第257話 アルキエルとの再戦

 ペスカと冬也は、邪神との戦いに向けて、準備を重ねていた。だが邪神が誕生し、世界情勢を悪化をさせても、傍観をしていた。

 何故なら、邪神に立ち向かう為に、足りないものが有ったからである。


 単に力尽くで排除するなら、今のペスカ達であればそう難しい事ではない。しかし悪感情を糧に、これからも生まれ続ける邪神に対し、いつまで力尽くで処理し続けるのか。

 それでは根本的な解決には、ならないのである。


 それなら、怒りや嫉妬などの感情を捨てさせるのか?

 違う! そもそも、怒りや嫉妬などの感情は、誰しもが持つ自然な心の動きである。

 自然な心の動きを無くせば、文字通り不自然となる。マイナスの感情が有ってこそ、プラスの感情も存在を得る。

 言い換えれば、喜びも感動も無くなる。

 

 大事な事は、悪意に負けない事である。弱さを理由に、逃げ出さない事である。

 

 誰もが逃げ出したくなる時が有る。投げ出したくなる時が有る。

 強くないから他者を助けられない、確かにそうだろう。


 弱さから目を背け臭い物に蓋をする、見て見ぬふりをする、それで良いはずが無い。

 立ち向かう心の強さ、他者に手を差し伸べる優しさ。命の危機に際して共に逃げようと、手を差し伸べる事が出来るなら、それは立派な強さである。


 直接的に邪神と対峙するのは、ペスカと冬也になるだろう。

 しかし、地上に生きる全ての者が、邪神と戦わなければならない。彼らこそが、悪意に打ち勝たねば、新しい未来は訪れない。

 

 苦しい選択を強いたのは、事実である。ただ、皆がそれに応えた。誰かが悪意に膝を屈しても、仲間がそれを助ける。

 そして、神と生物が手を取り合う。これこそが、邪神から世界を救う本当の力。

 

 世界は、確実に成長を遂げつつある。それを見極め、ペスカと冬也は新たな行動を起こした。


 地上では仲間達が頑張っている、今は信じて任せれば良い。今は一つでも、懸念材料を消しておかなければならない。

 それは、神の世界から消えたアルキエル。

 

 そして、アルキエルは、来るべき戦いに備えて、ひたすらに研鑽を重ねていた。

 盲目的とも言える行動の奥に秘められたものに、未だ気が付かず。冬也との再戦、それが今のアルキエルを突き動かしていた。


 アルキエルは、完全に行方をくらましている。

 アルドメラクが、行方を追えない状況が、それを立証しているだろう。しかし、これまで世界を傍観していたペスカと冬也だけは、アルキエルの潜む場所を突き止めていた。


「行こうペスカ。多分あいつも、俺を待ってる」

「うん。お馬鹿さんの目を覚まさせないとね! 期待してるよお兄ちゃん」

「あぁ、任せろ」


 そしてアルキエルの作り上げた空間の中に、ペスカと冬也は転移する。

 冬也の来訪を歓迎するかの様に、大剣を振り続けていたアルキエルは、動きを止めて笑みを浮かべる。


「待ってたぜ冬也ぁ! さぁ、殺し合おうや!」


 その言葉に、冬也は溜息をつく。

 アルキエルの目には、冬也しか映っていない。まだ何も見えてない。何も得ていない。

 強烈な殺気を消すまで、至ったにも関わらず・・・。


 冬也は少し失望しつつも、ペスカを後方に下がらせて、アルキエルに近づいていった。

 そしてペスカは、直ぐに辺りを神気で囲み、結界を張った。これから始まる戦いを、誰にも邪魔させない為に。


「まだそんな下らねぇ事を言ってんのかアルキエル。そんなんじゃ、俺には勝てねぇよ」

「下らねぇかどうかは、戦いで証明してやる!」


 大剣を大きく掲げるアルキエル。

 

「今度は、得意な剣で戦うのか?」

「ったりめぇだ! 手を抜いて負けたと、思われたくねぇんでな!」

「はぁ、まぁいい。武器の差じゃねぇ事を、てめぇの魂に教え込んでやる! 来いよアルキエル! 待ち焦がれてたんだろ! 相手をしてやるよ!」


 冬也は体中の隅々まで神気を満たして、構えを取った。そしてアルキエルは、大剣を振りかざして、一歩を踏み出す。

 次の瞬間には、冬也が居た場所に、大剣が降り下ろされていた。

 

 直線的すぎる攻撃が、冬也に当たるはずが無い。冬也はアルキエルの懐に入り込み、右拳を振るった。

 神気の籠った強烈な一撃が鳩尾を抉り、アルキエルは吹き飛ぶ。

 そして、吹き飛んだアルキエルを見下ろす様に、冬也は言い放つ。


「一本だ! アルキエル!」

 

 しかし、冬也の行動は、アルキエルを激高させた。求めてたものとは、完全に異なる。

 生死を賭けた緊張感を保って、冬也が来るのを待っていた。冬也の闘志も漲っていた。望んだ戦いが出来るはずだった。しかし、冬也はただ殴りつけるだけ。

 今の冬也なら、この一撃で神格ごと破壊する事も可能だったはず。


「本気を出せ! 何故手を抜いた! 馬鹿にしてるのか冬也ぁ! ふざけんじゃねぇ!」


 声を荒げるアルキエルに、冬也は静かに言い放つ。


「馬鹿にしてねぇし、手も抜いてねぇ。わからねぇなら、お前はまだまだって事だ。さぁアルキエル、かかって来いよ! 稽古の時間は終わってねぇぞ!」

「なめんじゃねぇ~!」


 アルキエルは再び上段から大剣を振り下ろす。

 右に躱す冬也を追い、アルキエルは降り下ろした大剣を途中で止めて、横薙ぎに振るう。

 それは、アルキエルの剛腕が成せる技である。それでも、アルキエルの攻撃は、冬也を捉えられない。


 右に左に大剣を躱し、的確にアルキエルの急所を抉る。その度にアルキエルは、大きく吹き飛ばされた。

 

 冬也が稽古と言った通りの様相が、展開されていく。

 地上の生物を模して作った神の身体に、痛覚は存在しない。ただし、神格が傷付けられれば別である。冬也の拳は、アルキエルの神格にダメージを与えている。苦しまないはずが無い。

 しかし、アルキエルは痛む素振りも見せず、冬也に向かっていく。

 

 冬也と戦う中で、アルキエルは精神を研ぎ澄ませていく。

 あれだけ戦い方を模索したのに、何故届かない。意思の力では無かったのか?

 俺の剣は、何が足りない。どうしたら、冬也に届く。

 

 その思考は、無意識だったろう。それは戦いへの集中を誘い、アルキエルの大剣に鋭さを与えていく。

 冬也は避けきれずに、アルキエルの大剣を手で往なす。

 アルキエルの攻撃は、徐々に鋭さを増していく。アルキエルは、冬也に吹き飛ばれる回数が、明らかに減っていた。


 互角の戦いが繰り広げられる。

 目に留まらない斬撃と拳が激しいぶつかり合い、轟音だけが空間内に響き渡る。ペスカでさえ、その動きを捉えられずにいた。


 どれだけの轟音が、響いただろう。ふと、冬也が攻撃の手を止め、アルキエルと間合いを取る。

 

「何を笑ってやがる冬也! ふざけんな!」


 確かに、冬也はアルキエルを見て、笑みを浮かべていた。


「いや、俺じゃねぇよアルキエル。わかんねぇか? お前、いま笑ってんだぜ! 楽しそうによ!」


 アルキエルは、理解が出来なかった。楽しそうに笑うなんて、冬也は何を言っているのだ。


「アルキエル、気が付かねぇか? お前はいま、ちゃんと勝負をしているんだぜ!」


 剣は途中で止めるよりも、振り下ろした方が簡単である。そして、殺す気で振った剣は、絶対に止められない。止める強固な意思がなければ。

 

 冬也を殺すはずだった。殺し合いが全てのはずだった。もしかして、俺は手を抜いていたのか?

 いや、全力だった。全力で冬也に向かっていった。

 

 アルキエルは、気が付いていない。

 もしかしたら、懸命に気が付かない様にしていたのかもしれない。そうしなければ、これまでの戦いが嘘になってしまう。


 どれだけ多くの神を消滅させて来た。どれだけ多くの生き物を殺して来た。

 戦いの果てに命を落とすのは、自然な事である。それの何が悪い。俺は間違っていない。

 絶対に間違っていない。

 

 アルキエルは、冬也を睨め付ける。しかし、冬也は笑みを崩さなかった。


「まだ下らねぇ事を考えてんのか? お前はもう、俺を殺せねぇ」 

「何を言ってやがる、ふざけんじゃねぇぞ! てめぇをぶち殺すなんて簡単なんだ!」

「だったら、やってみろ! 抵抗はしねぇ、俺を殺してみろ! 絶対にお前は、俺を殺せねぇ!」

 

 冬也は大きく両腕を広げて、声を荒げた。そして、神気を解き丸腰の状態になる。


 いくら冬也でも、神気での防御が無い状態で、アルキエルの剣を受ければ、神格ごと粉々にされる。

 顔を真っ赤に染め、鋭い眼光でアルキエルは冬也を睨む。そしてアルキエルは、大剣を勢いよく振り下す。


 だがその大剣は、冬也を切り裂く事は無かった。冬也の頭上で固まった大剣は、そこからピクリとも動かなかった。

 アルキエルは、冬也を殺すつもりで振り下ろした。しかし・・・。


 アルキエルの手から離れた大剣は、冬也を避ける様にし、音を立てて転がる。

 そしてアルキエルは、弱々しく崩れ落ちた。


「何でだ冬也。何でだ・・・」


 がっくりと項垂れるアルキエル。

 これまで戦い続けて来たのは、何だったのか。人間の脆弱な体を纏い、全力を出す事さえ出来ない半端な神を、殺す事さえも出来ない。戦いの神が聞いて呆れる。

 アルキエルは、全てが失われる感覚に陥っていた。

 

 そして冬也は、静かに口を開く。穏やかな神気が辺りを包む。

 冬也の言葉は、自然とアルキエルの心に届いた。

 

「お前は殺す事が目的の、機械じゃねぇからだ。心が有るんだ。お前が目指した本当の目的を思い出せ、アルキエル」


 冬也の言葉で、脳裏に浮かんだのはかつて失った友の姿。アルキエルの中には、在りし日の情景が浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る