第94話 智将サムウェル

 ペスカは、女神メイロードと戦闘を繰り広げた後、疲れて寝息を立てている。明け方、空が目を覚ますと、ベッドに冬也の姿は無かった。室内を見渡すと、ソファーでうたた寝をしていた。

 もぞもぞとベッドから起き上がり、ソファーに近づこうとした時、冬也が目を覚ます。


「なんだ、空ちゃん。起きたのか?」

「な、何で? まさか、気が付いてたんですか?」

「気が付いてって、ペスカと入れ替わった事か?」

「そうですよ! マナで感知される事が無い、完璧な魔法でしたよ。いつ気が付いたんですか?」

「あ~、何て言うか。ペスカが嘘つく時は、大体目が泳ぐ。空ちゃんは、演技が上手過ぎだ」

「じゃあ、何で何も言わなかったですか?」

「だって、何か考えが有ったんだろ? 邪魔する訳にはいかねぇよ」

「あの、冬也さんは、ソファーで何してたんですか?」

「そりゃあ、いつでも乗り込める様に待ってたんだよ。無茶しやがって。ペスカの手に余る様なら、助けに行くつもりだった。でも終わったっぽいから、そのまま寝ちまった」


 空は溜息をついた。

 添い寝のチャンスを逃したのは、少し惜しい。しかし空とて、ペスカの事が心配でならなかった。

 前日、城から全員を退去させる為に、忙しなく走り回ったので非常に疲れていた。だから、うっかり寝てしまった。

 だが、冬也は違った。いつでも戦える様に準備し、待機していた。

 あの妹にして、この兄。遠い。とても遠い。

 存在の大きさを感じている空に、冬也から声がかかる。


「悪いんだけど、まだ眠いんだ。空ちゃん、ケーリアさん達に伝言頼めるか?」

「わかりました。全部終わったって言っときます。冬也さんは、ソファーじゃ無くて、ベッドで寝て下さい。邪魔しませんから」

「ありがとう。空ちゃん」


 空は走って部屋を出る。

 残された冬也は、ベッドに飛び込むなり、ポツリと呟いた。


「あの糞女神! 結界強化すんのは良いけど、俺まで締め出すんじゃねぇよ! ペスカに何かあったら、どう責任とるんだ!」


 ペスカと冬也はその日、昼過ぎまで目を覚ます事は無かった。

 

 ☆ ☆ ☆ 

 

 一方、グラスキルス王国の地下牢では、話し声がしていた。看守すらいない。そんな地下牢の奥には、たった一人が投獄されているだけ。しかし地下牢から、話し声が漏れていた。

 それは男女二人の声だった。


「以上が、各国の状況です。如何なさいますか?」

「そうだなぁ。そろそろ、陛下にも目を覚ましてもらうか」

「閣下はどうなされるのです? そろそろ、牢からお出になっては?」

「あぁ出してくれ。俺は西に向かう」

「閣下、危険すぎます! エルラフィアの精鋭ですら止められなかった、死者の軍で溢れております!」

「馬鹿かミーア! だから行くんじゃねぇか!」

「閣下。ならばせめて、我らをお連れ下さい!」

「駄目だ! 行くのは俺一人で充分だ! 湾岸二国に現れたのが、本当にペスカ殿の転生体なら、いずれこの国に来るだろう。お前等はペスカ殿の指揮下に入れ」

「畏まりました閣下。ならば、通信機をお忘れなく。閣下の窮地には、必ずは馳せ参じます!」

「それは、ペスカ殿の命令次第だな」


 ミーアが牢に近づき、呪文を唱える。すると牢が開く。そしてミーアと呼ばれた女性は、男の拘束を解いた。


「くれぐれもお気をつけ下さい、サムウェル閣下」

「あぁ。陛下にはビンタでも喰らわせとけ。それと今の情報は、エルラフィア王にも伝えてやれ」

「畏まりました。他は如何されますか?」

「モーリスとケーリアに、連絡が取れる様にしとけ。シュロスタイン側に配置した兵は、そのまま北の国境を塞がせろ。アーグニール側の兵は、ケーリアの傘下に入って、モンスター狩りだ。それと、メルドマリューネの情報を急がせろ!」

「北の大国ですか?」

「あそこの王は、ペスカ殿と並び立つ魔法の天才。神に洗脳される玉じゃねぇ! それに、野心に燃える王だ。小国の占領だけで、終わるとは思えねぇ。だから、国境沿いは警備強化だ」


 槍の名人として名高い、グラスキルス王国の将軍サムウェル。

 彼を人々は、女好きの怠け者と呼んだ。だが、彼を良く知る者は、違う渾名で呼ぶ。


 智将サムウェル。


 ラフィスフィア大陸に置いて、サムウェルは情報を制する者だった。そして、常に先を読む。こと戦争においては、進路妨害、兵站を途絶えさせる、偽情報で混乱させる、疫病を流行らせる等で、敵の混乱状態を容易く作り出す。

 戦の場では、長棒を持って相手を制圧する。 


 サムウェルを支えるのは、彼が育てた間諜部隊である。一人一人が、類まれなる力を持つ、一人当千の部隊。諜報能力、戦闘、魔法、全てに長け、どんな厳重な警戒の中でも、情報を持ち帰る。   

 サムウェルは、自身が投獄される際に、間諜部隊に兵達の洗脳解除を命じた。結果、約半分の兵が洗脳解除に成功した。洗脳解除した兵達は、国境沿いの街に潜めさせた。

 そして、あたかも神の洗脳が継続している様に見せかけて、機会を伺っていた。

 

「さぁ~て、人間の反撃開始って言いてぇが、俺も頑張らなきゃな。モーリス、ケーリア。お前等とはもう一度会いたかったが、そうも言ってらんねぇな」 


 サムウェルは、深く息を吐く様に呟く。拘束を解除したミーアは、サムウェルに彼の愛槍を手渡す。その槍は一度たりとも、戦場に持って行った事が無い。今まで飾られていただけの武器を、サムウェルは持って来させた。

 普段の戦場であれば、長棒で充分だと言い張る男。戦場で犠牲者を出さない様に知恵を絞る男が、最も手に馴染んだ武器を手にする。それは傍観を止め、立ち上がったサムウェルの、覚悟の現われであろう。

 

「後は頼んだぜぇ~」

「閣下のご帰還を、心からお待ちしております」

「無粋な事言ってんじゃねぇよ、ミーア。次の世でも、貴方のお傍にくらい言えねぇのか?」

「お戯れはお止め下さい、閣下」

「良いじゃねぇかよ、ミーア。最後くらい、愛してると言いやがれ!」

「私の最後は、閣下の傍でございます」

「くぁ~、痺れるねぇ! 流石、俺の愛した女だぜぇ」

「閣下の愛は、下町に溢れておりますが?」

「妬くな馬鹿!」


 軽口を叩き、サムウェルは地下牢を後にする。向かうのは、死者の国と化した大陸中央。命を掛けたサムウェルの、孤独な戦いが始まろうとしていた。

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