第372話 テロリスト ~洗脳~

「悪いな。結局、家まで送ってもらって」

「気にすんな。それより冬也。誰に何て言われ様と、俺達はお前を信じてる。俺達みたいな馬鹿の為に、体を張ってくれたお前をな。俺達がお前にしてやれる事は、何も無いかもしれない。でもな、俺達はどんな時でも、お前の見方だ」

「その言葉だけで充分だよ。ありがとう」

「それは、こっちの台詞だ」


 笑顔を浮かべ友人に別れを告げると、冬也は車を降りる。そして、自宅の玄関へと向かう。ドアノブに手をかけ様とした時、玄関が勝手に開く。

 そして、小さな子供が飛び出し、勢いよく冬也の足にしがみついた。


「冬也。会いに来たんだな」


 どれだけ姿を変えようと、神気で繋がっているのだ。その子供が誰なのか、冬也が気が付かないはずが無い。足にしがみついた子供を両手で抱き抱えると、冬也は柔らかい笑みを浮かべた。


「ブルか。よく来たな」

「会いたかったんだな」

「なんだ? 寂しかったのか? 山さんだっていただろ?」

「山さんと冬也は、違うんだな」

「それよりブル。神気を使ったか?」

「ペスカを狙ってる奴らがいたんだな」

「そっか。やっつけてくれたのか。助かったぞ」

「おでだけじゃないんだな」


 ブルを抱き抱えながら玄関を抜けると、冬也を出迎える様にゼルが立っていた。冬也はゼルを少し眺めると、笑みを深める。


「そっか。お前も来てくれたのか」

「少しでもお力になれればと」

「少しは強くなったみてぇだな。頑張ってるんだな、ゼル」

「いえ、勿体ないお言葉です」


 一目見ればわかる。憧憬を抱きながらも、現実に絶望していた子供ではない。強くなりたいと、懇願していただけの子供ではない。戦士の顔つきになっている。

 ゼルからすれば、冬也に褒められたのは、何よりも嬉しい事だろう。成長した様に見えても、褒められて少しはにかむ姿は、年相応とも言えよう。


「来たのは、我々だけではないんですよ」


 玄関からリビングに向かう間に、ゼルからエルフの姉妹が、遼太郎の下に向かった事を教えられる。そしてリビングの戸を開けると、確かに二人がそこにいた。


「冬也様。御壮健でなによりでございます。拝謁する機会をお与え頂き、感謝に耐えません」

「冬也様、姉共々お世話になりました。こうして、再びお会い出来た事がとても嬉しく感じます」

「お、おう」


 だが冬也は、印象が大きく変わった二人に、気がつく事が出来なかった。二人から挨拶をされるまで。

 挨拶をされても、信じられなかった。


 天真爛漫なエレナが、彼女等に良い影響を与えたのか。

 笑顔を浮かべる事が出来ない彼女等が、優しく微笑んだ上に、自ら率先して冬也に挨拶をしたのだ。

 驚かずにはいられまい。


 リビング内を見渡すと、防衛班に選ばれたエリーと雄二は、安堵の表情を浮かべてソファーに体を預けている。

 連絡役となった安西は、少し緊張感が抜けた様で、柔らかい表情になっている。

 林はパソコンに向かって忙しく作業をしているものの、補佐をしている空と美咲は、少し笑顔を見せてくれた。

 

 冬也はブルを床に下ろすと、空いていたダイニングチェアに腰を落とす。するとテーブルを挟んだ向かいに、ペスカが陣取る。

 

「親父は帰ってねぇのか?」

「職員の人達を、警察に送っていったよ」

「大丈夫なのか?」

「職質されて、暫くは帰って来れないかもね」


 その後、ペスカから遼太郎と自宅の状況を説明される。無論、人質を盾にされて自害を要求され、遼太郎が呑んだ事も。


「俺がそっちに行った方がよかったな、くそっ」

「お兄ちゃん。結果論だよ」

「でも、くそみてぇに制限されてても、神気を使って威嚇すれば」

「まぁね。その状態で、お兄ちゃんの前で立ってられる人間はいないけど」

「ところで、録画した映像はどうなってる?」

「もう直ぐ、編集が終わりますぞ。一斉配信が出来る様にしておきました。拡散態勢も万全ですぞ」

「だ、そうよ。お兄ちゃん」


 会話に割り込む様に、林の声が響く。その声と同時に、空と美咲から編集が完成した事が告げられる。

 そして、リビング内にいる一同が、一斉にパソコンの前に集まる。

 

 予想していた事ではある。録画された映像は、有り得ない映像のオンパレードになっていた。

 人質を拘束しライフルを突きつける様子、集団でライフルを乱射する様子、人質を盾に遼太郎へ自害を要求される様子、遼太郎と人質に対し躊躇なくライフルを乱射する様子、高層マンションの屋上でスナイパーライフルを使用している様子。

 どれをとっても、この日本であってはならない。


 映像は、特殊部隊の人相から軍服、使用した銃火器まで、詳細に映している。ライフルの発砲音、発砲を命じる合図、自害を要求する言葉等、音声も一緒に記録されている。

 使用している言語は、英語とロシア語である。この部隊がどの国の組織かは、明白であろう。


 音声付きの映像でも、不足である。その為、林は映像に字幕をつけた。

 映像を見た者の心理を掻き立てる、ナレーション。それと、特殊部隊の兵士達が話す言葉の翻訳も、字幕で表示した。


 この映像は、二国の大統領と深山が語る言葉に、矛盾が有る事を示す証拠となる。

 米国の大統領は語った、凶悪なテロリストを放置すれば、日本が戦場になると。そしてロシアの大統領は、テロリストを日本政府が排除する事を望むと語った。

 しかし現状で、日本を戦場にしているのは、米国とロシアなのだ。事実、遼太郎は脅迫された。


 そして林はネット関連のプロである。

 SNS用の動画作りから配信、拡散まで手続きは心得ている。SNSによって動画サイズが異なる。SNS用、TV配信用等と様々なメディアに合わせて、動画データを加工した。


 これをネット上に流せば、両国の首脳が語る言葉に、疑問を感じる者が増えるはずだ。拡散すればする程、深山の洗脳を抑制する効果にもなるだろう。


 イゴールが仕掛けたウィルスを完全に除去するのは、不可能に近い。ならば、すこしでも一連の流れに不信感を感じさせる事が有効であろう。


 自信は有った。誰が見ても明白なのだから。そして、予想以外の反響があった。

 林は当初、意図的に情報の拡散を行うつもりだった。しかし林が手を出さなくても、猛スピードで動画データは拡散されていく。

 

 テロリストの首謀者とされていた者が、米国基地内で脅迫される。特にこのシーンは、見た者に疑念を植え付けた。テロリスト宣言自体が誤りだと主張する声が、ネットを中心に広がり始めた。

 ペスカの目論見通りに、大統領宣言当初から世論の意見は一転した。


 その声は、民意を動かす。そして二国の足元を揺るがせる。

 作戦の失敗、情報の漏洩、特に国際法違反の暴露。二国は、深山が協力者に選ばなかった他の国から、痛烈な批判を受ける事になる。

 

 日本国内でも世論の声はヒートアップしていく。

 報道の誤りに対し是正を求める声、正確な情報の要求。未だ声明を発表していない日本政府内は、大きく揺れている。マスメディアはこれらの声に対し、挙って緊急報道を行った。


 緊急の特番を組んだとある放送局では、馴染みの解説者を用意した。奇しくもそれは、騒動を仕掛けた深山であった。


「深山さん。映像はご覧になられましたか?」

「ええ。ですが、これは自作自演の可能性が高いです」

「と言いますと?」

「はい。先ず、ロシア兵と思われる者達ですが、彼らはどうやって入国したのでしょう? あの様な武器をどうやって持ち込んだんでしょう?」

「米軍経由という可能性は?」

「低いでしょうね。そもそも両国には、こんな事態を起こすメリットが有りません」

「ですが、非常に信憑性の高い映像にも見えますよね」

「ですから問題なのです。映像に映っていた東郷氏、彼は世界中の紛争地域に赴いた経験が有ります。恐らく、その時に録画した映像を編集したのでしょう」

「では、自害を仄めかす言動が有った事も」

「はい。機材等を用意し、それらしく映る様に、録画したのでしょう。用意周到な連中です、それ位はやりかねない」

「それでは、この映像は全て偽物だと?」

「はい。断言できます。その証拠をこれからご覧に入れましょう。VTRをよろしくお願いします」


 その言葉がキーワードであった。

 VTRと称し流された映像は、深山が画面に向かって話しているだけの映像である。その映像は、深山のパソコンを通して、ネット上にも配信された。


 深山のパソコンを通す、これはイゴールの仕掛けたウィルスを活性化させる条件である。

 大手電気店に並ぶTVの数々、職場や学校で使用されるパソコン、自宅のTVやパソコン、持ち歩いているスマートフォン等。ネットワークに流された深山の映像は、強制的に様々な端末に映し出される。否が応でも、目に入る。


 そうしてこの日、深山の洗脳は行われた。

 日本国内を問わず世界中で、あれほど上がっていた反発の声が、一気になりを潜めた。ネット上の声は、次第に二国を擁護する声に変わっていく。

 そして深山の洗脳の直後に、二国から正式に軍隊を派遣する声明が発表される。国連総長すらも、二国を擁護する声明を発表した。

 更に日本政府は、三島をリーダーとしたテロ組織を、壊滅させる事を宣言した。

 

 林の活躍により、一部の者は洗脳を回避する事が出来た。それ以外にも、情報を冷静に精査し、深山の言葉に信憑性が無いと判断した者もいる。例え映像を見たとしても、冬也を信じる友人達がいる。

 だがそれは、あくまでも少数なのだ。


 世界は深山の手中に納まった。

 しかし、これが地獄の始まりだとは、誰も知らない。平和への一歩には決してならない。

 深山の中に、種子が芽生えた。それは世界に終焉を齎す、災厄の種子である。

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