第119話 魔法使いの戦い その2
かつてアンドロケイン大陸から訪れた二人の兄弟、兄クロノスと弟クラウスが、真っ向から向き合う。それは話し合い等の、穏やかな雰囲気では無い。命のやり取りが、始まろうとしていた。
闘志をむき出しに、マナを高める弟クラウス。無表情ながらも、圧倒的なマナを開放する兄クロノス。
最初に動いたのは、クラウスだった。
「光刃爆撃!」
数十の輝く刃がクロノスを襲う。クロノスは、魔法で障壁を張り、軽々と刃を防いだ。
続いて、クラウスが魔法を放つ。
「炎幕結界! 爆縮!」
炎がカーテンの様に、クロノスを包む。そして徐々に小さくなり、爆発を起こす。だがその爆発は、クロノスの障壁を打ち破る事は出来ず、傷一つ負わせる事が出来なかった。
「兄貴、守っているだけでは、私には勝てないぞ」
言葉を返す事は無く、クロノスはただ手を振り上げて、呪文を唱える。
「炎弾。光弾」
クロノスの周りに、数個の炎の塊と光の塊が現れる。そして炎の塊が、クラウスに向かって飛ぶ。炎の塊を、障壁を張ってクラウスが防ごうとした時に、クロノスが呟く様に唱える。
「霧散」
自らが放った炎の塊を犠牲に、クラウスの障壁を打ち消す。そして時間差でクラウスを、光の塊が襲う。クラウスは真横に跳躍し、間一髪で光の塊を避けると叫んだ。
「光刃乱舞!」
光の刃が、クロノスの周囲六ケ所に突き刺さる。続けて、クラウスは体勢を立て直しながら、呪文の詠唱を行った。
「戒めの鎖よ来たれ、邪なる者をここに封じよ」
六ケ所に突き刺さった刃から、光が放たれて繋がり、さながら魔法陣の様に輝く。その光は、クロノスの体とマナを封じた。
「まともな手段じゃ、兄貴には勝てないんでね。悪いけど封じさせてもらう」
クラウスは、体内のマナを一点に集中させる。
「流石の兄貴でも、障壁無しでこれを食らえば命が無いぞ」
数秒間の溜めを行った後、クラウスは呪文を唱える。
「大気よ、その身を焦がせ! 圧縮、圧縮! 極限まで縮め! 爆裂!」
クロノスを囲む光の中にある空気が、圧縮していく。縮みきった所で、力が一気に解き放たれ、爆発を起こした。爆発のエネルギーは外には広がらず、全てクロノスに力が引き寄せられていく。
六ケ所で囲まれた光の中は、爆発で起こった力の奔流が出来上がる。
だが、クラウスが命中を確信した時に、事は起こった。
ウグッと悲痛な声を上げて、クラウスは膝を突く。背中は大きく切り裂かれ、一気に血が吹き出す。
クラウスが振り向くと、そこにはクロノスが無傷のまま剣を持っていた。
「な、なんだ? 封じたはずだ」
魔法陣に閉じ込めたはずなのだ。マナを封じて防御手段を消した、体を封じて逃亡手段も消した。なのに、なぜ背後にクロノスがいるのか。
クラウスが魔法陣の方角を見やると、炭の様に固まった物体がある。それは、直ぐに崩れて消えうせる。
「まさか、身代わりでも使ったのか? いつの間に」
クラウスに一瞬の隙が生じる。その隙をクロノスは逃さずに、剣を振るう。鋭く降り下ろされる剣を、クラウスは後方に跳躍して避けた。しかし、剣先からは光が迸り、更にクラウスを襲う。
体を横に倒す様にし、ぎりぎりでクラウスは光の刃を避ける。ただ、クロノスの攻撃が一撃で終わるはずがない。
クラウスの痛む背中からは、血が流れ続けている。治療する間を与えない、クロノスの怒涛の攻撃が続く。
襲い来る光の刃のせいで、クラウスは呪文を唱えられない。流れる血と痛みは、クラウスの集中力を奪っていく。続けざまに振るわれる剣のせいで、クロノスの間合いに入れない。
クラウスは徐々に追い詰められていく。
圧倒的な力の差。そんな事は、もとより理解している。
冬也と勝負をした時、クラウスは自ら魔法を禁じた。そこには油断が有った。だから冬也に敗北した。だがクラウスは、ペスカの弟子の中でも一番の魔法の使い手である。まともに勝負をすれば、あのシグルドでさえも手を焼く使い手なのだ。
たかが背中の傷一つで、クラウスが諦めるはずがない。
クラウスは、クロノスとの距離を大きく取ると、障壁を張り飛んでくる光の刃を防いだ。そして、懐からアンプルらしき物を取り出した。
アンプルの頭部を割り飲み干すと、クラウスの背中から流れる血が止まる。そして、呪文を唱えた。
「地に伏せろ。その身の重みは千倍に!」
クラウスが重力を操り、反撃を仕掛ける。しかしクロノスは、たった一言だけ呟く。
「霧散」
クラウスの魔法は、再び消え伏す。
「毒に沈め! その身を中から焼き尽くせ!」
「霧散」
諦めずにクラウスが魔法を放つ。その魔法はクロノスによって、瞬間的に打ち消された。遠距離の攻撃手段は、クロノスに通じない。そう判断したのか、クラウスは素早く距離を縮めようと、足にマナを集めて床を踏みしめる。
「爆炎」
クラウスの動きを察した、クラウスは先手を取った。呟くと同時にクロノスの周囲に、大規模な爆発が巻き起こる。クラウスは、瞬間的に足に溜めたマナを使って、前方へ飛び出して爆発を避けた。
そのままクラウスは剣を抜き、クロノスに突っ込む。
しかし、爆炎が広がりクラウスを包んでいく。マナを纏わせた剣で炎を切り裂くと、クラウスはクロノスの目前に迫った。
クロノスは動じずに、クラウスの剣を受け止める。鉄がぶつかる甲高い音がする。剣と共に、纏わせたマナがぶつかり合い、光が飛び散る。
一歩も引けない剣戟での打ち合い。しかし、肉体での勝負すら、クロノスは力の差をみせる。
クロノスが降り下ろす剣の速さは、クラウスの反応速度を遥かに超えていた。肉体強化を強めて、ようやくクラスはクロノスの剣に対抗する。しかし埋めようのない地力の差は、如何ともしがたくクラウスを攻め立てる。そしてじりじりと、クラウスは押されていく。
追い詰められたクラウスは、無詠唱の魔法で一瞬の暗闇を作ると、懐に手を入れた。素早く薬瓶を数本取り出すと、床に投げつけて割る。次の瞬間、クラウスはクロノスと距離を取った。
そして、床に叩きつけられた薬瓶は、煙を出しながら蒸発した。
これは、クラウスが事前に用意していた、対抗手段の一つ。通常の魔法では、クロノスに打ち消されてしまう。その為、物理的な対抗手段を選んだ。
ラフィス石は、マナを大量に蓄積できる性質を持ち、魔法道具の燃料として使われる事が多い。重要なのは、ラフィス石の持つ二つ目の特徴である。
高温で融解すると液状となる、液状となったラフィス石は、空気に触れると霧状となり大気に溶け込む。
これは液状にしたラフィス石に、マナの状態異常を起こさせる魔法を加えた薬品。魔法が溶け込んだ大気を大量に吸い込むと、マナのコントロールが難しくなる。即ち、魔法の精度が極端に落ちる。
大気に溶け込んでいる為、魔法の発動を感知する事が難しい。気が付かず呼吸をしていると、自然と魔法が使えない状態になっていく。
まさに、魔法工学が盛んなエルラフィア王国ならではの、化学兵器である。
そして、少しずつではあるが、効果は表れる。クロノスの魔法構築速度が、遅れ始める。同時に威力も弱まっていく。
クラウスは瞬歩を使い、クロノスの周りを走り回る。威力と制度が落ちているクロノスの魔法は、素早く走るクラウスに当たらない。
狭域に威力を発揮する魔法は諦めて、クロノスは広範囲に影響を与える魔法を放つ。
だが、それはクラウスの思う壺でもあった。魔法を放てば当然、マナは体内から失われていく。クラウスは、マナの制御を失わせると同時に、大量消費を促したのだ。
クラウスは走り回りながら、懐からもう一つアンプルを取り出し、クロノスに投げつけた。クラウスが用意した、二つ目の対抗手段。これもエルラフィア王国ならではの、化学兵器である。
気化した魔法を、呼吸器官から体内に取り入れる事で、威力を発揮する。多く吸い込めば、筋肉の萎縮と筋力低下、言わばALSの様な症状を起こさせる。
ロメリアに感情を消され、戦う機械と化したクロノスは、気が付いていない。自分がじわじわと追い詰められている事を。
圧倒的な力の差を覆す、クラウスの反撃が始まった。
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