第92話 戦士の休息

 モンスターの大軍を蹴散らしたケーリアとペスカ達は、王都民から喝采を送られた。

 モンスターが王都を埋め尽くした時、誰もが死を想起させた。しかし、死の脅威は消え失せた。それは一時的な平和なのかもしれない。そして、自分達は勝利した。生きる事を勝ち取ったのだ。

 ペスカ達に送られた喝采は、勝利の喜びである。


 喝采を受けたペスカ達四人は、一様に疲れた表情を浮かべていた。食事もそこそこに、交代で仮眠を取るだけで、碌な睡眠も取らずに戦い続けて来たのだから。

 自分達が倒したモンスターは、進路上にいる奴らだけ。この国のあちこちで、モンスターの被害に遭っている人々がいる。まだ終わりではない。

 しかし、王都を囲む大軍を消滅させた事で、緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが込み上げて来た。

 結界を張り終えたペスカは、ケーリアに懇願する様に語りかける。


「ケーリア。悪いんだけど、部屋を三つ用意してくれない。ちょっと私たち休みたい」

「承知しました。直ぐに用意させます」


 ケーリアは二つ返事で了承し、官職達に指示を送る。直ぐに部屋は用意され、ペスカ達は部屋へと案内された。疲れが顕著に表れていたのは、空と翔一であろう。口を開く事なく、案内に従って歩いていく。

 空、翔一と順番に部屋に入っていく。そして残りの一部屋は、ペスカと冬也が入っていった。空と翔一は、連日の疲れのせいか、頭が働いていない。流石の冬也も、気にする余裕が無かった。


 部屋に入ると直ぐに、空と翔一はベッドに身を任せる。冬也も部屋に入るなり、ベッドに飛び込み直ぐに寝息を立て始める。そしてペスカは部屋に侵入防止の結界を張り、冬也に布団をかけるふりをして、同じベッドに潜り込んだ。

 これは策士ペスカがもぎ取った、小さなご褒美であった。


 同時にケーリアも、国王から休息を厳命されていた。軽い食事を取りながら、周りの従者達にあれこれと指示を送る。そして与えられた部屋に入り、ケーリアはベッドに身を預けた。

 気持ちが荒ぶり、とても眠れる気がしない。本来なら動くはずの無い体を、無理に動かし戦ったのだ。体の疲れは既に限界を超えている。

 ケーリアは次第に眠りに落ちていった。


 その後、ペスカ達は丸二日の間、眠っていた。

 過酷な戦いを強いられて来たのだから、仕方が無いかも知れない。

 王都に到着して四日目の朝、ベッドの上で目を覚ました空は、ぼ~っとし未だ覚醒しない頭を働かせていた。


 あれ? ここどこ?

 う~ん、そう言えば、頑張ってモンスターをやっつけて、ボコボコ道を車で走って、王都に着いて。そっか、王都に着いたら、部屋に案内されて、直ぐ寝ちゃったんだ~。

 でも、何か忘れてる気がするんだけど。ん? あれ?

 ペスカちゃん達は、どうしたのかな~? あれれ?

 いや、まさかね。まさかだけどね。


 ベッドから飛び出し、空は部屋を出る。そして、たまたま廊下を歩いていた官職を捉まえて、問いただす。


「あの! ペスカちゃん、いや、私の友人はどこにいるんですか?」


 慌てた表情の空を宥める様に、官職の男は問いに答えた。


「お目覚めになりましたか、お客人。お仲間は、隣の二部屋でまだお休みなさっている様です」

「あ、あの! 女の子がいましたよね! その子はどの部屋ですか?」

「ペスカ殿ですか? 確か兄上とご一緒に、部屋に入られたと聞いております」


 その時ようやく空は悟った。

 あの時の自分と翔一は、疲れて頭が働かなかった。まさか、そんな時を狙って来るとは思わなかった。確かにペスカの疲れもピークを超えてたはず。しかしその土壇場で、ペスカは勝ちをもぎ取った。

 それならば何で冬也は、一緒の部屋を拒まなかったのか。いや、あの男の事だ、何も考えてなかったのだろう。

 そして、同じベッドで寝ているのだ。


 添い寝とか、添い寝とか~! 私だって、あんな事とかそんな事とか、キャ~!


 空は冬也の腕の中で眠る自分を夢想し、少し顔を赤らめる。しかし、出し抜いたペスカには、叱らないと気が済まない。


 鉄拳制裁あるのみ!

 

 空は心の中で呟くと、力こぶを作りペスカの寝る部屋へ向かう。ペスカの部屋のノブを触ると、バチっと手が弾かれた。

 

「なっ! 結界? そこまでする~!」


 空は大声を上げて、戸を叩くが、何度叩いても戸を叩く音がしない。

 

「防音までしてるって訳~? 良いじゃない、ペスカちゃん。私を怒らせたら、どういう目に合うか教えてあげる。フフフフフフフフ!」


 ペスカ達の部屋の前で騒ぎ立てる空の周囲に、官職達が集まって来る。外が騒がしかったのか、翔一が目を擦りながら、部屋から出て来る。


「空ちゃん? 何してるんだい?」

「工藤先輩! 丁度良かった。この戸を破るの、手伝って下さい!」

「空ちゃん、物騒な事言わないで! 何が有ったの?」

「良いから早く! ペスカちゃんが冬也さんと添い寝で色々なんです~!」


 空の一言で、全てを察した翔一は頭を抱えた。


 面倒な事になった。空はヤンデレヒロインの様に、フフフと笑っている。自分では対処しきれない。

 頼む、冬也。早く目を覚ましてくれ。


 翔一はそう願いながらも、空に逆らえなかった。そして扉の結界を破る為の手伝いを始めた。


 一方その頃ペスカは、冬也にしがみつき、幸な顔で寝息を立てている。

 一番多くモンスターを屠り、マナを消費したペスカは、回復に時間を要する。冬也も多くの神気を使った為、ペスカ同様に回復に時間を要する。

 冬也はペスカを気にする事無く、ぐっすりと眠り目覚める様子は無い。


 ドンドンと戸を叩く音は、消音効果により部屋の内部には一切聞こえない。久しぶりの冬也との添い寝を、たっぷりとペスカは堪能していた。

 

「開けゴマ! 開け、開け~! あ~もう、何で開かないのよ~!」

「そ、空ちゃん、落ち着いて!」

「落ち着けって何言ってるんですか工藤先輩! 馬鹿なの?」 

「すみません・・・」

「何か良い案出してください。工藤先輩は知能だけが取り柄なんですから!」

「結構酷い事言ってない?」

「はぁ? 何か言いました?」

「いえ、何も・・・」

「早く頭と手を動かして下さい、工藤先輩!」

「はい、わかりました」

「そうだ工藤先輩! ライフル取ってきて下さい!」

「空ちゃん、流石にそれは!」

「何か文句でも有るんですか?」

「いいえ、何でもありません」


 戸を開くまで優に三時間以上もかかり、空と翔一部屋への侵入を果たす。そして血相を変えた空は、布団を引っぺがし、ペスカをベッドから引きずり落とす。

 ゴンっと鈍い音を立てて腰を打ち付け、ペスカは目を覚ます。だが依然として冬也は寝ていた。


「ペスカちゃん! 抜け駆けしない約束でしょ!」

「痛いよ! 何? 空ちゃん? 結界壊したの? 何してんの?」


 熱り立つ空に対し、ペスカは呑気に答えている。

 空はベッドからペスカを追い出すと、自分が冬也の横に滑り込む。その瞬間、我に返った様にペスカは目を覚まし、空をベッドから排除しようとする。


 こうして、冬也の添い寝をかけた、キャットファイトが始まった。

 翔一は関わるまいと、部屋を出ようとする。しかし部屋の中を覗き込む官職達で、戸の前が占拠されており出られない。

 ガヤガヤと喧しい部屋で、やっと冬也が目を覚ました。


「うっせぇぞ! 何してんだ!」


 冬也の鉄拳が、ペスカと空の頭に降り注ぐ。美少女二人は、頭を抱え部屋の中を転げまわった。

 

「翔一! お前がいるのに何騒いでんだ! 迷惑を考えろ! ちょっと来い!」


 部屋から逃げられずにいた翔一は、怖ず怖ずと冬也に近づく。そして傍観を決め込んでいた翔一にも、鉄拳が降り注いだ。翔一は痛さの余り、声を出す事が出来なかった。

 

 それから一時間、ペスカ、空、翔一は正座させられ、冬也の説教を喰らう。

 

「油断してる冬也さんが悪いです!」

「そうだよ! 私は悪くないよ!」

「冬也、僕は巻き込まれただけだよ」

「うるせえ! 黙れ!」

「はい!」

「ごめんなさい!」

「済まない冬也!」

「沢山の人に迷惑をかけたんだ、誤りなさい!」

「空ちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」

「ペスカちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした」

「この子達が迷惑をかけて、すみませんでした」


 冬也に叱られすっかり静かになった三人は、戸を覗き込んでいた官職達に頭を下げる。三人の言葉を聞けば、然程反省していないのがわかる。しかし国を救った者達に、感謝はすれど文句は言えまい。官職達は、恐れ多いとばかりに、恐縮していた。

 

「まぁその位で、良いのでは無いですか?」


 官職達で囲まれた、戸の後ろから優し気な声が聞こえる。官職達は振り向くと、直ぐに膝をつく。そして官職の一人が問いかけた。


「陛下、何故ここへ? それにケーリア将軍も」

「なにやら騒いでいると聞いてな」

「ペスカ殿が目を覚まされたのだろう?」


 急いで官職達は戸の付近から退き、国王とケーリアを部屋へと通す。そして、部屋の中へ入るなり、国王とケーリアは頭を下げ、ペスカ達に感謝の言葉を重ねた。


「この度は誠にありがとうございます、ペスカ殿達が駆けつけてくれなければ、死んでいたかもしれません」

「聞けば各町を巡り、住民達を救ってくれたとか、其方らには感謝の言葉も幾重に重ねても足りぬ」

「情報が早いですね。まぁ私達はやるべきことをやった迄ですよ」


 ペスカは立ち上がり、国王達に答える。立ち上がる際に、脚が痺れたふりをして冬也に抱き着く、チャッカリを忘れない、ペスカであった。


「出来れば詳しいお話を聞きたい所です。ここでは何ですから、食堂へお越しください。直ぐに食事を用意させます。陛下よろしいですね?」

「構わん。それとペスカ殿等は、何かと物入りだろう。せめてもの恩だ。必要な物は何でも用意してやると良い」

「畏まりました陛下。では、皆さまどうぞ」


 食堂に入り、各々が腰かける。

 食事の準備が整うまで、情報交換が始まった。ペスカはシュロスタイン王国やアーグニール王国でのこれまでの出来事や、邪神ロメリアの関与についてを話して聞かせる。

 国王からは、シュロスタイン側との通信が行われ、国王同士の会議が行われた事。戦場の混乱を治めたモーリスが残った兵を引き連れて、残ったモンスターを駆逐し始めている事を知らされた。

 しかし、グラスキルス王国とは通信が行えず、状況は分からないとの事だった。


 やがて、料理が運ばれてくる。何せ丸二日も寝ていたので、お腹が減っている。

 

 いきなりガツガツ食べるとお腹を壊すかも知れない、そう考えた料理長が出したのはスープであった。

 トマトをベースに、細切れの野菜を煮込んだスープ。味付けをシンプルにして野菜の味を引き出した、料理長の自信作である。お腹に染み渡り、体をじんわりと温めていく優しい味に、ペスカ達はほっこりと頬を緩めていく。


「ミネストローネみたいな味だな。うめぇな」

「うん。おなかに優しい味だね」

 

 続いてサラダやパンが出された後、肉料理へと移る。空腹であったせいか全員が完食し、満足げな笑みを浮かべていた。 


「では、ペスカ殿は直ぐに出立されると」

「ケーリア。あんたやモーリスがいてくれれば、シュロスタインやアーグニールはもう大丈夫でしょ? まだ嫌な予感がするんだよ。早く西に行かないと、手遅れになりそうな気がする」

「まぁあの糞野郎の事だ、何して来るかわかんねぇからな。あんた等、油断すんなよ!」

「わかっています、冬也殿。この国はお任せ下さい。モンスター掃討後、我等もグラスキルスへ馳せ参じます」

「ケーリア。助かるよ。でも無理はしない様にね」


 食事を終えたペスカは、ケーリアに兵站の補給を依頼する。それと、ガラス板数枚と魔石を数個用意させた。


「ペスカ、お前何作るんだ?」

「ん~。車の技術を応用した、モンスター感知器かな」

「何か手伝うか?」

「今はいい。でも明日一日、車の整備と調整をしたい。お兄ちゃんには、そっちを手伝って欲しいかな。出発は準備が整ってからにした方が良いかもね」


 部屋に戻ろうとするペスカの肩を、後ろからしっかり空が掴む。


「ペスカちゃん。冬也さんとは別の部屋ね。それか私と同じ部屋」

「嫌だ~! 兄妹の触れ合いを邪魔すんな~! それと残念ながら、部屋は余分に用意できませんでした~!」

「じゃあ、次は私と冬也さんが同室になる!」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! 兄妹ならまだしも、年頃の男女が同じ部屋は不味いだろ!」

「冬也さん。ペスカちゃんばっかりずるいです!」


 顔を真っ赤にして、空は憤りを示す。しかし、冬也は譲らない。

 

「取り敢えず今日は、みんな体を休める事! この後だって、しんどい事が続くんだからな」


 ペスカは、空に向けて舌を出して挑発する。空は沸騰したヤカンの様に、怒りを露にする。朝のキャットファイトが再び始まろうかと、ペスカと空は視線をぶつけ合わせる。

 翔一は今度こそ巻き込まれない様にと、無言で部屋に戻った。


「ペスカはちょっと来い! 空ちゃんは、ゆっくり体を休めるんだ。良いな!」


 ペスカが冬也に引きずられて、部屋に入ると空は独りになった。そしてこの一連の行動が、空の不満を募らせる事になる。

 兄妹だから許されるなんて不公平だ。ペスカばかりが優遇されて、自分はいつも蚊帳の外。冬也を守りたくて、ここに残ったのになんで一緒には居させてくれない。


 何でいつも、ペスカちゃんばっかり! 

 何で、私じゃ駄目なの?

 冬也さんの馬鹿!


 空の嫉妬は、高まっていた。隠れ潜む嫉妬の神でも気が付く程に。

 連日の生死をかけた戦いの中に、やっと訪れたひと時、戦士達の休息。しかし未だ闇が晴れない、ラフィスフィア大陸。これは、平和を取り戻す為に、ペスカがしかけた布石であった。

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