第211話 魔獣軍団の抗い

 進軍を続ける魔獣軍団は、大陸東部に差し掛かろうとしていた。

 先頭を行くのは、ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラの巨大な四体の魔獣。それに続いて、魔攻砲を構えた巨人達が続く。

 更に後方には、ゴブリン軍団が控えていた。

 そして、上空ではミューモとノーヴェが魔獣軍団の指揮を執る。


 大陸東部から解き放たれたモンスター達が、狙いすました様に魔獣軍団へ向けて一直線に進む。遂に、魔獣軍団の最大とも言える試練の時が始まった。


 明らかに、大陸北部を占拠していた黒い軍勢と異なる。速さ、力、強靭さ、全てが上回る。最前線では、四大魔獣がモンスターの一団と正面から、ぶつかりあう。

 大陸北部で、黒い軍勢を圧倒した四大魔獣が、完全に足止めされた。


 強さもさることながら、量も果てしない。

 北部では、一振りで数百体の黒い軍勢を倒したフェンリルのかぎ爪。しかし、東から出てきたモンスターを、数十体しか倒せない。

 直ぐにモンスターに囲まれ、傷を付けられる。

 

 ただ、流石に名を馳せた四大魔獣。ベヒモスは、フェンリルを守る様に前へ出ると、黒雲を発生させ数キロメートルに渡り、雷を落とした。

 雷に打たれて、少し弱ったモンスターに向けて、ヒュドラは強酸のブレスを吐く。ヒュドラが放ったブレスを浴びたモンスター達は、ドロドロに溶けていく。


 それでも、モンスター達は次から次へと増えていく。

 襲いかかるモンスター達を、ベヒモスが巨体で止め、フェンリルとグリフォンが鋭い爪で切り裂く。モンスターの数、更に増加の一途を辿る。


 かつて洗脳され、誇りを奪われた四大魔獣は、特に必死だった。

 一匹たりとも逃さない。そんな気概に満ちていた。しかし、物理的には不可能な程の量が、東から流れてくる。

 どれだけ倒しても、切りがない。少しずつ体に傷を作り、体力やマナをすり減らしていった。


 スールにある程度の状況を聞いていたものの、四大魔獣をして突破出来ない程とは、ミューモとノーヴェは予想していなかった。

 このままでは四大魔獣に負担がかかり過ぎる。ミューモは急いで巨人達に命じ、魔攻砲を発射させる。


 四大魔獣の頭を超え、中距離の攻撃が放たれる。

 雨の様に降り注ぐ魔攻砲の光。流石の魔攻砲も、モンスターの数を少し減らす程度に止まり、劇的な変化を起こすには至らない。


 それでも巨人達は、テュホンとユミルを中心に、アルゴスやアトラス、サイクロプスの一族が、懸命に魔攻砲を打ち続ける。

 スルトだけは、炎の剣レーヴァテインを持って、四大魔獣と共に前線へ立つ。他の魔獣と比べ対格差が違う巨人達であっても、東から来るモンスター達を倒すのは困難であった。


 全力で剣を振い、気を吐くスルト。仲間たちを鼓舞する、テュホンとユミル。少しでも気を抜けば、待ち受けるのは自分と仲間達の死。そして、ドラグスメリア大陸の蹂躙。

 思い浮かべれば、寒気立つ光景である。

 決して、引く事は出来ない。生き抜く事、守る事、その二つの想いだけが、巨人達を支えていた。


 溢れ出るモンスターは、何も地上だけではない。空に広がる黒いドラゴンを、スールが引き付ける様にして、戦いを続けていた。

 ブレスを放ち駆逐しても、後からどんどんと、空を黒く染めていく。

 

 欲を言えば、早く黒いドラゴンを駆逐し尽くして、魔獣達の援護に回りたい。しかし、黒いドラゴンは尽きる事なく、大陸東部から生まれ出る。

 少しでも多く倒す。今のスールにはそれしか出来ない。


 仲間を守れ。

 スールは、ペスカから下された命令を、遂行しようと必死に戦っていた。


 一方、ミューモとノーヴェは、上空のモンスターをスールに任せ、地上のモンスターに集中する。


「ミューモ、気張れ! 我らの誇りを見せろ!」

「ノーヴェ、お主こそ! 今こそ大陸を守る時だ!」


 ミューモとノーヴェが、闘志を乗せてブレスを吐く。しかし、エンシェントドラゴンのブレスでさえも、合わせて百体を超える数を倒しただけ。


「親父殿!」

「長!」


 前線が崩れれば、そのまま一気に全滅する恐れすらある。

 ミューモ、ノーヴェの後に、眷属ドラゴンが続く。そして、モンスターの数を少しでも減らそうと、飛び周りながらブレスを吐き続けた。


 後方に配されたゴブリン軍団は、臨戦態勢を整えている。

 前線の四大魔獣や巨人達で、倒しきれなかったモンスターを掃討する為に、ゴブリン軍団は後方に位置していた。

 ゴブリン軍団の出番は、予想よりも早く訪れる事になる。


 前方からは、激しい戦闘音が聞こえる。

 いつ訪れるかわからない出番に、ズマは通常の陣形を崩さない様、仲間達に注意を促していた。


 そして少しずつ、前線の魔獣達が止めきれないモンスターが現れ始める。

 前線の魔獣と比べて、遥かに体の小さいゴブリン軍団。だが、その中でも一番大きなトロール達が、モンスターを食い止める為に前へ出る。


 巨大化したトロールでも、モンスターを一体相手にするので精一杯であった。

 トロール共に、ゴブリン軍団の前線を務めてきたバジリスクでさえも、一体を相手にするのが精一杯で、複数体を相手にすることなど出来ない。

 

 トロール達が、モンスターを足止めする間に、ゴブリンのライフル部隊が射撃する。しかし、前線の脇をすり抜けてくるモンスターが、増えてくる。

 それでも、磨き抜かれた連携が、火を噴いた。


「ウルガルム、ドラゴニュート部隊、ケルベロス、マンティコア、コカトリス部隊は共に前へ出ろ! スライム部隊も前に出ろ! 一匹も通すな!」

 

 ズマは、右翼と左翼に展開していた部隊を前に出して、トロール達を支える。

 

「ライフル部隊、気合を入れろ! ここからが正念場だ! 誰も犠牲を出すなよ!」

「ズマ、私も前線に出るニャ。ブル、お前も行くニャ!」

「恐らく、私の出番も近いでしょう。お気をつけて」

「無理はするなズマ、絶対にだ! 危ないと思ったら、皆を連れて逃げるニャ」

「教官、まさか!」

「私は、お前らよりも強いニャ。しんがりは任せるニャ! 弱っちいお前らを逃がしてやれるのは、私達しかいないニャ!」

「ズマ。任せとくと良いんだな。前の方には、きっとおでの親も居るんだな。みんなはおでが守ってやるんだな」


 ズマは目を閉じると、右の拳で胸を叩く。

 最大限の感謝を表すズマを見ると、少し笑みを浮かべて、エレナとブルは駆けだした。俊足で走るエレナと、巨体のブルは直ぐに、トロール達が戦う場に辿り着く。

 

 トロールが一体を倒す間に、数体のモンスターをエレナはかたずける。ブルの魔攻砲は、数十体を一気に吹き飛ばす。

 エレナとブルは、左右二手に分かれて、すり抜けてくるモンスターを倒し続けた。

 エレナ達に煽動される様に、ゴブリン軍団が抗う。ゴブリン軍団は、増え続けるモンスターを駆逐し続けた。


 戦闘開始から僅か数分、早くも総力戦の様相を呈していた。

 前線での戦いは、更なる激しさを増す。それは、後方で戦うゴブリン軍団にも、多大な影響を与える。増え続ける相手に対し、ペースを考えている余裕は無い。魔獣軍団のそれぞれが、命がけでモンスターを屠る。

 それは、永遠に終わりの来ない戦い。それは完全なる絶望。しかしその絶望に、魔獣達は果敢に立ち向かう。

 

 しかし、ここに居る魔獣達は、まだ知らない。これから始まる更なる絶望を。

 どれだけの数が生き残るのか。どれだけの数を救えるのか。閉ざされた未来を切り開けるのか。


 運命の歯車は回る。残酷に、残酷に。

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