見を戦わせようじゃないか?」

「やだよ。私が何のために、あんたを推薦したと思ってるのよ」

「はぁ? 何を言って、いや。いや、いや、いや、そうだ。そうだよ。君が好き勝手にしでかす事を、僕が却下出来るんだ。ははっ、愉快じゃないか。ようやくこれで、君に一泡吹かせられる」

「まぁ、簡単に却下出来ると思わない事だね」

「はははっ! 僕を納得させたいなら、それなりのプレゼンをする事だ。僕は深山の様にはいかないよ。あんな寛容さは、僕には無いからね」


 恐らく、これが始まりなのだ。

 レイピアとソニアが作ったレポートは、広辞苑よりも分厚い。それだけの情報量が、記載されているのだ。

 全てに目を通したとしても、議員達は理解しないだろう。日本を訪れた経験の有る、女神フィアーナとシルビアでもだ。

 

 アンドロケイン大陸に存在する、亜人連合と呼ばれる中央統治機関の中心は、エレナとその弟子、レイピアとソニアである。

 社会見学を通じて、多くの事をその身で体験した彼女らの知識は、アンドロケイン大陸の様々な変化を起こしていく。

 ブルも同様、農業に新たな進歩を齎せ、農作物の加工を著しく発展させる。そして、冬也は世界に新たな食文化を持ち込み、それに伴う産業が発展する事になる。


 時に過ちを正し、修正を促す。時に、正当性を訴え世に知らしめる。世界に変革を齎せようとする彼らの動きを、議会側ではロメリアが、その外ではペスカが支える。

 それぞれの立場で、皆を導くのなら、社会はより良い形で変化を遂げる。


 そう。描かれた夢は、現実となる。そして、世界は希望で満ちている。


 ☆ ☆ ☆


 そして十数年後、ロイスマリアに一人の女性と少年が降り立った。


「先生。ここが、ロイスマリアですか? 凄く近代的ですね。近未来的と言った方が近いでしょうか? お聞きしてた異世界とは、随分と異なりますね」

「私がここに来たのは、二十年近く前だからね。色んな事が変わって当然でしょ?」

「確かに、先生の仰る通りですね」

「先生は、もう止めて。私は病院を辞めて、ここに来てるんだし」

「済みません先生。いや、空さん。ところで、ご案内を務めて頂ける、ご友人は何処に?」

「ここで待っているはずなんだけど。どこ行ったんだろ?」


 二人はキョロキョロと周囲を見渡す。

 少年が生まれてから間もなく、地球に変化が起きた事は、歴史の授業で習った。現在の東京は、自分が生まれた頃の東京とは様変わりしている。

 周囲を見渡す限り、少年が思い描いていた異世界とは全く異なり、現在の東京と然程変わらない。


 変わっているとすれば、通り過ぎる者達であろう。人間とは明らかに異なる者達が、往来を闊歩しているのだ。


 だが少年は、それに驚く事は無かった。

 元主治医であった空と、武術の師である遼太郎から、ロイスマリアについて、様々な事を聞かされていたからだ。

 

 暫く見渡していると、自分達を呼ぶ声が聞こえる。二人が振り向くと、遠くに三つの影が見える。

 一つは、少年と同じ位の年頃だろうか、ぴょんぴょんと元気に跳ねる少女。

 もう一つは、少年より少し年上だろうか。穏やかそうに見えるが、達人の風格を備えているのは、遠くからでもわかる。

 最後の一つは、欧米人に近い見た目をし、凄まじい威圧感を放っている。


 目の前まで近づいて来ると、少女は笑顔を浮かべて、嬉しそうに空へ抱き着いた。


「久しぶり、空ちゃん。なんか大人になって、ちょっとエロくなった?」

「ちょっと! 久しぶりの挨拶がそれ?」

「だってさぁ。そろそろ四十歳でしょ?」

「何言ってんの! まだ三十過ぎたばっかだよ!」

「確かに大人になったな。久しぶり、空ちゃん」


 友人との久しぶりの再会だ。少年が隣に居るにも関わらず、ボロボロと空は涙を流している。

 空との軽い挨拶を終えると、少女と少し年上の男、そして威圧感を垂れ流している男が、少年に近づく。


「お帰り、勇者さん」

「あぁ。良く帰って来たな、シグルド。いや、勇大だったな」

「まだまだ、修業がたりねぇなぁ。シグルドよぉ」


 この瞬間、少年の瞳から涙が零れていた。少年にも理由はわからない。だが、流れ出した涙は止まらない。

 目の前に居る少女達とは、初対面のはずだ。以前に会っていても、その記憶はない。しかし、不思議と懐かしさを感じる。

 知らないはずだ。だが、自然と名前が出てくる。空と師匠から聞かされていた名前。それが、目の前の少女達と一致する。


「ただいま帰りました、ペスカ様。待たせたね、冬也。君に挑戦する為、修業は怠っていないよ、アルキエル」


 そして、少年の冒険は始まる。この懐かしくも、新たな世界ロイスマリアで。

 いつだって望む限り、未来は輝いている。それが希望の未来。

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妹と歩く、異世界探訪記 東郷 珠 @tama69

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