第302話 ロイスマリア武闘会 ~激突~
二回戦第二試合の決着は、物議を醸した。それもそうだろう。圧倒的な力でレイピアを凌駕したにも関わらず、遼太郎は出場資格を失ったのだから。
正確には、初戦まで遡及して出場資格を失うのではなく、東郷遼太郎の魂魄が神格を有している事が判明した二回戦の時点で、出場資格がはく奪となった。
神とそれに類する者は、出場をする事は出来ない。それは、当初の企画時点での取り決めであり、大会運営を担った世界議会が、冬也とその眷属達を出場させない為に講じた案であった。
運営サイドの決定は覆る事はないが、異論を唱える世論の声は多かった。タールカールを訪れた者達を始め、世界各地でも遼太郎の勝ち上がりを求める声が高まる。そんな中、遼太郎は中継モニターを使い、世界中にコメントを発信した。
「俺を応援してくれてサンキューな。でもよ、いつまでもグダグダ言ってんじゃねぇぞ! 決定は覆らねぇし、俺はもう大会に出ねぇ! 以上だ!」
「もう! パパリン! なんで、そんな喧嘩腰なの? 止めてよね!」
ぶっきらぼうな遼太郎のコメントを、画面の脇で叱りつけるペスカ。そしてペスカは画面にアップで映ると、とびっきりの笑顔を見せた。
「みんなごめんね~! 一応、神様関連が出場するのが禁止って事は、決まり事だから許してね! じゃないと上位をお兄ちゃんとスール達が独占しちゃうもん。そうなると決勝は、私とお兄ちゃんになるね。あれ? もしかして、私とお兄ちゃんの勝負が見たい? 見たいのかな? でも残念。お兄ちゃんと私が本気で勝負したら、ロイスマリアが壊れちゃうからね、見せられないなんだな~! でもさ、準決勝は面白くなるはずだよ! 明日を楽しみにしてね! ちゃんと歯を磨いて、寝るんだよ! まったね~!」
当事者が声明を発信する事で、一先ず騒動は落ち着きを見せる。そして祭りの夜は続く。屋台の明かりが煌々と灯り、暗い夜空を照らしている。主な話題は、モーリスとケーリアの試合について。東の空が紅色に染まっても、バカ騒ぎが終わる事はなかった。
早朝から、各地のモニターには多くの者が集まる。中継が始まるのを今か今かと待ちわびる様に、賑わいを見せていた。
観客が会場入りし、観客席はあっという間に埋まる。試合の開始を待つ観客達の歓声が響き、既に盛り上がりを見せている。
そして控室では、体をほぐそうと素振りを重ねるモーリス、同じく念入りにストレッチをするサムウェルの姿が有った。
ラフィスフィア大陸では最も有名な武将であろう両者は、ケーリアを含め三将と呼ばれている。何度も戦場で顔を合わせた両者は、互いの事をこう評していた。
モーリス曰く。ケーリアは強いし賢い、だが俺は互角に戦える自信が有る。サムウェルには、勝てる想像が浮かばない。
サムウェル曰く。ケーリアは聡明な男だ。罠を張れば大体避けるか、軍を引いてくれる。モーリスは、自ら罠を破って突進して来やがる厄介な男だ。戦場で奴と遭遇したら、逃げないと味方が壊滅しかねない。
互いに認める相手、だからこそ闘志が漲る、かつてない強敵を迎えるかの様に。
モーリスの心は踊っていた。ライバルとして、友として、長い時を同じくしてきた男と、全力で勝負が出来る事を心待ちにしていた。
サムウェルは、いつも以上に冷静だった。小細工が通用する相手ではない。知恵を巡らせ、何通りものシミュレートを重ねていた。
控室から足を踏み出し、試合会場の中心へと向かうモーリスとサムウェル。互いに視線を交わす事は無く、真っ直ぐに歩みを進める。互いが纏う濃密なマナは、神気に近い程に高まっていく。まるで周囲に張られた結界の様に、自身を中心に広がるマナは、ぶつかり合い火花を散らす。既に戦いが始まっているかの様な緊張感に包まれていた。
中心まで進むと、モーリスは剣を抜き正眼に構える。サムウェルは右手を前に左足を少し引き、少し体を開いた状態で、中段に構えフウと軽く息を吐く。そして冬也から試合開始の合図が告げられ、観客席から大歓声が上がる。
槍は剣よりも間合いが遠い。それだけが槍の特徴ではない。そもそも槍術は、戦場で多数の相手をする事を想定して磨かれてきた技である。遠間から鋭く刺突する、間合いに入った敵を薙ぐ、敵の攻撃を捌く、槍を反転させ柄で叩く、石突で突くと、その動きは千差万別である。
槍と対峙した時に重要なのは、槍の特性を理解し、如何に自分の間合いで戦えるかである。なら、モーリスはどう戦うのか? 当然モーリスならば、真正面から突撃する。
モーリスは正眼から八相へ構えを移すと、一気に間合いを詰める。ただ、そのまま突き進めば、槍の餌食になる。正面から突き出されたサムウェルの槍を上から叩きつけ、刃を返し横薙ぎに剣を振るった。
サムウェルは、石突近くの柄で剣を受ける止めると共に槍を回転させ、穂先をモーリスに目がけて叩きつける。モーリスの力を利用したサムウェルの巧みな技、ただモーリスも負けてはいない。左の小脇に剣を構えて槍を受け止めながら、摺り上げる。摺り上げた槍を潜る様にすると、サムウェルの右側に回り込み、モーリスは上段から鋭く剣を振り下ろした。
剛腕と呼ばれた男は伊達ではない、力ではモーリスが勝る。穂先が天に向いた状態で、死角に回り込まれたサムウェルは、完全に隙を突かれた状態となる。モーリスにとってまたとない好機、だがサムウェルは素早く一歩前に進み、体を反転させながら柄で剣を滑らせる様に捌く。そして、すぐさまモーリスから距離を取った。
一秒足らずの攻防、その激しさに観客席は沸き立つ。モーリスとサムウェルの全身から、滂沱の汗が吹き出す。互いに深く息を吸い、呼吸を整える。その光景はこの攻防が、どれだけ互いの体に重圧をかけていたのを物語っていた。
真っ向から力づくで挑むモーリスと、巧みな技で応戦するサムウェル。全力を賭しても敵うかはわからない。それは当事者同士が、実感している事だろう。
一進一退の勝負は続く。同時に百を超える数にも見える、高速の突きを放つサムウェル。その突きを掻い潜り、間合いに飛び込み剣を振るうモーリス。鉄を容易く切り裂くモーリスの一撃を、巧みに往なして素早く攻撃に転じるサムウェル。
攻めきれない、届かない。でも、勝ちたい、勝ちたい、絶対に勝つ!
互いの意志は一層強くなり、マナの濃度は増していく。マナは圧縮され、強い力を溜め込んでいく。互いが纏ったマナは、神気へと昇華し始めた。
ぶつかり合うマナで、ビリビリと結界が震える。大きな力の奔流が試合会場を包み、観客席からはどよめきが起きた。
互いの意志が激しく衝突する。振るわれた武器に宿った力が、それぞれに纏ったマナを打ち破ろうと、激しく火花を散らした。
それでも力は互角であった。全力を出し尽くしても、互いの力を削り取る事は出来なかった。力尽きて膝を突くまで。
「ったく、最初に会った時も、こんな感じだったな。いつだってそうだ、モーリス。お前は俺の予想を超えていきやがる」
「懐かしいな、サムウェル」
「なぁ、モーリス覚えているか? お前はペスカ殿の右腕として重用されてたな。俺は叱られてばかりだった。正直、お前が羨ましかったんだぜ」
「それは俺の台詞だ。目を掛けられているお前に、嫉妬した事が有る」
「お互い様ってやつか」
「あぁ、そういう事だ」
同じ女性を敬愛した青春時代が、モーリスとケーリアの脳裏によみがえる。秘めた想いに突き動かされる様に、両者はフラフラになりながら立ち上がる。マナは枯渇し、得物を握る力も残されていない。しかし、両者は気力を振り絞り得物を握ると、一歩を踏み出した。
技の欠片も無い、原始的なぶつかり合い。剣先と穂先は鉄を削る様に、ガリガリと激しい音を立てる。譲れない意地の張り合い。絶対に勝つ、その一心が両者の体を動かす。
いつ力が付きてもおかしくない、いつ身が砕けてもおかしくない。しかし、あの人が見る前では、無様を晒したくない。
息を呑む様に静まり返る観客席、そして決着の時は訪れる。
槍がサムウェルの手から離れ転がり落ちる。サムウェルは立ったまま意識を失っていた。それを見届けると、モーリスは剣を突き上げて意識を失った。
告げられるモーリス勝利の宣言、観客席から爆発した様な大歓声が上がる。
モーリスとサムウェルは、直ちに試合会場から連れ出され、治療室へと運び込まれた。そして控室でたった一人、試合の様子を見届けていたエレナは、真剣な表情で呟く。
「待ってるニャ、モーリス。次の相手は私ニャ!」
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