第277話 アミューズメントの企画をしよう その2
ペスカの言葉に、来客者達の視線が集まる。
企画の一部と確かにペスカはそう言った。そう、一部だと。その言葉に危機感を覚えたのは、少なくない。なにせペスカはこれまで、世界を変える発明を多く生み出してきたのだから。
「今度は何をしでかすつもり?」
「やだな、ラアルフィーネ様。変な事はしないよ」
「変な事とは言えなくても、とんでもない内容なのは確かだろうね」
「やだな、セリュシオネ様まで」
「大地母神を三柱も揃えて、下らない内容なら、承知しないよ」
「ミュール様、大丈夫。色々な事に役立つ発明だからね」
「まぁいいじゃない。ペスカちゃん、それが私達を集めた理由なのよね」
「フィアーナ様は、流石に理解が良いね」
女神達の突っ込みを往なし、ペスカは少し呼吸を整える。
「この世界には、足りない物があるの。何かわかる?」
足りない物、そう言われてもすぐにピンとは来ない。ペスカの言葉に、一同が首を傾げていた。応接間には静寂が訪れ、皆が難しい顔で考え込む様にする。
「わからねぇか? 遊びだよ。この世界には、遊びが足りねぇ。特にお前ら神にな」
静寂を切り裂いたのは、冬也の一言であった。
「どういう事だい冬也?」
朴訥な冬也の言葉を受け、女神ミュールが少し睨め付ける様にする。冬也はその視線を気にも留めない。だが、それに反応する者も居た。
「おいミュール、てめぇ。いちいちうるせぇよ。黙って最後まで聞きやがれ。ペスカは役に立つって言ったんだろうが」
「あぁ? 調子に乗ってんじゃないよ、アルキエル! 私はあんたを許した覚えはないんだからね。冬也の犬に成り下がった、糞野郎が!」
アルキエルの言葉は、女神ミュールの怒りを買う。アルキエルに対し、敵意を剥き出しにする女神ミュール。さもありなん、かつて自分の眷属を始め多くの神が、アルキエルに消滅させられたのだから。それについては同席する女神達も、複雑な思いを抱えている。
やや険悪なムードが応接間に広がる。女神ミュールは少し腰をうかせ、アルキエルはじっと女神ミュールを見据える。
「例えミュール様であろう、我が末弟を侮辱する事は、お止め頂きたい!」
険悪な中で立ち上がり、大声を放ったのはスールであった。
「おい、てめぇ!」
やや声を荒げるアルキエルを制する様に、スールは片手を上げる。そして視線が交差する。
アルキエルは理解していた。自分がこれ以上口を開くと、場を混乱させるだけだと。だから押し黙り罵倒の言葉には、反応しなかった。だからこそ、自分を庇い女神に意見したスールに反応した。
だが、スールの瞳には強い意志が宿る。その意思を理解した様に、アルキエルは瞳を静かに閉じた。
「アルキエルは、変わろうとしている。以前のアルキエルと思っていたら、大間違いです。どうか、お言葉を取り消して下さい! 罪を犯した者に贖罪の機会を与える、それがこれからの世界ではないですか? 今ここでアルキエルを罰するなら、我ら一同は全力であなたを迎え撃つ! その覚悟がおありなら、どうぞご自由に!」
スールに続き、ミューモとブルが立ち上がる。それは、家族を守ろうとする兄弟達の姿であった。
冬也と繋がる神気のパイプから、アルキエルの葛藤を皆が感じていた。不可解な感情を理解しようとし、人間達と共に歩もうとする姿を見れば、誰が認めないなどと言えよう。アルキエルの変化は、かけがえのない一歩である。同じ眷属だからこそ、そんなアルキエルを守りたい。過ちは必ず正せるのだと、胸を張って誇りたい。それはスールだけではなく、ミューモとブルも同じ思いを感じていた。
立ち上がる冬也の眷属達に、周囲が気圧される。人間は無論、大地母神でさえも。そして、一気に緊迫感が増す中、徐に冬也が立ち上がる。
ゆっくりと応接間を歩く冬也は、ブル、ミューモ、スールと眷属達の肩を叩いて、座らせていく。最後に目を閉じていたアルキエルの肩を優しく叩く。
冬也の行動を静かに見ていた女神セリュシオネが、静かに口を開いた。
「はぁ。誰に似たんだろうね君達は、揃いも揃って。それにここは、そういう場じゃあるまい。ミュール、貴女の負けですよ」
「謝罪はしないよ、訂正もね」
「それは別に、構わないだろう?」
女神セリュシオネは、アルキエルを見やる。対してアルキエルは目を閉じたまま、「あぁ」とだけ簡単に答えた。
それで、周囲を包んだ険悪さが取り払われる訳ではない。だが、女神セリュシオネは言葉を続ける。
「まぁ、これで奇しくも冬也の言葉が証明された様だ。我々神には、遊びが足りない」
簡単に一触即発な空気になる。それは神が神足らんとしたからこそであろう。
プライドと言っては軽い、信念ともやや異なる。存在意義に縛られた神だからこそ、一辺倒になりがちなのだろう。それが、悲劇を生む結果にもなる。かつて、タールカールを襲った破壊の様に。
女神セリュシオネの言葉に理解を示し、女神フィアーナと女神ラアルフィーネが大きく頷き、一部始終を静観していたペスカは、深いため息をついた。
「もう! お兄ちゃんが悪いんだよ! 説明が足りないの! 後は私が説明するから、お兄ちゃんは少し黙ってて!」
ペスカは少し眉根を寄せて冬也を叱った後、経緯を説明し始めた。
神を含め、人間や亜人、魔獣に至るまで余裕がない。
生きる為に毎日働くのは、当然だろう。人間や亜人はそうして暮らして来た。それが悪いのではない。常に張り詰めた状況で、生きる為だけに必死になっていれば、どこかで歪みが生まれる。それが、嫉妬や怠惰を生む元凶となる。
特に魔獣達は、戦いの中に身を置いて暮らして来た。それが当然であったのに、平和になったから戦いを止めろと言っても、心底納得する者は居るだろうか? 確かに、あの混乱を生き抜いてきた世代なら、手を取り合う事を良しとするだろう。だが、本人ですらわからない深層の奥では?
法を整える事や体制を変える事は、必要な事である。しかし、真に世界を変えようとするなら、そこに暮らす者が変わらなくてはならない。
日々を漫然と過ごすのではない、与えられた環境をそのまま受け入れるのではない。成長しなくてはならない。そして成長する意欲には、相応の対価となる原動力が必要である。新たな世界に対応し、これから成長を遂げようとする、その原動力となる物は何なのか。
ただ、対価と意欲は比例するのか? 答えは否である。
多くの者が暮らす社会で、摩擦が起きない訳がない。全ての者が望んだ対価を得られる保証がない。例え望んだ対価を得られても、意欲が増す保証はない。
上手く行かないのが世の道理、ならばどうすればいい?
「ペスカちゃん。それが、遊びって事なの?」
「ラアルフィーネ様、少し違います。ストレスの発散が近いですね」
「ストレス?」
「えぇ。一般的には刺激による生体反応ですが、この場合は抑圧された環境で起こりがちな、心意的な防衛反応ですね」
「それが遊びと、どう繋がるの?」
「不平や不満から脱却しようとする事で、努力し成長するのはわかりますよね?」
「えぇ」
「ただ、それだけでは何れ行き詰まるんですよ。終着点なんてありませんからね」
「そうねぇ」
「戦時下ならば、生き残る為に足掻くでしょう。貧困にあれば、食に有りつく様に懸命になるでしょう。では、全てが満ちた世界ではどうなります?」
「努力も成長もしない?」
「そうなる者も現れるって事ですね。そもそも、人間だけでも環境次第で、性格や考え方が変わります。ましてや、人間と亜人に魔獣なんて種族自体が違いますからね。今は良いですけど、次の世代は? その次の世代は?」
「そうやって少しずつ歪みが溜まって、邪神が生まれる。そう言いたいのね」
「そうです。だから、何処かで生き抜きが必要なんですよ」
全てを理解した訳ではない。ただ、応接間に居る全員が、何かを感じていた。
そして、ペスカは軽く手を叩き、メイドを呼ぶ。
数名のメイドが、仰々しく荷物を運んできた。テーブルの上に有った料理は、全て片付けられて、メイド達が持ってきた物が広げられる。
「色々と案はあるんだけど、第一弾はお兄ちゃんにも内緒にしてたとっておき! とくと見るがいい!」
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