第323話 オールクリエイト ~動き出した陰謀~

 シグルドとの再会を果たし、図書館へ向かったペスカ達は、日が落ちるまで読書に没頭した。ペスカが勧める専門書を読みふけるアルキエルは、人目にはどう映ったのだろうか? アルキエル自身に自覚はないのだが、本を睨め付ける様にする姿は、さぞかし迫力があったに違いない。

 その後、買い物も済ましたペスカ達は、充実した一日を終えて帰宅する。ペスカ達が帰宅した頃には、空達も帰宅をしていた。


 夕食時を迎え、冬也は台所に立つ。冬也が夕食の準備をしている間、他の面々は現代の社会や文化、科学等について議論を深めていた。

 医療という専門的な知識を求める空と異なり、見識を深める事を目的として日本に訪れたクラウスは、社会科学や理学、工学、農学分野に留まらず、情報分野や哲学に至るまで広く学んでいる。アルキエルの率直な疑問に対し的確な答えを返す姿は、さすが知恵者であるエルフといった所であろう。

 ペスカを中心にした議論は、夕食が完成しても終わる事はなく、夜を徹して続けられた。翌朝になり寝不足となったペスカが、冬也に拳骨を貰うのは言うまでもない。 


 翌日の昼過ぎ、正確にはインビジブルサイトの暴走があった日から二日。疲れた表情の遼太郎が翔一を連れて、自宅へと戻って来る。そこには、所轄で捜査を進めていた佐藤の姿もあった。


「パパリン、だいぶ疲れた顔をしてるね」

「あぁ。今の警視庁は、内部の敵探しに躍起になってやがる。会議どころじゃねぇ」

「なんでそうなるの?」

「自分達のセキュリティに相当自信があったんだろうよ。情報漏洩どころか、一般の奴に情報操作させられた事実を認めたくねぇんだ。このままだと、内部から崩れちまう」

「東郷さん。この事態も黒幕連中の狙いだとしたら、かなり厄介な連中ですよ」

「んで佐藤さんまで連れて、何をしに戻って来たの?」

「あぁ? 何を言ってやがるペスカ。ここが日本で一番セキュリティが万全なんだよ。お前のせいでな」


 異世界からの住人が住む家として、余計な外部干渉を受けない様に、東郷邸は幾重にも結界が張られている。当初は、女神フィアーナ、シルビア、ペスカの保護を目的としたものであった。しかし、これらのセキュリティは、ペスカに利用され改造され今に至る。

 初期に設置されたのは、赤外線と陰陽道を併用した物理と霊的両面での侵入警告。それと、自宅内には、監視カメラであった。


 ペスカは先ず、ダミー情報が流れる様にし、監視カメラを無力化した。そして、陰陽道の結界を利用し、対物、対魔術結界を構築した。

 当然ながらペスカは、通信回線上にも対策を施した。過去に特霊局のメンバーが、ペスカのパソコンをハッキングしようと試みた時、失敗したどころか大量のウイルスを送りつけられ、パソコン数台を壊された例が有る。 

 これによって東郷邸は、盗撮や盗聴、ハッキング、物理的な侵入、遠隔からの狙撃に至るまで防ぐ、日本で一番安全な場所となっていた。

 

 ペスカは遼太郎達が家に入る前に、予定が無く部屋で勉強をしていた空を呼ぶ。そして、佐藤に触れさせた。特に反応が無い事を確認してから、佐藤を家に入れる事を許可した。


「僕が能力者じゃないって、疑いが晴れたかな?」

「まぁね。それほど疑ってはいなかったけどさ。この方法が一番早いんだよ」


 佐藤に触れた後、空はそそくさと部屋へ戻り、勉強の続きを始める。そして遼太郎達は、リビングのソファにドカッと腰を下ろした。ようやく落ち着いたとばかりに、遼太郎達はそれぞれに体を伸ばした。


「それで何か進展したの?」


 ペスカの問いに、一同は揃って口を噤んだ。その姿は、何から説明したらいいのか、言い淀んでいる様にも感じた。

 遼太郎は整理をしているのか、腕を組みこめかみ部分を押さえている。翔一と佐藤は遼太郎の手前、遠慮しているのか、遼太郎が口を開くのを静かに待っていた。

 暫くすると、遼太郎は静かに口を開く。

 

「一応は、全て報告した。その後でどう判断するのかは、今はわからねぇ。せめて佐藤がいてくれたら、少しは話が進んだんだろうけどな」

「それって、身内の中に黒幕がいるかもって事?」

「ペスカ。警察の中にも、義侠心が強い奴は沢山いるんだ。やられたら黙っちゃいねえ、血気盛んな奴もいる」

「情報操作って、そう簡単に出来るもんじゃないしね。特に警察無線を乗っ取るなんて、誰も考えはしないよ」

「翔一の言う通りだ。だから、上層部の奴らは内部に黒幕の一人が潜んでいると、信じきってやがるんだ。今は身内を疑いたくない奴らと、意見が衝突してる。今後の捜査方針を話し合うなんて雰囲気じゃねぇ」


 翔一のフォローを受けて、現状の説明をする遼太郎。その口の端に、抑えつつも零れる様な憤りを見せていた。


 無駄な事をしている暇は無い。諍いをしている間にも黒幕の連中は、足場を固めるだろう。何をやってる、こんな下らない事をしている時ではないのに。もしや上層部の奴らは、既に黒幕の洗脳下に有るのか? それなら余計に策を立てねば。いやいや、俺の方こそ何を考えてる。疑心暗鬼になればなるほど、黒幕連中の思惑に嵌っちまう。


 遼太郎は悶々としながら、対策本部が設置されている警察署を後にした。後手に回り、緩やかに首を絞められている事を自覚させられ、失意の中での帰宅であった。途中、所轄で捜査を進めていた佐藤から、スマートフォンに連絡が入り、互いの状況を確認する為に合流した。


「僕の方からも良いですか? この件は勿論、本部へ報告はさせてもらいました。あの時、無線で報告をした警官は、恐らく白です」

「佐藤。それは、お前が尋問した結果か?」

「尋問って程でもないですけどね。報告した内容は、一貫してるんですよ」

「どういう事だ佐藤!」

「間違った報告はされてないんです。近くにいた警官数名からも証言を取っています。聞き込みを続けてわかった事ですが、僕らが到着するまで無線には、時折凄く酷いノイズが入る事があったそうです」


 佐藤は、そこまで言うと一呼吸置く。そして、周囲を見渡すと、再び口を開いた。


「これはあくまで僕の所見です。あの時、避難誘導していた警官の中には、誰一人として洗脳状態の者は居なかった。考えたくはないですけど、無線を傍受されたとしか思えないんです。もし黒幕側に、通信回線を自在に制御出来る能力者がいたら、お手上げですよ」


 それは奇しくも、アルキエルがパトカーの中で呟いた言葉のままであった。現代社会において、情報を制する事が何を意味しているのか、それがわからない者はいまい。

 遼太郎と翔一が完全に沈黙する。それも無理の無い事であったろう。


 佐藤は、遼太郎達の表情を伺い、鎮痛な面持ちで口を開こうとした。だが、中々声にならない。それを慮ったのか、遼太郎は居住まいを正した。

 佐藤の様子を見て、悪い情報を持っている事は間違いないだろう。しかし、追い詰められた状況だからこそ、打開出来る糸口が有るかも知れない。そう考えて話を促した遼太郎は、佐藤の報告で頭を抱える事になる。


「佐藤。なんでもいい、話してみろ」


 佐藤は深い溜息をついた後、ゆっくりと話し始めた。それは遼太郎の想像を、遥かに超えていた。


「マトリからの報告がありました。都内でクスリの取引が活発化してます。エスやエイチ、シー、タブレット、種類は様々です。かつて無い量が出回っており、マトリだけでは手が追えない状態です」 

「出所は?」

「不明です。少なくとも、国外から持ち込まれた物ではない様です」

「まさか、それも能力者がらみって事か?」

「少なくとも、僕はそう考えてます、東郷さん」

「十中八九、黒幕連中が絡んでやがるな」

「僕もそう思います」


 一般に麻薬といっても種類は多種に渡る、有名なのは覚せい剤や大麻であろう。昨今ではLSDや脱法ハーブも世間を賑わせている。例えば大麻は、医療用としても利用されている。

 麻薬に関する取引等は法律上は免許制であり、免許を持たない者が所持や譲渡、製造等を行う事を禁止している。法の下で行われた正当な行為であっても、取引数量や使用量等は厳しく管理されるのが現状である。

 即ち違法と呼ばれるのは、法律上から離れて取引される物である。違法な麻薬は密売人によって、国外から持ち込まれる。そして、闇組織によって売りさばかれる。


 都内で麻薬の取引が活発化しているならば、流通ルートが有るはず。しかし、それほど簡単に国内へ持ち込める程、入国管理局は甘くない。大量に流通している時点でおかしいのだ。仮に、知られてない新たな密売ルートがあったなら、話は別だろうが。ただ、それも現実的ではない。


 インビジブルサイトの事件を皮切りに、警察内部の紛争に麻薬の流通と、立て続けに頭を抱える難問が起こる。

 遼太郎は完全に頭を抱えて唸っている。翔一と佐藤の表情は酷く暗い。匙を投げたくなる状況であろう。しかし、ペスカはニヤリと笑った。


「色々とやらかしてくれる子には、お仕置きをしないとね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る