第260話 モンスターの消滅

 相手の弱みを突くのは、戦いの定石である。

 強い者を相手にしても、疲弊するだけ。狙うべきは、戦う力を持ち合わせない幼子や老人等である。


 ドラグスメリア大陸では、モンスターの掃討が完了し、影すらも残っていなかった。

 モンスターの発見から討伐、そして掃討まで、あっという間に完了したのは、魔獣達それぞれが持てる力を存分に発揮し、結束したからに他ならない。

 だが他の大陸では、依然としてモンスターが増殖を続けていた。

 

 食糧難で飢餓状態に陥った人間の大陸では、モンスターに立ち向かう力など残してはいない。

 亜人の大陸では種族間の戦争が勃発し、人間の大陸より多少食料が流通していたとて、兵は極度に疲弊していた。


 アルドメラクは、その困窮した状況を狙い、世界を混沌へ陥れようと企んだ。

 しかし英雄の意思を継ぐ者達が、敢然と立ち塞がる。そして、神々が彼らを助ける。


 人と神、亜人と神の共同戦線が張られる。そして、苛烈を極めるモンスターとの戦いが、優位に変わろうとしていた。


 エルラフィア王国では、トールを中心とした近衛隊を中心に、女神フィアーナとその眷属達がモンスターを駆逐していた。

 トールは、旧ライン帝国にて中隊長を務めた人物である。

 ただ、どれだけ腕が立つと言っても、モーリスやケーリア、それにサムウェルの様な達人と比べれば遥かに劣る。

 しかし、トールは数多の戦場を生き抜いてきた。無数のモンスターに囲まれた、圧倒的不利な戦場でも敢然と立ち向かう、誰よりも勇敢な軍人だった。

 トールの勇気は、部下の兵士だけではなく、神々にも力を与えた。女神フィアーナは、トールの勇気に応えた。

 そして、人々の諦めない心に答えた。


 民を守ろうと、懸命に抗うエルラフィア軍。兵士達を守る為に、力を振るう神々。それは、死に瀕したエルラフィア王国の、息を吹き返す。 

 モンスターを押し返していく。

 

 エルラフィア王国で、モンスターと戦っていたのは、トールだけではない。

 メイザー、ルクスフィアと二つの領地を守ろうと、シルビアは懸命に魔法を使いモンスターを駆逐した。

 そして、各領地を治める貴族をまとめ、領軍を指揮したのはシリウスだった。マルスは、寝る間も惜しんで研究を続ける。

 誰もが、明るい未来を目指していた。穏やかな未来を諦めなかった。

 

 エルラフィア王国民は強大な敵を前に、一致団結していた。

 アルキエルとの戦いで失われた女神フィアーナの神気は、人々の勇気や希望で満たされていった。


 やがてエルラフィア王国の大地が、急速に潤いを取り戻していく。それと反比例する様に、モンスターの数は減っていく。

 モンスターが完全に姿を消した時、エルラフィア王国の大地は豊かな緑を取り戻していた。


 東側の三国では、サムウェルの指揮下でモーリスやケーリアの率いる軍が、モンスターを駆逐していた。

 智将サムウェルの戦術が光り、戦線を豪傑モーリスとケーリアが維持する。連合軍の見事な連携を援護するのは、ドラグスメリア大陸から訪れた山の神ベオログと風の女神ゼフィロス。

 山の神は、モンスターの大群から兵達を守る。風の女神は、兵達の援護を行う。

 二柱の神は、連合軍と息を合わせて、モンスターの大群を駆逐していった。


 それでも、モンスターは止むこと無く増え続ける。しかし、連合軍はモンスターの大群を駆逐していく。


 拮抗など生易しい。

 モンスターの大群であろうと、猛者達が力を合わせて、倒せないものなど無い。そう言わんばかりの勢いで、モンスターは数を減らしていった。

 エルラフィア王国からモンスターが消えたのと時を同じくして、東の三国からもモンスターは一掃された。


 そして、大陸の中央部。

 旧ライン帝国の帝都近くでは、ブルが農夫達を守る様に、モンスターを倒していた。


 冬也が癒した大地では、奇跡の様に作物が育っていく。

 冬也から一帯の占有を認められたブルであったが、作物を独り占めする事は一切なかった。それどころから、ブルは優先して農夫達に作物を渡していた。

 心優しきサイクロプスのブルは、モンスターが発生して直ぐに、農夫達を旧帝都へ避難させた。


「みんな、早く逃げるんだな」

「ブル様は、どうなさるのです?」

「おでは、あれを倒すんだな。みんなは、おでが守るんだな」

「まさか! 無謀です!」


 帝都周辺の平野部を取り囲む、目が眩む程のモンスターの大群。農夫達が、怯えるのも当然である。

 しかし、ブルは平然としていた。


「大丈夫なんだな。おでは強いんだな。だから全部おでに任せて、みんなは逃げるんだな」


 確かにブルの巨大な体躯と凄まじい腕力があれば、自分達よりよっぽどましな戦いをするだろう。しかし農夫達は、ブルと過ごした僅かな時間で、彼の穏やかさを知った。だからこそ、不安を感じた。


 この心優しき怪物は、自分達を守る為に犠牲になるつもりではないのかと。しかし、旧帝都へ避難した農夫達は、驚愕する事になる。


 仲間を守る時に、ブルは凄まじい力を発揮する。ブルが剛腕を一振りするだけで、数百のモンスターが消しとんでいく。


 旧帝国は、かつてゾンビで埋め尽くされ、クラウスやトールが命からがら撤退した場所でもある。

 しかし、神気の籠められた両腕はゾンビを消滅させ、再生する事すら許さない。

 大量のモンスターが駆逐されていく。大量のゾンビが消滅していく。

 冬也の眷属として、ブルはその力を遺憾なく発揮する。農夫達は、神の戦いを目の当たりにしていた。


「みんなで頑張って耕したんだな。みんなで一緒に育てたんだな。それを荒らすのは絶対に許さないんだな。美味しい物は、みんなで分けるんだな。お前らなんかにあげないんだな」 


 開墾し広げた農地を守る様に、ブルは飛び回った。

 そして農夫達から、ブルを応援する声が上がる。また農夫達の応援は、ブルに力を与えた。

 戦う毎に、ブルの神気が増していく。数刻も経たずに、帝都周辺を囲んでいたモンスターは一掃された。

 

 アンドロケイン大陸では、エレナがミノタウロスを率いて奮闘していた。ドワーフを遥かに凌ぐ剛腕が、モンスターを次々と押しつぶしていく。

 その先頭には、猛烈な勢いでモンスターを倒していくエレナの姿があった。


 ドラグスメリア大陸の騒乱を経て、エレナの技は洗練されていた。誰よりも早く、誰よりも華麗に。

 ミューモの眷属ドラゴンよりも、多くのモンスターを屠るエレナは、既にキャットピープルという種族の域を超えていた。

 圧倒的な強者がそこに存在していた。

  

 エレナの勢いに引っ張られる様に、ミノタウロス達が唸りを上げる。合流したドワーフが、圧倒される程に。

 

 ミノタウロスとドワーフの連合軍が、北から南下しモンスターを駆逐する。ミューモの眷属とスールが、大空を縦横無尽に飛び回りモンスターを一掃する。

 そして、大陸北部に溢れるモンスターは、ミューモとエルフ達が駆逐していた。


 マナを使用出来なくても、戦い方は有る。エルフは知恵を働かせて、モンスターの行動を阻む。そして囮になる様に動き、モンスターを一か所に集める。

 集中したモンスターは、ミューモのブレスで一瞬の内に消滅した。


 亜人達は決して交じり合う事が無い。

 しかし、南下していくミノタウロスとドワーフの連合軍に、生き延びたキャットピープルやドッグピープル、魚人やケンタウロスにハーピーが加わり、巨大なうねりが生まれていく。

 亜人達は一つになっていく。

 

 大陸最大の危機にも関わらず、女神ラアルフィーネの表情は緩んでいた。どれだけ望んでも叶わなかった願いが、現実になろうとしている。

 一筋の涙が、女神ラアルフィーネの頬を伝う。


 巨大なうねりは、女神ラアルフィーネに力を与える。

 アンドロケイン大陸では、多くの神を失った。しかし、その穴を埋め尽くして余りある、女神ラアルフィーネの神気が大陸中を満たしていった。


 大陸から澱みが消えていく。大陸から悪意が消えていく。亜人の大陸は、美しい姿を取り戻す。

 モンスターの姿は、瞬く間に消えていく。やがて、モンスターは亜人の大陸からも消滅した。


 どれだけ、アルドメラクが策を弄しようと、地上の者達は負けない。抗う意思が有る限り、神々は彼らに力を貸す。

 強大な力を持つアルドメラクに対し、協力して抗った地上の生物と、神々の勝利であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る