第390話 邪神ロメリア ~能力者の消滅~

 望む望まないに関わらず、星そのものを破壊する力。その力は他者にとって、脅威以外の何物でもない。

 故に大地母神は、神の世界と地上を切り離し、アルキエルと心中する覚悟を決めた。それが著しく、地上を荒廃させる事を知っていても。


 そのアルキエルが、太刀打ち出来ない相手に、絶望を覚えない者はいない。それは悪夢そのものである。

 しかし、アルキエルの奮闘は、皆に勇気を与えた。それは絶望の中に見えた一筋の光明、ほんの僅かな希望なのかもしれない。

 ただ、拘束された様に立ち竦む状態から、皆に一歩を踏み出させた事は確かであった。


 前のめりに倒れたアルキエルを、エリーがサイコキネシスを使い、邪神ロメリアの眼前から引き離す。警察チームは、エリーを援護する様に一斉射撃を行う。それに合わせて雄二が、全力で炎を邪神ロメリアに向けて放つ。

 壊れかけた空の結界から、罅が消えていく。クラウスがマナを籠め、結界を強化し邪神ロメリアを閉じ込める。陰陽師達は九字を切り、退魔の術式を構築する。


 止まった時間が動き出した。邪気に呑まれかけた仲間達に、闘志が蘇った。

 確かにアルキエルは、邪神ロメリアの凶刃に倒れた。しかしそれは、真に敗北と呼べるのだろうか。

 アルキエルの言葉を借りて、彼の行動を語るなら露払いである。そしてアルキエルは、間違いなくそれを遂行してみせた。アルキエルの勇気に感化されて、仲間達に闘志が戻った事がその証だろう。

 

 そしてアルキエルが戦いの中で示したものは、悪意を食い物にする邪神ロメリアにとって、最も嫌うものでもある。

 希望、勇気、それは邪神ロメリアの存在と対極にある。それは一方的な蹂躙から、待逃れている要因となっていた。

 

 そして冬也は、邪神ロメリアから遠ざけられ、倒れているアルキエルに近づく。神の身体は、神気によって作られたもの、人間のマナでは治療を行う事は出来ない。今この場で、アルキエルの権限を維持させられるのは、冬也しかいない。

 冬也は、一方的に断ち切られた神気の供給を始めた。


「前に言ったよな、お前は俺の下で罪を償えってよ。それは撤回するぜ。お前は地球を守ったんだ。お前に償わなければならねぇ罪なんて、もう存在しねぇよ。お前はすげぇよ、俺にも真似は出来ねぇよ。お前を眷属にした事を誇りに思うぜ」


 本来ならば、アルキエルが倒れた時点で、力の均衡は崩れていた。

 眷属であるアルキエルが、神気を使い果たし、その存在すら危うくする程の力を行使したのだ。冬也の神気は、著しく失われている。神域の維持は叶わず、一帯が邪気に侵食されてもおかしくはない。

 しかし、冬也はアルキエルに神気を渡す一方で、神域を維持している。アルキエルと同様、冬也の意志も苦境を凌駕したのだ。


 一方で邪神ロメリアは、この状況に歯噛みをしていた。

 たかが人間如きが作り出した結界に、封じ込められている。依然としてこの世界を、自分の領域にする事が出来ない。


 今も尚、戦争は続いている。恐怖、怒り、憎しみ等、あらゆる感情が流れ込んできている。

 力は増し続けているのだ。こんな小さな星から、生命を根絶させる事は造作も無い。なのに何故、思い通りにならない。

  

 幾度も企みを潰され、何度も殺され、復活を遂げても尚、目の前に立ち塞がる。奴らは、消滅させるだけでは許さない。永劫の苦しみを与え、歯向かった事を後悔させなければならない。

 だが、奴らは屈する事をしない。事実、圧倒的な力の差を示しても、アルキエルの心は折れる事がなかった。


 どうすれば、奴らを絶望の闇に落とすが出来る。どうすれば。

 力が足りない、力が。もっと力が必要だ。圧倒的な力、簡単に奴らを踏みつけられる力。心が折れない者を、悪夢で染め上げられる力。

 どうすれば、これ以上の力を得られる。


 邪神というのは、世界が生み出したシステムである。全ての悪意を引き寄せ、善意によって消滅させられる。それが与えられた役目、言わば運命なのだ。

 しかし、ロイスマリア最古の邪神、ロメリアはそれを否定した。


 世界の都合で生み出され、世界の都合で滅ぼされる。そこには己の都合や意志が、介在する余地はない。地上の生物が、邪神を理不尽と呼ぶのなら、邪神にとって世界の理こそが理不尽である。

 故に邪神ロメリアは、そのシステムを拒絶した。


 しかしロメリアが如何に最古の邪神と言え、世界の理に逆らう事は出来ない。故にロメリアが用いた手段は、分御霊であった。

 かつて、冬也が倒した混沌の神グレイラス、ペスカが倒した嫉妬の神メイロード。これら混沌勢と呼ばれた存在は、邪神ロメリアの分御霊が成長し、意志を持った存在である。

 

 長い歴史の中で、邪神ロメリアは己の代わりとなる邪神をいくつも作り出し、消滅を待逃れて来た。

 近年では、ドルクという研究家を闇で染め上げ、世界の敵にした。更には、クロノスというエルフを操る事で、己から敵意を逸らそうとした。

 そして、混沌の神グレイラスと嫉妬の神メイロードを犠牲にし、消滅を待逃れる予定であった。

 

 邪神ロメリアの計算が狂ったのは、ペスカという類まれなる異端の存在が誕生したからに他ならない。

 そして邪神ロメリアは消滅させられ、その後に誕生したアルドメラクは浄化させられた。


 最古の邪神でも、世界の理からは逃れられなかった。

 それなら何故、邪神ロメリアは再び存在している。それは、邪神ロメリアが残した保険が有ったからだ。

 その残り滓が意志を持ち、ドラグスメリア大陸を混沌に落とした様に、東京にも残した物が有る。

 それにより、全ての記憶を持ち、邪神ロメリアは復活を遂げた。


「そうだよ、思い出した。返して貰えば良いんじゃないかぁ。そうだよ、そうしよう。元々は僕の物なんだ。貸して上げたんだから、返して貰うのが当然だよねぇ。利子を付けてさぁ」 


 それは、最悪の選択である。

 深山を救う為に、どれだけの苦労をした。遼太郎が神気を全て注ぎ込み、今も意識を失ったままなのだ。

 しかし邪神ロメリアが、人間の事情など考慮するはずが無い。


 そして絶望は訪れる。

 邪神ロメリアが指を鳴らすと、魂魄に融合した能力が引き剥がされる。

 東京の各所で、バタバタと能力者が倒れていく。炎を纏い攻撃を続けていた雄二、透明のシールドを張り陰陽士達を守っていた美咲も、例外ではない。


 この瞬間、東京に現存する能力者は、著しく魂魄を欠損して死を迎えた。

 安西ら特霊局の面々は、声を上げる事も許されずに絶命した雄二と美咲を、呆然と見つめる。他の仲間達も、その状況を理解出来ずに唖然とし立ち尽くした。

 

 人間の魂魄と融合し、能力として開花した分御霊は、邪神ロメリアから分かれた時より遥かに成長を遂げている。

 その全てを吸収し、邪神ロメリアの邪気は、更に膨れ上がった。膨れ上がった邪気は、人間達の意識を刈り取っていく。

 エリーが、安西が、佐藤が、警察チームが、林が、陰陽士達が、次々と倒れていく。

 

「ハハ、これは凄いね。よく成長したもんだ。恐れ入るよ、人間の欲望ってのはさぁ。利子には足りない気もするけど、これ以上は奪いようが無いから仕方ないね」


 邪神ロメリアは、倒れる人間達を見下ろす様にすると、高笑いをした。

 対して冬也の怒りは頂点に達していた。


 能力を暴走させ校舎を破壊した雄二、奴隷の様に扱われてきた美咲。二人が、どれだけの想いで能力と向き合ってきたのか、どんな想いで周囲に笑顔を見せていたのか。

 安西ら特霊局の面々が、どれ程の困難を乗り越えてきたのか。佐藤ら警察チームが、どんな覚悟でこの場に来たのか。陰陽士達が、どれ程の恐怖に耐え、退魔の術式を構築していたのか。

 今更、語るまでもあるまい。


 雄二と美咲、二人の高潔な魂を物の様に扱う。更には、集めた力を見せつける様に撒き散らし、仲間達の意識を奪う。


 そんな事が、許せるか!


「てめぇ! 何してやがる!」

「ハハっ、仲間を殺されて怒っているのかい? そんな顔が見れるなら、力を返して貰って正解だったね」

「雄二と山中さんが何をした! 能力者の連中が何をした! なんでてめぇ如きの為に、死ななきゃならねぇ! しかも」

「しかも何だって言うんだい? ゴミの魂魄がどれだけ消滅しようが、構わないだろ? 腐るほどいるんだしさぁ」

「ゴミだと! ふざけんじゃねぇぞ!」

「僕が知らないとでも思っているのかい? 僕が貸した力を悪用していた連中だろ? ゴミで間違いないじゃないかぁ」

「もう一度、言ってみろ糞野郎!」

「何度でも言ってあげるよ、クソガキ。ゴミはゴミだよ、それを守れなかった貴様もゴミだぁ」


 冬也は、邪神を消滅させる為に、全身に神気を集める。それは冬也が、神域の維持を放棄する事に他ならない。

 冬也が神域の維持を止めれば、僅かな時間で世界は邪神の領域になる。更に力の供給が途切れたアルキエルは、即座に神格が崩れ去る。


 冬也だけなら、邪神の領域でも存在する事が出来るだろう。しかし、周りの者達は違う。神になったブルでさえ、冬也の神域に守られていなければ、凶悪な邪気に耐えられない。


 怒りで我を忘れた冬也を、歓迎するのは邪神ロメリアだけであろう。

 ペスカが居たなら、冬也に冷静さを取り戻させる事が出来たかもしれない。アルキエルに意識があったら、もう一度この台詞を伝えただろう。力の使い所を間違えるなと。


 ペスカはここに居ない。アルキエルは意識を失ったままである。冬也を止められる者は、存在しない。間違いなく、邪神ロメリアはそう思っただろう。

 しかし、邪神ロメリアは忘れている。

 冬也には、まだ頼りになる家族が居る事を。かつて人の身で、邪悪に立ち向かった英雄が存在する事を。


「冬也、駄目なんだな。怒ったら、あいつの思い通りになるんだな。冷静になるんだな。死んでない人間もいるんだな。冬也には神域を維持して欲しいんだな。おでが、あいつを倒すんだな」

「いいえ、ブルさん。あなたは、冬也さんの手助けをして下さい」

「そうです、ブルさん。あいつは、僕達に任せて!」


 今にも邪神ロメリアに飛びかかろうとする冬也を、ブルが掴んで強引に止める。

 そして冬也の代わりに、二人の人間が立ち上がる。

 

 分御霊を植え付けられても尚、己の弱さに立ち向かい、邪悪の種を己の力に昇華させた者達。旧メルドマリューネで、勝利を呼び寄せた二人の英雄。

 翔一は、冬也を真似てマナで剣を作る。そして、空はペスカを真似て、呪文を唱える。


 吐息でも消えそうな弱々しい灯は、まだ失われていない。

 ほんの僅かな力、そのさざ波の様な抵抗は、再び奇跡を呼び寄せる。

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