第304話 ロイスマリア武闘会 ~決勝~

 準決勝が終わり、試合会場のメンテナンス作業に目途がついた冬也は、後の作業をドワーフ達に任せて周囲の警備に赴く。


 既に夕闇が訪れ、屋台の明かりが灯り始める。屋台に並ぶ観光客の列、忙しなく料理を提供する料理人達、夕食時ともあって混雑度が増していた。その混雑に拍車をかけていたのは、特別番組としてペスカが放送した映像にあった。

 各地のモニターを含め、会場の入り口近くに据えられた巨大スクリーンには、大会のダイジェスト映像がペスカの解説付きで流れていた。これまでの熱戦を話題に、観光客達は酒を片手に盛り上がっていた。


 冬也が警備を買って出たのは、これが理由でもある。盛り上がるのは良い、だが興奮しすぎて乱闘騒ぎを起こす事は容易に予想が着く。

 ただ見回りを勝ってでた冬也は、直ぐに深い溜息をつく事になる。周囲を見渡しながら歩く冬也の耳に、聞きなれた声が届く、それも屋台の方から。

 冬也が声のする方角を見やると、そこには器用な手つきで焼きそばを焼く、遼太郎の姿があった。

  

「糞親父! いつからてめぇは的屋になった!」

「そりゃあよぅ、暇だからだ。日本に帰りてえって言っても、ペスカから大会の後だって言われちまってな。それにほら、俺って日本人だろ? 忙しくしてる奴を見れば、助けてやりたくなっちまうんだよ」

「はぁ。ったく、面倒は起こすなよ!」

「馬鹿か冬也。俺みたいな大人が、そんな事するか!」

「大人は、中継で怒鳴ったりはしねぇんだよ!」


 冬也は屋台の前で深い溜息をつきながら、頭を掻く。とは言え、遼太郎が提供する焼きそばの屋台は、かなりの行列を作っている。早々に立ち去ろうとした冬也を引き留める様に、今度は遼太郎が声をかけた。


「そういやぁ冬也! お前とペスカの高校中退届け、出しといたからな!」

「はぁ? なに勝手な事してんだよ!」

「勝手はお前達だろうがよ。何年休学するつもりだよ」

「まあいいけどよ。そういうのは、先に連絡くらいしろよ」

「何だ? 未練でもあんのか?」

「そりゃ少しはな」

「なぁ冬也。ここの屋台で提供している食い物、ほとんどお前が教えたんだろ? お前、やっぱり料理人に向いてるよ。なれよ、料理人!」

「余計なお世話だ!」

 

 何気ない普通の親子の会話である。冬也にとっては、本当に聞かなければならない事は、遼太郎が屋台で料理を提供している事ではあるまい。しかし、冬也は敢えて何も聞かない。出自で自分の価値は決まらない。

 今、自分がここにいて、ペスカがいて、家族がいて、仲間がいる事が全てなのだから。遼太郎も冬也の反応でそれを理解した。


「冬也。お前の仲間達は、良い奴らばっかりだな」

「だろ!」


 遼太郎は父親らしく優しい笑顔を見せる、そして冬也は子供らしく明るい笑顔を返した。


 ☆ ☆ ☆

 

 その夜、モーリスとエレナは、互いに興奮し中々寝つけずにいた。何度も稽古で手合わせし、手の内を知り尽くしている間柄である。ただ、大観衆の中で優越をつけるのは、これが初めてである。

 体を休ませるのが、必要である事は理解している。だが、今すぐにでも戦いたい、そんな思いに駆られる。闘気を抑え目を瞑っても、瞼の裏に映るのは相手の姿。

 ただベッドに身を任せても、眠れるとは思えない。モーリスとエレナは、それぞれに心を落ち着かせようと、瞑想を始めた。


 呼吸を整え、心を落ち着かせ研ぎ澄ませる。マナをゆっくりと体内の一点に集中させる。そして一切の澱みを消して、無念無想の境地へ。


 長い修行を経ても至る事が無い奇跡、神へ至る道をモーリスとエレナは登り詰めようとしていた。

 体調は万全、気力も充実し、後は試合の時を待つのみ。外の喧騒とは切り離された様に、静かに両者の夜は過ぎていった。


 夜が明けて直ぐに、会場入り口には行列が作られる。席は決まっているので、並ばなくてもいいのだが、心が逸るのだろう。夜通し飲んで騒いだ者達は、広場で寝息を立てている。各地の家々では、朝食を早めに済ませモニターに集まろうと、忙しない朝を過ごしていた。


 やがて時間が訪れ、観客達が入り口を潜り、席を埋めていく。ざわざわと落ち着きのない観客席、モニターが試合の様子を映すのを待つ各地の者達。その喧騒は、酔い潰れた者達すら覚醒させた。


 モニターが試合会場を映し出し、ペスカの声が響いて来る。その瞬間、世界中から歓声が上がった。ペスカの煽る様なオープニングトークに、観客達が沸き立つ。今大会で最高の盛り上がりを見せる中、モーリスとエレナが試合会場へと足を踏み入れた。

 モーリスとエレナ、両者へ熱い声援が送られる。両者が向かい合い構えると、試合開始の合図が告げられた。

 

 正眼の構えから、素早く間合いを詰めて降り下ろされるモーリスの剣、エレナは上段蹴りで剣の軌道を変えると、勢いのまま足を大きく振り上げ、モーリスに目がけ踵を振り下ろした。

 モーリスはすかさず踵を避けて、エレナの後方へ回り込む。そして死角から剣を振り下ろす。エレナは、剣を打ち払う様に裏拳を放つ。剣と拳がぶつかり合い、眩い光が飛び散った。


 剛腕のモーリスに対し、エレナの拳は負けていない。更に互いのマナには神気が混じる。激しい衝突に空間が揺らぎ、衝撃波が周囲へと広がり、結界は音を立てる。

 巨大な建造物でさえ、簡単に壊す破壊力を秘めた一撃。その衝撃を間近で受ける両者は、耐えきれずに後方へ大きく吹き飛ばされた。

 

 態勢を立て直し、いち早くエレナは攻撃に移る。一瞬で間合いを詰めると、正面から勢いよく正拳を突き出した。

 モーリスは正拳を躱しながら剣を振り上げ、又もエレナの死角に回り込んで、袈裟懸けの要領で剣を振り下ろす。

 だが振り下ろした先には、エレナはいなかった。単調な攻撃は、直ぐに見極められる。エレナは力技で押し勝てる相手ではない。


 すぐさまモーリスは、体を反転させながら逆袈裟の要領で切り上げる。ただ、その攻撃をエレナは予期していた。切り上げた剣を避け、かちあげる様に大きく上に逸らす。

 その瞬間、モーリスの胴は完全にがら空きになる。放たれるエレナの正拳。そして後わずかまで迫った時に、力づくで剣を振り下ろしたモーリスは、柄でエレナの拳を打ち落とした。

 再び飛び散る眩い光。激しい衝撃に耐え、間髪入れずにエレナは足払いをかける。モーリスは大きく後方へ飛んで避けた。


 激しい攻防が止んでも、衝撃波はビリビリと結界を揺らしている。互いに呼吸を整える両者からは汗が流れ、肩で息をしている。その姿だけでも、どれだけ体力を消耗させたかがわかるだろう。

 一連の攻防は、観客達の目では負う事が出来ない速さである。ペスカの解説で、状況を理解した観客達は、圧倒されていた。当たり前の事であろう、達人の領域を遥かに超えた、神に近づいた者達を戦いを、一般の者は理解をし得ない。


 大きく息を吐き呼吸を整えたエレナは、素早い動きでモーリスの周囲を駆ける。

 エレナは、モーリスとサムウェルの試合を見て、理解を深めていた。神の戦いは、互いの神気を削る事にあるのだと。

 単純明快なモーリスとて、軍を預かる将軍である。無策で軍を指揮しない。ここまでの展開は、モーリスの想定を超えていなかった。規模が違えどエレナも同様。

 試合の当事者を始め、大会関係者、観客達の想像を超えたのは、ここからであった。


 モーリスが纏う神気まで昇華したマナを削る様に、エレナは四方から攻撃を繰り返す。エレナが攻撃をする度に、火花は激しく飛び散り、大きく空間は揺らぐ。度重なり起きる強い衝撃派は、結界をグラグラと揺らした。


「やば、結界強化! 早く!」


 アナウンスに乗ったペスカの声を、観客達は聞き逃さなかった。試合を観覧していた神々は、一斉に動き出し結界の強化に当たる。地上を創り上げる力が有るなら、破壊も容易い。

 その一端を垣間見た観客達は息を呑む。言葉が出ない。それは本能的な恐怖であり、神秘に対峙した時に感じる驚異なのだろう。

 そして、試合に負けて帰還した魔獣達は、食い入る様にモニターを見つめ、目指すべき所と自分達の距離を再確認し、闘志を燃やしていた。


 縦横無尽に動き回り、カウンターを警戒しながらも、エレナはモーリスの間合いに飛び込む。モーリスは、冷静にエレナの攻撃を捌く。

 防御に徹し、カウンターで勝機を狙うモーリス。対して、怒涛の攻撃で押し切る姿勢のエレナ。一歩も引かない攻防が続く。


 一分の隙も許されない。張り詰めた緊張の中で、モーリスは間隙を突く。いや、正確には間隙などないのだ。それだけ、エレナの攻撃は激しい。それでも、強引にでもこじ開けなければ、勝機は訪れない。勝利への執念が、モーリスの体を動かす。折れない剣、折れない心、そうやって今までどんな苦難も乗り越えて来た。

 憧れへ、その手を伸ばし一歩先へ。

 

 屈託のない笑顔、お人好しで泣き虫、それでも戦いとなれば、エレナの様相は一変する。

 かつてドラグスメリアの戦いで、エレナは冬也の命に逆らった。エンシェントドラゴンでさえ、神である冬也の言葉に従ったにも関わらず。神の意志に逆らうのは、並大抵の事ではない。その強靭な意志が、エレナをここまで強くした。


 激しい光が試合会場を包む。神々が結界の強化をしても、揺れ続けている。だが、そんな時間は長くは続かない。全力を出し続けるモーリスとエレナの纏うマナは、徐々に小さくなっていく。光は薄れ、結界の揺れは収まっていく。

 両者は既に体力の限界を通り越して、気力だけで戦っていた。いつ倒れてもおかしくはない。冴えわたる頭、思う様に動かない体、もどかしさを打ち消し、両者は歯を食いしばった。


 エレナは動きを止めずに四方から蹴りを放つ。モーリスは、懸命にエレナの攻撃に対応する。既に拳の骨は砕け、エレナは満足に握れない。エレナの激しい攻撃に耐えて来たモーリスとて、体の幾つかは骨が砕けていた。

 拳が駄目でも蹴りが有る。全身の骨が砕けようとも、剣は捨てない。両者の戦いに胸を打たれた観客達から、大きな声援が上がる。

 声援に押される様に、交わる蹴りと剣。それでも限界は訪れる。


 互いに意識が朦朧とし、モーリスが膝を突く。最大の好機に、エレナは蹴りを放つ。しかし、エレナの蹴りは空を切り、そのまま倒れて意識を失った。エレナが意識を失ったほんの僅か後に、モーリスも意識を失った。

 冬也の口から、モーリス勝利の宣言が告げられ、観客席は大歓声に包まれる。世界中のモニター前でも、歓声と拍手が起こった。


 大歓声の中、冬也は意識を失ったエレナに近づき担ぎ上げる。モーリスは、アルキエルが担ぎ上げている。そして、両者は治療室へ運ばれた。


 治療室では、クロノスが砕けた骨の治療を急ぐ。その間、神レグリュードがモーリスに神気を流し、マナの回復を行う。女神ラアルフィーネも治療室へ駆けつけ、エレナのマナ回復を行っていた。エレナを心配して、レイピアもソニアを連れて、治療室に駆けつけていた。


 暫くして目を覚ましたエレナは、試合の結果を聞き、人目もはばからずに大声で泣いた。そんなエレナを女神ラアルフィーネは優しく抱きしめる。レイピアの瞳からも涙が零れた。

 熱い戦いに揺るがされたのか、心を凍らせ表情を動かす事のない、ソニアの瞳からも涙が零れていた。


 やがて落ち着きを取り戻したエレナは、ベッドから起き上がる。モーリスの下へ歩みを進めると手を差し出した。モーリスもベッドから起き上がり、エレナの手を取る。


「お前の勝ちにゃ。でも次は私が勝つニャ」

「エレナ。お前が強くなるなら、俺はもっと強くなる。今度は、完璧な形で勝ってみせる」


 引き分けでもおかしくない。だが、エレナは負けを認めた。対するモーリスは、エレナの思いを受け止め、次の勝負を約束する。その潔い姿勢に、冬也は少し笑みを浮かべる。そして徐に語りかけた。

 

「良い試合だった、ホント凄かったぜ。だから、俺も本気で戦ってやる。閉会式は午後だ。エキシビジョンマッチは、その後にやる。それまでしっかり休んどけ」


 そう言うと、冬也は背を向けて治療室を後にした。冬也は審判として誰よりも近くで、この試合を見ていた。心をうごかされたのは、何も観客やレイピア達だけではない。滾る心を静める様に冷静を務めても、早々静まるものではない。


 そして、数々の強敵を下しようやく訪れた機会、自ら望んだ世界最強との一戦に、モーリスは闘志を燃やした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る