第185話 ミューモの意地

 魔獣の命を助ける為、重大な怪我のみをペスカは治療した。しかし、女神ゼフィロスの神気を受けて、魔獣達は全ての傷が癒えた。更にミューモのマナまで回復した。

 流石は原初の神と言った所だろう。神気の使い方に慣れ始めたばかりの、ペスカとは一線を画している。


 ただこれだけの力を持つ神を罠に嵌めたとすれば、女神ゼフィロスの言葉にあった反フィアーナ派は、相当厄介な存在に違いない。


 大陸西部の混乱は一先ず収まったと考えて良い。しかし大陸北部は、大きな混乱状態にある。

 一連の混乱を背後で操る者、悪化を辿る現状と、積み上げられた問題は、解決の糸口すら見えていない。

 ただ今は、目の前の問題に対処するしかない。

 

 ミューモを始め、傷ついた魔獣達の治療が終えた事を確認すると、終始守備に徹していたスールがペスカと冬也の下へと近づいて来る。

 初めて邪神と相対したのだ、マナを使い果たし、飛ぶ力も残っていないだろう。ゆっくりと歩みを進め、冬也の眼前まで近づくと、スールは大きな頭を下げた。


「主、ペスカ様。戦勝おめでとうございます」

「スール。守ってくれてありがとね」

「あぁ。助かったぜスール。よく頑張ったな」

「有難いお言葉、恐縮です。主のおかげで、何とか儂も役目を果たせました」


 冬也達の言葉に、スールは目を細める。

 スールは、避難中の魔獣達を治療する為にマナを使い果たしていた。その時、既に戦力外であったのだ。

 しかし冬也の助力で、神気が扱える様になった。そして魔獣達を鎮めた上、治療中のペスカや倒れた巨人を庇う事が出来た。。


 スールは、達成感に溢れていた。また、予想以上の働きを見せたスールを、ペスカと冬也は誇らしげに見る。

 主と従者の信頼は、戦いを重ね深まっていった。


 続いてスールは、風の女神に頭を下げる。


「風の女神よ、お初にお目にかかります」

「あぁ、お前は原初のドラゴンだね」

「冬也様の眷属となりました。よろしくお願いします」

「ははっ。あいつの眷属? あぁ、面白いねぇ。未熟な半神が眷属? いや、もう未熟とは言えないか」


 風の女神はスールを凝視する。

 スールの中には、冬也の神気の他にもペスカの神気を少し感じた。


 やはり、面白い。

 半フィアーナ派。所謂、新たに生まれた神々の中には、眷属を持つ神は数える程しか存在しない。ごく一般的な神は、他者に分け与えるほどの神気を持ち合わせない。

 故に他の神に分ける程、大きな神気を有している神しか、眷属を作れない。


 ただ冬也は、眷属を作った。それが、ペスカの手を借りたとは言えだ。それは、原初の神に匹敵する力を持つに至ると言っても過言ではない。それをどうして未熟と呼べようか。

 もしかしたら、本当に世界を変えるかもしれない

 風の女神の表情は少し綻んだ。


 続いて、目を覚ました巨人達が、起き上りペスカ達の下まで歩き、ゆっくりと膝を突く。

 巨人の王テュホンと最古の巨人ユミルを先頭に、巨人の剣士スルト、巨人の守護者アトラス、全身に目を持つアルゴスが二列目に並ぶ、三列目にはサイクロプスの一族がずらりと並んでいた。

 それはまるで、荒野にそびえる高層ビル群。何とも不思議な光景であった。


 巨人達の視線は、女神へと向く。そしてテュホンが代表し口を開く。


「女神様。御身の御目を汚す罪、お許しください」

「あぁ構わないよ」

「この度のご厚情、感謝にたえません」

「あいつらに言われてやった事さ。礼は要らないよ」


 テュホンを筆頭に、巨人達が深々と頭を下げる。揃った仕草に、ペスカは擬人化したビル群を想像し、笑いを堪えていた。

 続いてテュホンは、ペスカと冬也に視線を向ける。既に巨人達が喋るビルに見えているペスカは、思わず吹き出す。


「プッ、フフフッ」


 その瞬間、ペスカの頭に降り注ぐ冬也の鉄拳。じわっと涙を浮かべながら、ペスカは頭を擦った。


「お前が悪いんだからな」

「でも~。いだい!」


 キっと冬也を睨むペスカ。そっけなく顔を逸らす冬也。それは、久しぶりとも言える兄妹の戯れ。しかし、その緊張感の抜けたやり取りを、巨人達は黙ってじっと見ていた。

 

 巨人の王テュホンは、不思議な感覚にとらわれていた。

 ペスカに魔法をかけられた後、薄っすらと戻った意識の中で、テュホンは始終を見ていた。


 自分達の命を繋いでくれた少女。彼女は今、呑気に笑ったり泣いたりしている。

 女神の体を乗っ取り、身の毛がよだつほどの悪意を振りまく邪神を、圧倒した少年。彼は、少女を叱りながらも、優し気な瞳で少女を見ている。

 彼らからは、風の女神と同じような、地上の生物とは異なる力を感じる。

 原初のドラゴンが傅くのも、理解出来る。跪かずにはいられない、圧倒的な存在感を感じる。

 

「お二方。命を救われた恩、我ら身命を賭して報いる所存。何卒、御身の配下にお加え下さい」


 テュホンは言わずにはいられなかった。そしてテュホンは平伏し、巨人達はそれに合わせる。

 

「何言ってやがんだ、このデカブツ軍団は? 土下座とか意味わかんねぇぞ!」

「お兄ちゃん、そんな冷たい事を言わないで、構ってあげて!」

「こいつ等、俺じゃ無くて、お前に言ってんだろペスカ!」

「いやいや、お兄ちゃんだよ。まったくもう」 


 巨人達は、手下に加えて欲しいと頭を下げる。

 巨人達を戦力にする予定だったペスカであるが、配下にするつもりは無い。冬也も同様であったが、真剣な表情で懇願されると、簡単に否とは言えない。

 押し付け合う様に視線を交差させる兄妹と、平伏を続ける巨人達。その光景を見て、スールはやや苦笑いを浮かべていた。

 そんな中、遠くから大声が聞こえた。


「その件、このミューモに任せて頂けないでしょうか」

「ミューモ、お主」


 ミューモは、ペスカと冬也の近くまで低く飛ぶと、深々と頭を下げた。

 女神ミュールに託された大地を守る事が出来ないどころか、邪神の悪意に取り付かれ闇に落ちた。力を増した同胞であるスール。巨人を守れと言ったスールは、自分ごと巨人を守った。


 一連の戦いで、ミューモは守る側ではなく、守られる側であったのだ。それは原初のドラゴンの矜持を、著しく害するものであった。

 このまま役立たずのままでは終われない。終われるはずが無い。

 鬼気せまる表情のミューモ。しかし、冬也はミューモを一瞥すると言い放つ。


「いらねぇよ糞ドラゴン。あっさり諦めて、闇に落ちた使えねぇ奴は、大人しく家で引き籠ってろ!」


 怒気が籠った冬也の言葉は、余りにも辛辣にミューモへ届く。だが、ミューモは引かなかった。


「返す言葉もありません。しかし、俺はこの地を守るエンシェントドラゴン。ミュールに託されたこの地を守れず、おめおめと引き下がる訳には、まいりません。どうか、機会をお与え下さい」

「てめぇには、何も出来ねぇよ。こんな雑魚に手こずる様じゃな」

「何卒、機会を。冬也様」 

「気安く呼ぶんじゃねぇよ、糞ドラゴン。わかんねぇなら、はっきり言ってやるよ。足手纏いなんだよ、てめぇは」

 

 激しく投げつけられた言葉は、ミューモの心を深く抉る。それでもミューモは諦めずに頭を下げた。

 

 役立たずと言われても仕方が無い。だが、引く訳にはいかない。

 守りたいものがある。守りたい家族がいる。

 何よりも、このドラグスメリア大陸を愛している。

 譲れない。これだけは、譲れない。力が足りないなら、もっと強くなる。


「どうか、どうか。お願いします」

「止めとけ、無駄死にだ」

「引けません、こ奴らを連れて行くなら尚更です」

「どうして、そこまで意地を張るんだ、糞ドラゴン」

「こ奴らは、俺の愛する大地で生まれた、愛すべき子供達。我が子を守るのに、何の理由が必要でしょう? 俺はこ奴らを守る。俺はこ奴らの盾になる。出来ない? 冗談じゃない! 愛し子を守れるなら、この命、幾らでも捨ててやる!」


 ミューモは冬也を睨め付ける。そして冬也は深く息を吐いた。

 

 冬也は理解した。

 ミューモは、この大地とここに暮らす魔獣達を深く愛している。それこそが、敗北の原因となったのだ。

 本来ならば、もっと戦えたのだろう。ミューモが愛し子と呼ぶ魔獣達を相手に、己が身を傷付ける事しか出来なかったのだろう。

 不器用で危うい存在だ。だけど、そんな奴は嫌いじゃない。


「わかったミューモ。お前はここに居る魔獣達をまとめろ!」

「お兄ちゃん、良いの?」

「仕方ねぇよ。こいつのやる気は止めらんねぇだろ」

「そうだね。じゃあ、ドラゴン軍団を含めて作戦を練り直そう!」


 四体の巨大な魔獣、巨人達、ミューモを始めとしたドラゴン。ペスカ達は、大陸西部で戦力を拡大させた。

 南では、ゴブリン軍団が龍の谷に向い、進軍を続ける。そして、山の神の力を借りたブルは、魔攻砲を完成させる。

 

 黒いスライムが溢れる大陸北部には、水の女神が眠る。

 ペスカ達の気持ちは既に北に向いていた。そして大陸に平和を取り戻す戦いは、未だ最中にあった。

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