第335話 オールクリエイト ~新宿抗争 その1~

 あの外国人は何者なのでしょうか? 銃弾を避けている様にも見えます。人間業では有りません! 移動している姿も肉眼では確認出来ません! 能力者でしょうか? 能力者が暴走しているのでしょうか? 見た目からは、警官や自衛官とは思えません! それとも、特殊訓練を受けた何かでしょうか?


 外国人を囲む様に、次々にマフィアらしき男達が集まってきます! 一体どこから集まって来るのでしょう? 検問はどうなってるのでしょうか? 

 あぁ! また一人、倒されました! 次々と現れるマフィアや暴力団を相手に、一歩も引かないどころか、圧倒している様にも見えます! 我々は何を目撃しているのでしょう?

 おおっと! 皆さんご覧頂けるでしょうか? パトカーが一台近づいて来ます! 警察はこれまで、市民の避難に徹している様に見えましたが、ついに動き出したのか? 

 いや、違います! 男性が一人、二十歳前後でしょうか? パトカーから降りました。


 おい何してる! 待て、危ないぞ!


 何でこんな銃撃戦のど真ん中に、若者が現れたのでしょう? 異様な事態は収まる様子を見せません!

 彼は、あの外国人の助っ人なのか? 普通の若者にしか見えませんが、何者なのでしょうか? 銃弾が飛び交う中でゆっくりと歩き、外国人に近づいていきます。


 カメラ、もう少しアップに出来る? 限界? あの二人を押さえて! 

 

 ご覧いただけますか? 会話をしている様に見えます。知り合いでしょうか? それにしても、余裕がある様に見えるのは何故でしょう。

 ヘリの音で聞こえ辛いでしょうが、銃弾の音が激しさを増しています。彼らを囲んで、マフィアや暴力団員が銃弾を浴びせております。しかし、彼らは傷一つ負っていません。

 それにしても何故、これ程の数が集まって来るのか? 事務所を潰された暴力団の報復にしては、流石に集まり過ぎではないでしょうか?

 避難が完了しているのか、民間人の犠牲者は今の所は出ていません。しかし、このまま抗争が激しくなれば、民間人にも犠牲が出るのではないでしょうか?


 警察の対応はどうなってるのでしょうか? 政府が発表した緊急警報は、一度きりです。その後の対応は、未だに発表されておりません! 未曾有の事態に、対応が遅れているのでしょうか? 


 ☆ ☆ ☆


 TVの中継が、喧しく騒ぎ立てていた。けたたましくがなり立てる、中継ヘリコプターのローター音に負けない様、リポーターが全力で声を荒げていた。

 アルキエルの戦いぶりと冬也の現場到着に、東郷邸のリビングに集まる一同は少しの間、TVに釘付けになる。 

 冬也とアルキエルの事を良く知るペスカ達は、当然の様にTVに映る光景を眺めていた。しかし、美咲だけは唖然とした様に、口をポカンと開けていた。

 TVに映る光景は、どれだけ固い決意が有ったとしても、容易に飛び込める場所ではない。その様子を見ていた遼太郎は、確認する様に美咲に問いかけた。


「山中さんだったよな。これを見ても、あそこに行くのか?」


 美咲は唖然としていたものの、遼太郎の問いには躊躇なく答えた。怖いのだろう、手足が震えている。顔も青く染まっている。それでも美咲には、迷いは無かった。


「当たり前です。あの男の子が、冬也さんでしょ? 彼は私に言いました。私に戦う気が有るなら、守ってくれると。私は既に治療して頂きました。約束を反故にする事は出来ません!」

「こえぇんだろ? 震えてんぞ! そんなんで戦えんのか?」

「そんなのは、大した問題じゃないんです。私は戦います。私が彼に報いる方法は、それしかありません!」

「戦う必要なんかねぇだろ! あんたは便利な道具を作り出した。それでいいじゃねぇか!」

「違います! 私は変わりたいんです! 私の弱さが、彼らに付け入る隙を与えたんです! 私は戦って乗り越えたい! 奴らを叩きのめして、前に進みたい!」

「ったく、覚悟を決めてんだな。予想外に強い女だ!」


 遼太郎は美咲を睨め付ける。しかし、美咲は遼太郎から視線を逸らさない。震えながらも、瞳には闘志が宿る。TVに映る戦いは、人外の領域。近寄りたいと、誰が思うだろう。それでも美咲は、恩に報いようと戦う意思を示す。

 相当に辛い体験をして来たはず、思い出したくもない記憶のはず、トラウマになり心を病んでもおかしくはない。それでも美咲は、強い意志で乗り越えようとしている。

 そんな美咲を誰が止められよう。遼太郎は、溜息をついた。そしてスマートフォンを手に取ると、電話をかける。


「佐藤。悪いがパトカーを一台回してくれ。俺と山中が、現場に向かう。急ぎだ、悪いな」


 遼太郎はスマートフォンを懐にしまうと、再び美咲に向かい口を開いた。


「美咲ぃ。これから、お前は俺の部下だ! 現場に行くのは、これが条件だ! お前は、俺の命令で現場へ同行する。いいか、わかったな?」

「わかりました。よろしくお願いします、東郷さん」


 パトカーは十分程で東郷邸に到着した。未だ震える手で自作の武器を抱え、美咲はパトカーに乗り込む。己の弱さと辛い過去を乗り越る為の、美咲の戦いが始まろうとしていた。


 ☆ ☆ ☆ 


 一方、東郷邸に残された空は、ペスカに問いかける。どうしても拭えないTVに映る違和感、恐らく誰もが感じる違和感を、ペスカにぶつけた。


「ねぇペスカちゃん。機動隊や警察が民間人を守るのは、当然なのかもしれないよ。でも、街中で銃撃戦が起こってるのに、何も手を出さないのはおかしくない?」

「空ちゃん。わかってると思うけど、警察は邪魔になるだけだからね」

「でも、TVを見ている人は、そうは思わないよね。自衛隊が出てきても、おかしくない状況なんだから」

「自衛隊は出動しないよ。警察も手を出さない。それに、交通規制といっても穴を開けてるから、これから全国の暴力団関係者が集まって来るよ」

「いや、だからそれが問題にならないかって事なんだけど」

「大丈夫。特霊局には、パパリンすら頭が上がらない人がいるからね」

「それって、局長さん?」

「そう局長の、三島さん。あの人は今ごろ、政治家の人達と話し合いをしているはずだよ。これからの事も含めてね」

「意味がわからないよ、ペスカちゃん」

「まぁ、その内わかるよ。この抗争は、数日中に話題から消えるはずだから」

「何それ、怖っ! ペスカちゃん、どこまでが狙いなの? アルキエルの行動も、織込み済みなの?」

「失礼だね、空ちゃん。私を腹黒みたいに言わないでよね! アルキエルの行動は、私にも予定外だったんだから!」

「ふ~ん。それで、本当の狙いは?」

「元々放っておいても、民間人には犠牲は出ないんだよ。まぁ、アルキエルは戦いの神だからね。通信越しでも、神意は届くよ。神が宣戦布告したんだから、奴らはもうアルキエルしか見えてないはずだよ」

「はぁ。いつの間にか私の親友が、こんな腹黒戦略家になってたなんて」

「空ちゃん。そんなの大した問題じゃないよ!」

「どういう事?」

「見て気が付かなかった? 美咲さんってフラグ立ってるよ! またライバル出現だよ!」

「はぁまったく。ペスカちゃんにとっては、日本の命運よりも冬也さんなのね」


 美咲のフラグはさておき。ペスカの言葉通り、この抗争が終結してから数日後、抗争や麻薬関連のニュースは不自然な形で姿を消す事になる。

 政府は、この件についての詳しい発表を控えた。そして警察は、麻薬取引増加についてのみ、発表を行った。それと前後する様に、ニュースでは芸能人のゴシップや政治家の汚職が相次いで取り沙汰された。

 情報統制というより、話題のすり替えであろう。時として、メディアには政治的な圧力がかかる。ペスカがそれを利用したのは、更に別の思惑が有る。それはまだ誰も知らない。


 ☆ ☆ ☆ 


 時は少し遡る。TVの中継で、荒くれ者達を挑発したアルキエルは、直ぐに佐藤に連絡を取った。


「これから俺は、新宿を戦場にする。お前は、犠牲を出さない様に工面しろ! お前が何もしなければ、無駄な犠牲が出るだけだ。これは、交渉じゃねぇ! 命令だ! その代わり、この国の馬鹿野郎共を、全て沈黙させてやる!」


 そう言われても、既に中継でアルキエルの言動が報道されていれば、佐藤には首を縦に振るしかなかった。

 アルキエルの命令を要約するならば、戦いの邪魔をするなという事となる。それは戦いに専念出来る場所を用意しろと、言い換えても過言ではない。しかも、東京の中心とも言える新宿を、わざわざ指定しているのだから、余計にたちが悪い。しかし、今の日本でそれは不可能なのだ。仮に選定した場所が地方であっても。

 間違いなく民間人は多大な犠牲を払う事になる。だがアルキエルは語った。


「洗脳なんてのは、神だけに許された特権だ。俺は特定の連中に神意を送ったんだ。それに逆らえる奴はいねぇ。てめぇは心配しねぇで、状況を整えやがれ!」


 その言葉通りに、いち早く動き出した新宿を拠点にする海外マフィアは、民間人を避けるかの様に行動した。ターゲットは、あくまでもアルキエルだけだと思わせる行動を見て、佐藤はすぐに警視庁全ての警察官を動かした。

 佐藤は、都内の列車を一時的に運休にさせた後、幹線道路のいたる所に検問を敷き交通規制を行う様に指示をする。それは、民間の車両を著しく制限すると見せかけて、暴力団関係者等の車両を招き入れる内容であった。

 そして警察及び機動隊は、民間人を守る事を徹底させた。合わせて、特霊局の三島と連絡を取り、内閣との取引を委ねた。


 言葉の裏を返せば、もし邪魔をして犠牲者が出ても絶対に助けないと、アルキエルは言っているのである。

 佐藤が動かなくても新宿は銃撃戦の場になる。暴力団員等が民間人を狙わないなら、流れ弾に当たる被害を防ぐ事が警察の役目。そして、アルキエルの真意を受けた暴力団員等の行動を邪魔し、暴動を起こさせないない事も必要悪であった。

 こうして、作り上げられた戦場で、アルキエルは高笑いを上げる。


「ふははははははぁぁぁぁ! ようやくらしくなって来たじゃねぇか! これが戦場だぁ! これが戦場の空気だ! 死に物狂いでかかって来いやぁ、クソガキ共ぉ!」

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