第182話 風の姐さん

 冬也の神剣、ペスカの光刃、そして女神の中から溢れる光。三つの同時攻撃を受けて、邪神は完全に消滅した。


 邪神の消滅を確認すると、スールは力が抜けた様にへたり込む。そして、ペスカと冬也は、同時に深く息を吐いた。

 ペスカは首と肩を回しながら、冬也の場所まで歩いていく。

 

 やがて、女神の体に神々しい光が漲っていった。それは、まごう事無き女神の神気。

 女神が纏う神気は、とても暖かく慈愛を感じさせる。美しい容姿に浮かぶ穏やかな笑みは、優しげな雰囲気を醸し出す。

 そして、ゆっくりと女神の口が開かれた。


「あんたらねぇ。逃げてって言ったのに、何してんだい! 危ない事をしてんじゃねぇっての!」


 優しげな容姿と裏腹に、その口から放たれた言葉は、ドスが利いていた。凄みの有る声色に、ペスカと冬也は目を剥いた。


「あぁん? 何を呆けてんだい? 助けてやったんだよ。礼くらいしたって良いんじゃないかい?」


 まるでごろつきの様に、睨め上げながら、女神は冬也の眼前まで近づいた。


「どこの誰だか知らないけどさぁ。あたしに迷惑かけんなってのよ。ってあんた、よく見りゃフィアーナの息子じゃないかい? 馬鹿だね、先にそれを良いな!」


 女神は冬也をしげしげと見ながら、吐き捨てる様に言う。言葉を続けようとした女神だが、冬也がそれを遮った。


「疲れてるから、見逃してやろうと思ったけどよ。てめぇ何様だこらぁ! 助けてやったのは、こっちだろうが! あんな小物に体を乗っ取られるなんて、随分と弱いんだな原初の神ってよ!」

「聞き捨てならないねぇ! あんた半神の分際で、あたしに喧嘩売ろうってのかい? 良いじゃないか、買ってやるよ。かかってきなぁ!」


 まるで仇敵の様に、激しく視線はぶつかり合い、冬也と女神は一色即発の雰囲気になる。そして、互いの体から神気が膨らみ始める。

 遠くで巨人を庇う様に立ち塞がっていたミューモは、震え上がる様に縮こまる。スールから冷や汗が流れる。

 そして、ペスカは深い溜息をついて、冬也と女神の間に割って入った。


「お兄ちゃん、状況を考えて。ここには倒れてる魔獣達がいっぱ居るんだよ」


 冬也はペスカの言葉で、すぐさま神気を抑える。ペスカは、冬也を叱りつけた後、女神に視線を向ける。


「女神様。こっちも色々状況を察した上で、行動してるんです。文句を言われる筋合いは無いですよ。そもそも、邪神を止めきれずに魔獣を暴走させたのは、そちらですよね。感謝されこそすれ、そんな暴言を吐かれる謂れは無いですよ」


 ペスカの言葉は尤もなのだ。邪神を抑えきれずに、魔獣の洗脳を許した。そして、大陸西部は四体の魔獣により、甚大な被害を出した。 

 ペスカ達の到着が少しでも遅ければ、巨人族は滅亡していたかもしれない。ミューモは闇に落ち、そのまま世界を破壊したかもしれない。

 

 女神は神気を抑えて、少し俯いた。そして、静かに口を開く。


「悪かったね。無謀なガキ共かと思ったけど、そうじゃ無かったみたいだね。ありがとうね」


 そう言うと、女神は少し頬を赤らめながら、そっぽを向いた。打って変わったしおらしい態度に、ペスカは思わず呟いた。


「何この人、ツンが強めのツンデレ姐さん?」


 女神は少し眉根を寄せて、ペスカの言葉に反応する。

 

「何だい? そこはかとなく馬鹿にされてる気がするねぇ!」

「いや、そんな事ないですよ、姐さん」

「あたしには、ゼフィロスって名前が有るんだよ! 変な呼び方するんじゃないよ! 風を司る神なんだよ。馬鹿にしたらただじゃおかないよ!」


 唾を飛ばす勢いで、怒声を上げる女神。しかし、ペスカと冬也はあっけらかんとしていた。


「じゃあ、風の姐さんだな。俺は冬也だ、よろしくな。さっきは悪かったな」

「あんた! あたしの話しを聞いてたのかい?」

「風の姐さん、私はペスカ。改めてよろしくね」

「そっちの娘は、多少まともかと思ったけど、そうでもないのかい?」

 

 風の女神は溜息をついた。だが、その表情からは怒りは消えていた。


 チッ、何だって言うんだい。礼なんて柄じゃないっての。

 まぁ確かに助かったけどね。あのままじゃ、流石にヤバかったのは、確かだよ。

 でも、そんな素直に礼が言えたら、苦労はねぇっての。

 そもそも何だいあいつ。あたし相手に怯まないなんて。やるじゃないのさ。

 フィアーナは良い息子を持ったね。っていやいや、認めてなんかいないんだからね。

 それにあの娘、馴れ馴れしいったらないよ。姐さんなんて、まぁ悪くはないね。

 

「うん、何か色々と葛藤してるね。風の姐さん」

「そうだな。これだけ表情に出る奴は、珍しいな」


 女神の顔は、赤くなったり顰めたりと、百面相をしている。ペスカと冬也は思う、この女神は嘘をつけないタイプだと。


「何だい! あたしの顔を見て、にやけるんじゃないわよ!」

「いや、姐さんって良い女神なんだなって思ってたの。可愛いね!」

「ば、馬鹿な事を言ってんじゃないわよ! 変な事を言うと、はったおすわよ」

「あんた、結構めんどくせぇ奴だな」 

「うっさわね、何がめんどくさいよ!」

「そんで姐さんは、なんであんな所に引き籠ってたんだよ」


 冬也の言葉で、女神の表情は途端に曇る。

 憂いた様な表情は、何を思い出したのか。そして表情は、少しずつ変化する。歯噛みをし、顔を引き攣らせ、終いに女神からは一切の笑顔が消える。

 そして女神は暫くの間、口を閉ざしてた。

 

 女神の硬い表情を察し、ペスカと冬也は口を噤んだ。

 女神の表情が意味するのは、事情を話す事を頑なに拒んだ山の神と、関連があるのだろう。大陸東部で起きる異変、それは邪神ロメリアの遺産の域を超えている。

 単なる邪神の復活とも、明らかに異なる規模に感じる。今はペスカ達の結界により、どうにか拡大を防いでる状態だが、既に広がった異変は大陸全土を侵しつつある。

 魔獣達に影響を及ぼし、やがては世界中に混乱を広げようとしている。


 そして目の前には、真相を知るだろう女神が一柱。数分間の沈黙の後、女神は静かに再び口を開く。

 

「私達は、嵌められたんだよ。反フィアーナ派の連中に」


 反フィアーナ派、ペスカと冬也が初めて聞く言葉であった。

 ゆっくりと女神の口から語られる言葉に、ペスカと冬也は世界で起きる真実を知る。 

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