第339話 オールクリエイト ~新たな門出~
最後の一人を倒したのは誰か?
勿論、たった一人の為に始められた戦いではない。しかし、空気の読めない者達でもない。
新宿という都市を犠牲にし、戦いを始めたアルキエルでさえも、最後の一人を美咲に譲った。
美咲の持つ手製の銃は、鎮静効果の有る光が放出される。言い換えれば、戦場という狂気に支配された荒くれ者達の魂を鎮めるのは、美咲しかいなかった。
美咲に倒された者は、幸運なのであろう。アルキエルにより、最大限の恐怖を刻まれ倒れた者達と異なり、数名の者達だけが精神に巣食う狂気を拭われ、後に深刻な障害を負わなくて済むのだから。
それを幸運と呼ばずに何と呼べばいい。
一人の女性を肉体的、精神的に追い詰め、死に至らしめ様としたにも関わらず、五体満足でいられる事を、慈悲と呼ばずに何と呼べばいい。
戦いの中において、美咲は自身の強みと弱さを理解した上で、戦いに臨んでいた。それが一部の荒くれ者達に、幸運を齎す結果へと繋がったのだろう。
辛い記憶に立ち向かう事は、立派な事である。特に美咲は、奴隷以下の扱いをされて来た。普通なら恨んでこそすれ、陥れた者達を救おうとは思うまい。また、その様な憎しみが原動力となる場合も有る。
しかし美咲は、全てを呑み込んだ。そして、自分が出来る最大限の方法で、己の弱さに立ち向かった。戦場での活躍は結果でしかない。戦いに臨む前に、美咲は勝利者だったのだから。
「どうだ美咲。何か変わった気はするか?」
労いの言葉をかけようと、遼太郎は美咲に近づく。だが、思わず頭を撫でていた。
誇らしい。どうだ、こいつは俺の部下なんだと、周囲に自慢して歩きたい。
そんな風に遼太郎が思うのも、仕方ない事かもしれない。到着の直前まで震えていた娘が、こんなにも逞しく戦場を駆け抜けたのだから。
紫がかった東の空をぼうっと見つめていた美咲は、遼太郎の仕草で我に返ると、少し頬を染める。そして、遼太郎に笑顔を向けた。
「何も。特に何も。やっぱりこういうのは、虚しいだけです。勝っても負けてもでしょうけど」
「そうか。それがお前の良さなんだな」
「そうでしょうか?」
「あぁ」
争う事が嫌いな優しい女性。繊細な中にも、強い信念を持つ女性。
美咲が辛い記憶を、全て乗り越えたかどうかは、本人しかわかるまい。しかし、戦場の虚しさを感じる事が出来たなら、超越したと言っても過言では無かろう。
「面白れぇな。この世界に来て、初めて面白れぇ人間と会った気分だぜ。山中ぁ、俺の弟子になれよ」
「お断りします、アルキエルさん。私には勿体ないです」
「振られやがったな、アルキエル」
「うるせぇよ、ミスラぁ!」
この時、アルキエルは神意を解いていた。これ以上の争いに意味が無いと、判断したのだろう。また、余計な犠牲を出さない為の、配慮でもあったのだろう。
この後もアルキエルが作る戦場に、フラフラと吸い寄せられる者が、いないとも限らないのだから。
いずれにせよ、美咲が最後の一人を倒し、アルキエルが神意を解いた事で、新宿での戦争は終結した。
「おい! パトカーを呼んだから、直ぐに撤退するぞ! 佐藤さん、かなり怒ってたぞ!」
「あぁ? 佐藤の野郎が何だって?」
「お前が作戦通りにしないから、余計な手間が増えたって事だよ!」
「そういう事を言ってんじゃねぇ! 俺に命令出来るのは、大地母神とお前だけだ、冬也」
「そう言って、ペスカの言う事も大人しく聞いてるじゃねぇか」
「はぁ? それこそ馬鹿かお前は! 奴は大地母神の長だろうが!」
「ったく、アルキエル。それを本人には言うなよ。それに佐藤さんは、気遣ってやれ! あの人は、色々とめんどくせぇ事を、引き受けてくれてるんだからな」
程なくして、パトカーが二台到着し、冬也達は新宿を後にする。そして、自宅に到着する頃には、夜が明けていた。
自宅へ到着すると、空と翔一が出迎える。夜通し事態の成り行きを見守っていたペスカとクラウスは、それぞれの部屋で眠りについている。
到着するなり、緊張の糸が途切れたのか、美咲は崩れる様に意識を失った。冬也は、空いているベッドに美咲を寝かせると、食事も摂らずに自分もベッドへ潜り込む。そして睡眠を必要としないアルキエルは、空の用意した朝食を貪った。
そして遼太郎は、美咲が特霊局の職員となる手続きを進めた。本来は、本人の同意の下で行われる事であろう。しかし遼太郎はこれまでの経緯で、本人の同意が有ったとみなした。
そして、報告と共に美咲の件について許可を貰う為、遼太郎は三島のスマートフォンを鳴らす。ワンコールも鳴らずに、三島への電話は繋がった。
「東郷君か。今回は大変だったね、ご苦労さん」
「勿体ないお言葉です、三島局長」
「なんだか妙に堅苦しいね。君の事だから失敗は無いだろ? だとすれば、お願い事かな?」
「お察しの通りです。山中美咲を特霊局の一員に」
「あぁ構わないよ。中継は見ていた。彼女は、かけがえのない戦力になってくれるはずだ。手続きを進める様にリンリンには伝えてある」
三島は遼太郎の言葉を遮る様に、許可を出した。既に準備を進める様に指示している事から、遼太郎から依頼が来る事をわかっていたのだろう。
ほっと肩をなで下ろしたのも束の間、遼太郎は耳を疑いたくなる忠告を、三島から受ける事になる。
「ところで東郷君。君は友人と会っているかな?」
「友人? 誰の事でしょう?」
「君の手足となって頑張ってくれる、外務省にいる友人の事だよ。深山純一君と言ったかな? たまには親交を深めた方がいいよ」
「あぁ、そうですね。でも、あいつが何かしたんですか?」
「それは、君の目で確かめなさい。君は以前と違った力を得た、取り戻したと言った方が良いのかな? 前には見えなかった物が、見える様になっているかもしれない」
三島の言う事は遼太郎には、理解が出来なかった。いや、理解をしたくなかったのが、本音なのかもしれない。遼太郎には、不安と疑念が入り混じった様な、複雑な感情が押し寄せていた。
「東郷君。現場判断は、今まで通り君に任せるよ。私の許可を取る必要もない。私は君達が動きやすい様に、場を整える事しか出来ないからね。定期的に報告を入れてくれれば、それでいい」
これから起こり得る事を全てわかった上で、自分に判断を委ねているのではないか。そして、自分がどんな判断をし、どんな結末を迎えようと、責任は取ってやるから心配するなと、言ってくれているのではないか。
遼太郎は、三島の意図をそう読み取った。
遼太郎とて万能ではない。仲間がいて、サポートをしてくれるから、困難にも太刀打ち出来る。例え、一個小隊を一人で壊滅させられる実力を持っていたとしても、それに変わりはない。
三島の言葉で、遼太郎は冷静さを取り戻す。それは、電話越しの三島にも伝わったのだろう。
「ところで、彼女のコードネームは決まったのかな?」
「そうですね、万物創成。いや、オールクリエイトがいいかな」
「そうか。彼女の能力にピッタリのコードネームだね。入寮手続き等も、リンリンがやっているはずだ。連絡を取るといい」
そして一呼吸置くと、三島は何かを思い出した様に、声のトーンを少し上げた。
「そうだ、言い忘れていた。佐藤君の事だけど、この件で降格になる事はないよ。警視総監には、私からも念押ししてあるから、心配はいらない。これからも、佐藤君と仲良くやってくれ」
「三島さん、何から何までありがとうございます」
スマートフォン越しにも関わらず、遼太郎は頭を下げた。そして通話を切ると、どしっとソファへ身を預けるて大きく息を吐いた。
三島と電話する様子を見ていた空は、遼太郎にお茶を運ぶ。そして、少し疲れた様子の遼太郎に話しかけた。
「三島局長とされてたんですよね。何か仰ってたんですか?」
「あぁ、少し忠告をな。そうだ、翔一。近日中に、美咲を寮に入れるから、引っ越しを手伝ってやれ」
「わかりました、東郷さん。それにしても、局長は相変わらずフットワークが軽いですね」
「あの人は特別だ」
ペスカの立てた作戦に多少の誤差は有ったが、今の所は順調に進んでいる。仕掛けた罠に、未だ誰も引っ掛からないのは、不自然な気がする。だがそれも、昨日今日で成果が出る訳が無く、時間の問題だろう。
少し肩から力が抜けた様に、体を休める遼太郎。しかし、それは唐突に終わりを告げる事になる。
突然、焦った様に声を翔一が声を荒げる。その声は大きく、家中に響き渡る。そしてその内容は、思いもよらぬ事であった。
「事務所の護符に反応が有りました! いや、もう一つ。宿舎の方の護符にも反応が有ります!」
「何だと! 安西からの連絡は?」
「ありません!」
「くそっ。奴さんら、俺達を休ませる気はねぇみてぇだな! 安西、立ち向かおうなんて考えるなよ!」
遼太郎は、勢いよくソファから立ち上がると、リビングを飛び出していく。可能性はあった。しかし、自分の不在時に事務所へ攻めて来るとは思わなかった。
戦いはまだ終わっていない。これからが始まりだ。そう言わんばかりの攻勢に、遼太郎は唇を噛みしめた。
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