第336話 オールクリエイト ~新宿抗争 その2~

 そこは、戦場と呼ぶのに相応しかった。その場に立つのは、兵士ではないだけで。

 荒くれ者の集団には、連携や作戦が有る訳ではない。統一した意思が有るとすれば、敵を殺す事のみ。その意思を持つ者だけが、この場に立つ事を許される。


 拳銃やアサルトライフルを持ち出して、市街のあちこちに身を隠し、銃弾の雨を降らせ続ける。銃撃戦と言えば聞こえはいい。現実は、たった一名の男を相手にしているのだから。ただしそれは、決して蹂躙戦ではない。劣勢なのは、人数の上で圧倒的優位に立つ荒くれ者達の方であった。


 荒くれ者達の瞳は、一名の男のみを映す。そして、ひたすらに引鉄を引く。そんな単一的な行動だけが繰り返される。荒くれ者達を支配しているのは、殺戮の情炎。

 狂気的なまでに戦いを好む本性なのか、男は高笑いをしながら銃弾を受け続ける。荒くれ者達は、まるで灯りに集まる蛾の様に、戦いに吸い寄せられていく。

 狂気を宿した戦場の空気が、周囲を包む。それが今の新宿であった。


「死ぬ気で撃ちやがれ! てめぇらみてぇな木偶の坊は、それしかできねぇんだ! ちゃんと俺を楽しませろよ! そうじゃなきゃ、間違って殺しちまうかもしれねぇぞ!」


 無数の銃弾を受けても、全くの無傷で男は荒くれ者達を煽っていた。一瞬でも目を離せば、男の姿は別の場所に移っている。そして一人ずつ確実に、昏倒させていていく。

 男の動きを追う事自体が不可能と思える、巧みな移動方法。それはまるで、瞬間的に移動をしている様にも感じる。

 狙いを定め銃弾が放たれた時には、男は別の場所にいてもおかしくはない。誤射で同業者を撃ち抜く事も、有り得る状況である。

 しかし男は、敢えてその身で全ての銃弾を受け止める。狂気でしかない男の行動は、荒くれ者達に怒りと恐怖を植え付ける。

 

 味方の誤射から守られる筋合いはない。男は荒くれ者達にとって、許し難い敵なのだから。殺して、殺して、殺しぬいても足りない。


 一部の政治家を取り込み、一部のマトリや公安すら取り込んで事に備えて来た。手を組みたくない他の指定暴力団や海外マフィアとも連携した。

 どれだけの資金が動いたか。資金回収前に取引の元を奪われ、面目を潰されたどころか、組の本部は既に壊滅していたなんて、決して受けれられる話ではない。

 組織の事務所を潰された恨み、仲間を倒された恨みは大きい。加えて多額の利益を得られるはずだった麻薬取引を、潰された恨みは計り知れない。


 しかし、どれだけ銃弾を食らっても、男は傷一つ負わないし、血の一滴すら流さない。男はゆっくりと確実に、荒くれ者達に対し恐怖を刻んでいく。

 頭では、早く逃げるべきだと理解している。集まって来るだろう仲間達にも、警告をするべきだとわかっている。

 しかし、心の奥底で声が聞こえる。戦え、必ず殺せと。その声に逆らおうとしても、体が拒否をする。頭と体が乖離しているのを感じる。奇妙な違和感の中で、荒くれ者達は銃を撃つしかなかった。


「そんなもんか? 違うだろ! せっかく考える頭を残してやったんだ! もっとだよ、もっと俺を楽しませろよ! こんなもんじゃ終われねぇぞ!」


 瞬きする間に男が目の前に現れて、仲間の一人に拳を振るう。引鉄に指がかかっていても、撃つ事が出来ずに倒れ伏す。倒れた仲間の周りでは、発狂した様な奇声を上げて、銃の連射が行われる。

 どれだけの銃弾を浴びただろう。既に肉片になっているのが当たり前である。それでも男は痛がる様子すら無く、平然として荒くれ者の前に立ち塞がる。

 理解が出来ない状況が続き、思考に混乱を来す。そして一人、また一人と仲間が意識を奪われていく。それがどれだけの恐怖であろうか。


 相対して初めて気が付く、男の威圧感。いくつ修羅場を乗り越えれば、その域に達するのであろう。例え武器を揃えても、科学技術の粋を集めても、この男は倒せまい。

 圧倒的な武力差を前にしても、膝を突く事は許されず、謝罪の機会を与えられる事はない。まるで倒される事が、事前に定められた決定事項だったかの様にも思える。

 荒くれ者達は、男を満足させる為に戦いを強いられる。それを拷問と言わずに何と呼べばよい。


 後に、病院へと運ばれる荒くれ者達の中に、この時の事を覚えている者は一人もいなかった。解離性障害と診断された荒くれ者達は、長らく障害と向き合わざるを得なくなる。それだけ、強い心的苦痛を受けたという事であろう。

 それでも男は、荒くれ者達を休ませる事はなかった。


「足りねぇ! 足りねぇんだよ! 何もかもが足りてねぇ! 怒れ、怒れ、もっと怒れ! 闘争心ってのは、そんなヤワなもんじゃねぇ! 殺して見せろ! 俺を殺して見せろよ! そんなんじゃ、血は出ねぇぞ! そのチンケな武器で、俺の体を貫いてみせろ!」


 男は怒声を上げる。それに追従する様に、銃撃は更に激しさを増す。だが、銃弾には限りがある。男はそれを見越した様に、残弾が無くなった者から倒していく。誰もが恐怖を覚える戦場で、唯一楽しんでいるのはこの男だけだった。 


 自分達が相手にしているのは、本当に人間なのか。違う、人間でも機械でもない全く別の存在。言うなれば、自分達を遥か高みから見下ろす様な、人知を超えた存在だ。

 間違いなく、その推測は正しい。男は異世界の神であり、しかも戦いを司る神。人の力で超越し得る存在ではなく、人の知恵で凌駕し得る存在ではない。

 

 逃げたい、助けて、許してくれ。どれだけ願っても叶わない。逃げられないなら、いっそのこと殺してくれ。そんな願いを叶えてくれる程、戦いの神は優しくない。

 心の奥底から狂気が舌を出し、銃を構えさせる。次々と同業者が戦場に到着するが、安堵は一切感じない。

 この恐怖から解放されるには、男に倒される他はない。だが、男はじわじわと嬲る様に、責め苦を与える。


 暗闇を煌々と照らす殺虫器に、引き寄せられる羽虫の如く、荒くれ者達は集まっては消えていく。歌舞伎町周辺を縄張りにしていた海外マフィアは、既に倒れて意識はない。屍の様に倒れ伏す荒くれ者の数は、既に数えきれない程になっている。

 誰が現れて、誰が倒されたか、確認する余裕は無い。上空の中継ヘリがバタバタと喧しく音を立てるが、気にする余裕も無い。

 男が目の前に現れない事を願い、引鉄を引く。早く自分を倒して欲しいと、引鉄を引く。相反する思いが交錯し、自分がなぜ戦っているのかを理解出来なくなっていく。それなのに、心の奥底に住まう怪物は、戦う事を願って止まない。


 荒くれ者達の多くは、己の過去を振り返り後悔をしていた。

 傍若無人に振る舞い、人を陥れ、力のままに欲しいものを手にして来た。もっと真っ当に生きていれば、こんな苦しい思いはしなくて済んだのかもしれない。

 他者を傷つけて生きて来た報いなら、いっそ消えてしまいたい。死ぬ事で報いになるなら、早々に殺して欲しい。

 だがそんな願いは誰が叶えるというのだ。


 男にとって彼らの願いは、聞き届けるに値しない。男が彼らに施したのは、まごうこと無き洗脳である。そして彼らにとって最悪なのは、心を支配されただけで、思考は自由にされた事であろう。

 全て戦いのみに身を任せていたならば、苦しむ事は無かっただろう。感情の無い戦う機械になっていたら、どれだけ楽だっただろう。

 男が望んだのは、そんな事ではない。機械と戦っても面白くはない。だから、考える余地を残した。それが彼らに、歪なパラドックスを生み出した。

 どれだけ後悔しても遅いのだ、神に敵として認定された後では。

 

 無限に続く地獄は、終焉を見せない。だがそんな時、遠くからけたたましいサイレンを鳴らし、一台のパトカーが近づいて来るのがわかった。

 普段は敵として認識しているだろうそれが、荒くれ者達には光明に見えていたかもしれない。しかし、パトカーは一人の若者を降ろすと去っていく。

 光明は淡くも消え去り、残された若者は男に近づいて行った。


「やり過ぎだ馬鹿野郎」

「あぁ? 文句があんのか冬也ぁ! てめぇだって似たような事をしてんだろうが!」

「馬鹿! 俺はちゃんと手加減してんだ!」

「俺だって手加減してんだろ! 見ろ! 誰も殺してねぇ!」

「はぁ、ったく。どの道、この流れは止められねぇからな。付き合ってやるよアルキエル」

「俺の楽しみを奪うんじゃねぇよ、冬也ぁ!」

「そうじゃねぇ。ちゃんと、けじめを付けさせてぇ奴がいるんだ。そいつの為にも、この場をお前の好き勝手にさせる訳にはいかねぇよ」


 荒くれ者達の地獄は未だ終わらない。神を一柱加え、更なる地獄を迎えようとしていた。

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