第183話 語られた真実 その1

 風の女神は、重々し気に口を開く。

 嵌められた、反フィアーナ派、その不穏な言葉に、ペスカと冬也は息を呑んだ。ゆっくりと女神から語られた言葉は、ペスカの想定を超えるものであった。


「あたしらはさぁ。協議会の後すぐに、対応したんだよ」


 風の女神と他に、山の神、水の女神が三柱、邪神ロメリアが残した悪意の欠片を対処する為に、ドラグスメリア大陸の東部に向かった。

 しかし、大陸東部に足を踏み入れた瞬間に、自らの神気が少しずつ失われていくのがわかった。最初は特に気に留めなかった。悪意の残滓を浄化するのが、先決だと判断したからだ。

 

 邪神ロメリアは、大陸東部で魔獣達に邪気を与え、悪意に染め上げた。結果として魔獣達は姿を変え、出来上がったのは黒いドラゴン。変貌を遂げた黒いドラゴン達は、次々と飛び立ちエルラフィア王国へ向かった。ラフィスフィア大陸を混乱させる手段として、

 邪神ロメリアが行った手段が、魔獣のドラゴン化であった。

 

 その残滓が、今なお大陸東部には残る。しかし、本体が消滅した今、残った悪意の残滓の浄化は、然程難しいものでは無かった。原初の神が三柱は、過剰とも言えただろう。

 だが、神々は慎重であった。一柱でも事が足りる状況でも、万一に備えて三柱の神が対応に向かった。


 邪神ロメリアの残滓が残る中心地では、黒い澱みが渦巻く。辿り着いた神々は、浄化を開始しようと神気を解き放つ。

 三柱の強い神気が放たれ、浄化は一瞬で終わる予定だった。しかし、浄化は成されず、神気は黒い澱みに吸い込まれる。

 神に遠く及ばないただの黒い澱みが、原初の神々から神気を奪っていく。そして、大きく広がっていく。それは、有り得ない事であった。


 危険を感じた三柱の神は、立て直しを図る為に一時撤退を試みる。しかし、無事に撤退する事は出来なかった。まるで封じられた様に、思った様に体を動かす事が出来ない。

 気が付いた時には、遅かった。全て罠だったのだと。


 結果的に、辛うじて無事に撤退が出来たのは、山の神一柱のみ。それでも大量の神気を失い、顕現出来ない程に弱まった。

 そして、風の女神と水の女神は悪意の種を埋め込まれた。埋め込まれた悪意の種は、女神達の神気を吸収し、それぞれの体を乗っ取り始める。

 女神の力が悪意に染まれば、それだけで世界に大惨事を起こしかねない。 

 懸命に大陸東部から離れた後、風の女神は西へ、水の女神は北へそれぞれ逃亡し、これ以上の被害拡大を阻止する為に、己の存在ごと封印した。


 しかし、大量の神気を吸い取った黒い澱みは、猛烈な勢いで成長を遂げる。

 大陸東部を住処とするエンシェントドラゴンのニューラが、神の力を得た黒い澱みに勝てる術はない。更に土着の神を取り込み、黒い澱みは更に勢力を拡大させる。

 瞬く間に大陸東部全体に広がった。


「じゃあ、水の女神様が北に居るの?」

「そうさ。あんたらの話しが本当なら、状況はここと大差ないだろうね」

「良くわかんねぇけど、風の姐さん達は、誰に嵌められたんだ?」

「言ったじゃないか。反フィアーナ派の奴らだってさ」

「その反フィアーナ派ってのは何だ? お袋を狙ってる連中なのか?」

「少し違うね。フィアーナとは、対立してる連中だよ。狙ってるのは小娘、あんただよ」

「山さんも同じ事を言ってたな。目的は何なんだよ!」

「そうだね。そろそろ色々教えて欲しいね。私が狙いなら尚更だよ」

「仕方ないね。後悔するんじゃないよ」


 そして、女神は再び語り始める。

 そもそも、邪神ロメリアがラフィスフィア大陸で暴れていたのは、一つの目的があった。


 神々の勢力争い。

 それは太古から幾度となく繰り返されていたもの。タールカール大陸の荒廃以来、表立った争いは無くなったものの、未だに続く勢力争いである。


 原初の神々が初期に構想したのは、ロイスマリアが平和の楽園となる事だった。そこに横やりを入れたのが、混沌勢と呼ばれる神々。原初の神々が生み出した生物に欲望を与え、争いの絶えない世界に変えた。

 

 そして歴史を重ねるごとに、生物は文化を生み出す。種族により、多様な文化が生まれ、そこから信仰が芽生える。その信仰により、新たな神が生まれた。


 新たに生まれた神は、原初の神と異なる思想を持っていた。

 それは文化の発展である。そして技術の進歩を目指す。しかし、新たに生まれる神は知らない。技術や文化の進歩の結果が齎す悲劇を。

 

 原初の神々は、幾度も技術が進歩した果てに、自然が壊され世界が破壊されるのを何度も見て来た。故に、原初の神々は生物が文化を進歩させる事を阻んだ。

 時に戦争を起こし生物を淘汰し、大規模な自然災害で発展した社会を破壊した。

 

 新たに生まれた神々は、原初の神々が持つ思想に反発した。何故、文化の進歩を阻止するのだと。

 文化の進歩によって生まれた新たに生まれた神々にとって、当然の反発と言えよう。

 ただ、新たに生まれた神々は、原初の神々に対抗し得る力を持たない。そこで目を付けたのは、混沌勢の存在であった。


 新たに生まれた神々は、混沌勢を体の良い駒として利用する事に決めた。生物に欲望を植え付け世界に混乱を齎す混沌勢は、いずれ訪れるだろう運命の時を恐れた。

 二つの勢力の利害は一致する。


 その結果、ロイスマリアには二大勢力が生まれた。

 保守的を旨とする大地母神フィアーナを中心とした原初の神々。混沌勢を加えた改革を旨とする神々、反フィアーナ派。

 この二大勢力は、争いを繰り返した。


 混沌勢の影に隠れ、反フィアーナ派は生物の進化を試みる。その度に原初の神々は、その進化を阻止する。

 そして対立が激化していく。


 ある時、表立って活動をする混沌勢に制裁を加える為に、原初の神々が直接手を下し戦いとなった。戦いは、一柱の大地母神の消滅と、多くの神々の消滅で幕を下ろす。

 その結果、タールカール大陸は荒廃し、そこで暮らす多くの生物が命を落とした。大地母神を失ったタールカール大陸は、生物が暮らす事が出来ない程に荒れ果てた。


 その戦いにより、神々はロイスマリア三法と呼ばれる規律を定める。

 神は互いの領域を侵さない。

 ロイスマリアに暮らす者達に、過度の干渉をしない。

 神同士の争いを禁ずる。

 これにより、二大勢力の対立は激減したかの様に見えた。


 しかし、二人の天才が生まれてから、状況は一変する。

 一人はエルフとして生を受け、後にアンドロケイン大陸からラフィスフィア大陸に渡った天才。女神フィアーナの恩恵が届かない、打ち捨てられた土地で国を作り上げ、発展させたエルフ。

 クロノス・メルドマリューネ。

 

 二人目は人間として生を受け、類まれなる知恵と才能で、人々の暮らしを生活水準を向上させた天才。

 ペスカ・メイザー。


 二人の天才は、人の文化を加速度的に進化させた。これまでの歴史と大きく異なり、発展を始めた。原初の神々は危うさを感じ、注視する事に決めた。

 そして反フィアーナ派は、混沌勢を動かした。

 

 ラフィスフィア大陸で、邪神ロメリアが暴れ始める。その過程で、クロノス・メルドマリューネが、邪神ロメリアに洗脳を施される。

 世界を動かす鍵の一つを手に入れた反フィアーナ派は、今こそ動く機会だと考えた。

 

 邪神ロメリアを中心として、世界中で動乱を巻き起こし、原初の神々から力を奪う。ラフィスフィア大陸での動乱は、始まりの狼煙であった。

 結果的にラフィスフィア大陸の動乱は、女神フィアーナの力を大きく削ぐ事に成功した。


 ただし、反フィアーナ派の予定は、大きく狂いだしていた。混沌勢が暴れすぎたせいで、人が多く死に過ぎたのだ。

 そして、鍵の一つであるクロノス・メルドマリューネを失った上に、混沌勢を全て失った。

 もう一つの鍵は女神フィアーナの手に有る。事も有ろうか、鍵は神の一員として迎えられる。


 このままでは、原初の神々の勢力を削ぐどころか、新たな鍵さえも手に入れられない。糾弾されて自らの身が危うくなる前に、反フィアーナ派は更なる動きを見せた。

 目をつけたのは、ドラグスメリア大陸に残る邪神ロメリアの残滓。もう後には引けない反フィアーナ派は、女神ミュールの力を削ぐ為に行動を開始した。

 そして今に至るのであった。

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