第222話 蘇る神
「なぜ奴は未だに生きている! 浄化も進んでいる! 劣勢ではないか!」
「なぜ奴は半神如きを倒せないのだ! 深手を負って何をしているのだ!」
「半神の洗脳はどうなっているのだ!」
「計算外だ! あの役立たずめ! あれだけの力を与えてやったというのに!」
「それより、これからどうするのだ?」
「介入しかあるまい。このままでは、娘を奪えないどころか、ミュールが力を取り戻しかねん」
「待て! ミュールの監視がより一層強まっている。我らがここに集まっている事さえ、危険なのだぞ!」
「馬鹿な! ミュールが何だというのだ! 我らは既に大地母神と対等に戦えるはずだ!」
「早まるな! 後一手、奴らの牙城を崩せる何かがあれば」
「何を悠長な事を言っている! 直ぐに介入しなければ、何もかもが水の泡だぞ!」
隔離された空間で、激しく言い争う声がする。幾つもの影が鼻を突き合わせるようにし、論争を繰り広げていた。
論争は激しさを増す。集まる誰もが、事態に焦りを感じているかの様だった。
終わらない論争、会議は踊る。しかし喧々囂々した場は、一柱の男神の乱入によって静まり返る事になる。
「俺が手を貸してやるよ」
その一声に静まり返り、声の主へ視線を送る一同。それもそのはず、この場所は隔離され、大地母神ですら感知出来ないはずの空間である。
同士以外に立ち入る事は出来ない。
「貴様・・・、なぜここに居る・・・」
既に存在しないはずの男神が、目の前に現れたのだ。言葉が出ない。そこに居る誰もが同じ思いだった。
「何言ってやがる。俺を何だと思ってやがんだ! これだけの戦が起きてんだ。俺が蘇らねぇ道理はねぇだろうがよ」
飄々と語る男神。だが、そんな答えで一同が納得出来るはずがない。
「貴様の神格は、セリュシオネが消滅させたはずだ!」
「てめぇら、何か勘違いしてねぇか? それなりの戦があれば、俺は何度だって生まれるぜ。殺し合って消滅したって、俺が消える事はねぇよ」
「それにしてもだ! 貴様はセリュシオネの手先であろう! 我らが育んだ文明を消していった元凶だ! その貴様が何を言っている! なぜここに居る! 手を貸すとはどういう事だ!」
激しく詰問する様に、口角泡を飛ばす一柱の神。しかし、男神は飄々とした態度を崩さなかった。
「てめぇらの企みはとっくにばれてんだ。いずれ糾弾されて、しめぇだ。それが嫌なら抗うこった。俺の目的は冬也だ! あいつともう一度、殺し合いてぇ! それだけだ! てめぇらの争いなんか知ったこっちゃねぇんだよ」
「馬鹿か貴様! その半神にやられたのだろう!」
「だからだよ。こんな所で日和ってるやろうには、わかんねぇだろうよ」
一同は男神を睨め付けた。どれだけ鋭い視線が突き刺さろうと、まるで眼中にないとばかりに、男神は気にも留めない。
「一応なぁ、俺はこれでも戦いの神だ。横やり入れるからには、筋を通しに来てやったんだ。だがなぁ、ここからは俺の戦だ。手出ししやがったら、てめぇら全員ぶち殺すぞ!」
男神は周囲を威圧しながら言い放った。その威圧に気圧される様に、一同が息を吞む。
「それと忠告だ。隠れ家ってのは、ちょこちょこ変えるもんだ。一時は、ロメリア側に居た俺が、てめぇらの情報を知らねえはずがねぇだろ」
「まさか貴様、他の神に話してはいないだろうな!」
「さてな。早く始めろよ、戦をなぁ」
そう言い残して、男神は姿を消した。そして、残された一同は騒然となった。
事態は彼らの手から離れようとしている。何柱かの神が、男神を止めようと立ち上がる。
「待て! 様子を見るべきだ」
「何故止める!」
「わからんか? 好機かも知れんのだぞ!」
「しかし、奴は我らの情報を、大地母神に流しているかもしれん! 放置は危険だ!」
「何よりも戦いが好きな奴だ、それは有るまい。先の戦いでも、恐らくロメリアの隠れ場も知っていて、セリュシオネに黙っていたに違いない」
「なぜそう言い切れる!」
「それ奴、戦いの神アルキエルの性格だからだ」
☆ ☆ ☆
邪神が冬也に敗れて逃げ帰った先では、ペスカによる大規模な浄化が行われていた。
数時間も経たないほんの僅かな間に、いったい何が起きたのか。邪神は動揺を隠せずにいた。
冬也により縦に大きく切り裂かれた胴は塞がる事が無く、浄化された右の拳は修復が出来ずにいた。
痛みと共に強まる苛立ち。広がる平和な光景は、邪神を更に苛立たせた。
「くそっ! あのガキ、あのガキィ~! 八つ裂きすら生ぬるい! 腕を潰して、足を潰して、股から胴を裂いて、体中に穴を開けて、目玉を繰り抜いて、首をもいでやる! この痛みは何倍にもして返してやる! 必ずだぁ! それで小娘に奴の首を渡すんだ。ハハ、ハハハハ。悔しがる小娘の顔が見物だ! 小娘の精神が壊れようが、僕には関係ないんだ! 壊す、壊し尽くしてやる。この世界は僕のなんだ!」
現実の敗走を払拭するかの様に、あらぬ妄想を繰り広げて愉悦に浸る邪神。しかし、現実は邪神を追い詰め始めている。
四方向から、神々が浄化しながら深部へ向かう。深部では、ペスカが自分の領域を減らしていく。
大陸東部を埋め尽くしていたモンスターは、大きく数を減らしている。大陸東部が邪神の領域であったからこそ出し得た大きな力は、明らかな弱まりを感じる。
しかし、邪神にはまだ奥の手が有った。
火の神を始め、多くの神を罠にかけた反フィアーナ派の神々。彼らの力を借りれば、状況は再び自分の有利になると、邪神は考えていた。
そして万が一の為に、反フィアーナ派との連絡手段が、講じられていた。
「うん? 繋がらない? 何故だ! まさか奴ら、僕を見捨てる気か?」
与えられた連絡手段からは、反応を感じない。
反フィアーナ派の重鎮達と、いつでも連絡が取れる様になっていたはず。なぜ反応すらしない。
それは、邪神を大きな動揺へと誘った。
「ここまで奴らの言う通りにしてやったというのに、僕を見捨てる? ふざけるなぁ~!」
邪神は喚き散らす様に声を荒げた。
邪神は言われるがままに、大陸東部に悪意をまき散らし、自分の領域を広げた。神となるまで力を高め、ドラグスメリア大陸を破壊した。
どれだけ息巻いても、邪神は神の器を用意され、そこに座るだけの悪意の塊である。反フィアーナ派の支配に抗えるはずもない。
禍々しい邪気を垂れ流す邪神。怒りは頂点に達していた。
「裏切ったを後悔させてやる! ガキだけじゃない。小娘も殺す! 世界をこの手で染めた後は、全ての神を殺し尽くす!」
怒りが増すと共に邪神の力が増していく。歪んだ顔が更に歪む。
しかし、その時であった。
「小娘はともかく、冬也を殺すのは俺だ! 手出しすんじゃねぇよ滓!」
声が聞こえる方に視線を向ける邪神。そして驚き目を見開いた。
「貴様、なぜここに居る!」
「うるせぇよ! 滓が喚くんじゃねぇ! 滓ごときが偉そうに話しかけんじゃねぇよ」
声の主は、剣を横薙ぎに一振りした。すると、邪神の胴が真っ二つに裂かれる。
「ぎぃやぁあぁぁああ!」
邪神の叫び声が響き渡る。しかし声の主は、邪神を冷たく見下ろしている。
その目は嫌悪感が宿っているかの様だった。
「喚くなって言ってんだ! そんなんで死にゃしねぇだろうが! てめぇの器ごと、ぶった切ってもいいんだぜ」
声の主は尊大な態度で、言葉を続ける。
「所詮は滓じゃねぇか。こんなのに、手古摺ってんじゃねよ冬也。早く殺し合おうぜ!」
邪神を一刀で両断する力。そして、口角を上げて笑みを深める顔は、凶悪な殺人鬼を彷彿とさせる。
かつて冬也によって倒された、戦いの神アルキエル。各地で続いた戦いが彼を蘇らせ、更なる力を持って冬也の前に立ちはだかろうとしている。
冬也達と因縁のある彼の存在は、後に大きな災いの種となる。
それはまだ誰も知らない未来であった。
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