第77話 東方の三国

 ラフィスフィア大陸の東側に、国土を隣接する三国が有る。大陸東海岸沿いに面するシュロスタイン王国。同じく東海岸沿いに面し、シュロスタイン王国の南側にアーグニール王国。その二国の西側、両国に面する様に位置する、建てに長い国土を持つグラスキルス王国。

 

 この三国は、資源を巡って古くから対立を繰り返して来た。

 シュロスタイン王国とアーグニール王国は、大陸東側海域の漁業水域を巡って争いを繰り返す。海の無いグラスキルス王国は、大陸東側海域の漁業水域を狙う。逆にグラスキルス王国の持つ大きな鉱山を、湾岸二国が狙う。

 諍いの絶えなかった三国は、二十年前の悪夢をきっかけに不戦協定を結ぶ。それ以降二十年に渡り、この三国間で戦争は起きていなかった。

  

 そしてこの三国には、一人ずつ高名な将軍が存在する。

 シュロスタイン王国にはモーリス将軍。

 アーグニール王国には、ケーリア将軍。

 グラスキルス王国には、サムウェル将軍。

 その強さは一騎当千。彼の魔法は天を割き、刃は地を割る。その将軍達の存在が大きな抑止力となり、平和を維持していたと言っても過言ではない。


 そして混沌の神グレイドスに操られ、隣接した三国が帝国に攻め入った時、真っ先に動いたのは、この三人の将軍達だった。

 いずれ、混乱は東の地にも訪れる。戦争回避の為に動き始めた三人の将軍は、それぞれの国で反逆罪に問われ投獄された。

 そして抑止力の無くなった三国は、三つ巴の戦争状態に陥る。そして、たった数日で数千人死者を出す。それでも終わらない戦争の影響は、国中に広がっていく。

 東の三国は、今にも潰えようとしていた。

  

 ☆ ☆ ☆ 


「ゲートで来たのは良いけど、ここ何処だよペスカ?」

「知らないよ。エルラフィア王国じゃ無い事は確かだね」

「そうなのか?」


 見た事も無い風景に、ペスカでさえも首を傾げる。故郷であるエルラフィア王国の、海岸であれば直ぐにわかるであろう。ゲートから出で、直ぐに見た景色は海。そしてキャンピングカーは、海岸付近に降り立った。

 たったこれだけの情報で、現在地などわかりはしない。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。セリュシオネ様は、大陸各地の混乱を収めて欲しいって言ってたよね」

「言ってたな」

「それって、エルラフィア王国に着くまでの道中、全ての戦争を止めろって意味だったりして」

「まさか、んなこたぁねぇだろ。無茶振りにも程が有るぜ」

「でもさ、見た事ないんだよ。エルラフィアでこんな海岸」

「お前、意外と地理に詳しくねぇのか?」

「まぁ私の本分は、研究だからね。見た事が有る風景は、エルラフィアの周辺と、帝国周辺くらいかな」

「帝国には、海がねぇのか?」

「あるよ、南側にね。ただ、すっごく熱いんだよ。東南アジアみたいにね」

「そっか。じゃあ、こことは違うんだな」


 呑気な会話を繰り広げていても、ペスカは今いる場所の検討はついていた。先の話しに出た、ライン帝国の南方に面する海は、とても波が静かである。そして、数十キロにも渡り、長く続く砂浜は観光名所にもなっている。

 対してこの海岸は、見渡す限りの岸壁が続き、荒波が打ち付けている。ペスカの知識が確かなら、ここはアンドロケイン大陸のマールローネから、最短距離の場所。ラフィスフィア大陸の東海岸沿いである。


「うぉ~! ショートカットは、海だけか~! せめてもう少し情報ぷり~ず~!」

「五月蠅いよ、ペスカちゃん」

「空ちゃ~ん。だって~」

「なぁに、ペスカちゃん」

「これって丸投げだよね? 何がどうなってるか、自分達で調べて、対処しろって事だよね?」

「仕方無いよ、ペスカちゃん。何か月もかかるはず航路が、短縮出来たと思えば良いじゃない」

「まったく、女神様ってどうしてこう、中途半端に丸投げするかな。翔一君、とりま十キロ位でサーチかけて」

 

 一先ずペスカは、周囲の探索を翔一に指示する。翔一が車内の魔石をコントロールし、探知の能力で周囲のマナをスクリーンに映し出す。するとスクリーンには、青く点滅する光が集まってる場所が数か所ほど見つかる。


「ペスカ、この光の集まりは何だ?」

「この青い点滅は、多分集落だね。この数だと村だと思うよ」

「ペスカちゃん、もう少し距離を広げてみるかい?」

 

 翔一が尋ねると、ペスカは軽く頷く。翔一が探知の範囲を広げると、スクリーンには次々と、光の点が映し出される。現地点から南西方向に進むに連れ、光は青から赤に変わり、真っ赤な光の塊が映し出されている所が数か所ほど有った。

 ペスカは、少し考え込む様に腕を組んで、スクリーンを見つめている。そして翔一は、険しい表情で問いかけた。


「ペスカちゃん、どう思う?」

「間違いなく、赤の数か所は、戦争中だね。しかもかなり大規模だと思うよ!」

「マジかよペスカ! もう少し優しく兄ちゃんに教えてくれ」

「もぅ! しょうがないなぁ~。翔一君のサーチを利用して、マナの使用状況だけじゃ無くて、攻撃の意思を色でスクリーンに投影させてるんだよ。青が平和、赤が危険」

「じゃあこの紫色の集まりは?」

「そこそこ戦う気満々な人達の集まり!」

「お~。じゃあ青いのは、戦う意思が無い奴らの集まりって事か?」


 ペスカは冬也に向かって頷き、話しを続けた。


「翔一君には、広域でサーチして貰ったからね。今スクリーンに映ってるのは、ざっと百キロ位の広域マップかな」

「ペスカ。マップって地図っぽいの何もねぇぞ」

「良いんだよ。お兄ちゃんの癖に、細かい事気にしないの! ラフィスフィア大陸の地図を手に入れたら入力するもん!」


 ペスカ達は南西方面で一番近い青い光の集まりを目当てに、車を走らせる事に決めた。数キロ走らせると、海風の影響が薄れ始める。辺りは平野となり、段々と畑が見え始めた。

 しかし畑に近づくと、ペスカ達は明らかな違和感を感じる。作物は一様に枯れ果て、かなりの間手をかけられていない様子が見て取れる。


「お兄ちゃん。ちょっと止めて」


 ペスカが車から降りて、農作物や土の状況を確かめる様に歩き回る。


「ペスカ、何かわかったか?」

「うん。暫く手入れされて無い。それよりも、土地が汚染されかけてる」


 ペスカに続いて、冬也達も車から降りて周囲を見渡す。冬也は敏感に感じた。この辺りの空気が何か淀んだ感じがすると。疑問に思った空が、ペスカに問いかける。


「ねえ、ペスカちゃん。この辺りには、大地の神様はいないの?」

「いるよ。フィアーナって女神様が」

「それなのに、大地が汚染されてるってどういう事?」

「多分だけど、女神の加護が薄れているのと、グレイラスのせいだね」

  

 ペスカは空達に、想定される事態を聞かせた。

 東京で自分達を助ける為に、女神フィアーナは大きな力を使った。その為、女神フィアーナは神気を失い、ラフィスフィア大陸中から加護が薄れている可能性が有る。

 その上、混沌の神グレイラスの手によって、大規模な戦争が起きている。戦争で発生した悪意や恐怖が伝播し、国中の人々が恐慌状態に陥る。

 大きく二つの要因により、周囲のマナが淀み始め、作物を枯らせ、大地を汚染させた。


「このまま汚染が進むと、自然的なモンスター発生が起きるね」

「ちょっと待て、不味いだろそれ!」

「かなり不味いね」

「何とかならねぇのか」

「私が物理的にどうこう出来る次元じゃ無いよ」


 冬也が慌てて問いただすが、ペスカは首を横に振る。


「ペスカ、フィアーナさん呼び出すか?」

「お兄ちゃん。それじゃ根本的な解決にはならないんだよ」

「冬也。多分ペスカちゃんは、戦争を終わらせる事が一番の解決だって、言いたいじゃ無いかな?」

「ペスカちゃん。戦争を終わらせるって言っても、どうするの?」


 空の質問に答える前に、ペスカは少し咳払いをする。


「ここが大陸の東なら、頼れる人がいる! ウルトラレアクラスの凄い人!」

「ペスカちゃん。ソーシャルゲームじゃ無いんだから」

「うっさい、空ちゃん。お兄ちゃんなら判るよ。ウルトラレアは、シグルドクラスって事ね」

「おぅ。そいつは頼もしいな! 直ぐに会いに行こう!」

「お兄ちゃん、馬鹿なの? 大陸の東ならって言ったでしょ? まぁ、大陸の東で間違いないとは思うけどさ。先ずは、情報収集ね」


 再びペスカ達は、青い点滅の集合地点へ車を走らせる。そして数時間程で、集落に到着する、しかし集落の状態は、余り良いとは思えなかった。


 ただ、呆然と立ち尽くす男。地べたに突っ伏してる男。口を開け、空を仰いでいる女。膝を抱え蹲り震える子供達。集落の人々は、とても活発とは思えない。寧ろ精気が抜け、だらりとする姿が多く見られる。


「あ~。何だか酷いね」


 車から降りたペスカの呟きに、冬也達は頷いた。


「どうする? 俺が活を入れるか?」

「止めてお兄ちゃん! あの状況で神気を受けたら、みんな死んじゃう! 私に任せて!」


 ペスカは笑顔を浮かべた後、近くに落ちていた木の棒を拾い、クルクルとバトンの様に振り回し、クルリと回ってポーズを決めた。

 

「元気でろでろ、でろりんちょ!」


 光がペスカから飛び出し、村中を包み込む。人々からは、精気の抜けた様な表情から、やや活気を取り戻した様に見えた。立ち尽くしていた男は、我に返って歩き出す。空を仰いでいた女は、キョロキョロと辺りを見回している。子供達はゆっくりと立ちあがった。


「ペスカの魔法、すげぇな!」


 冬也は感想と共に、ペスカの頭を撫でる。しかし空と翔一の反応は、今ひとつだった。


「うゎ~、ペスカちゃん。それ魔法少女?」

「そうだね。ペスカちゃん流石に年齢、いでっ!」


 ペスカは俊敏な動きで、翔一にデコピンを食らわせる。余計な一言で、お仕置きを受けた翔一は、額を抑えて蹲った。


「どうだ! お兄ちゃん直伝のデコピンの味は! 乙女に年齢の事を言っちゃ駄目なんだよ!」

「ペスカちゃん。なんで僕だけ!」


 翔一は額を抑えて蹲る。冬也は翔一の肩を優しく叩いた。


「仕方ねぇよ。ペスカだし」

「冬也。意味が解らないよ」


 ただ間違いなく村人達には、多少精気が戻った様に見える。

 詳しい話しを聞くと、ほとんどの村人達が、数日まともな食事を取っていない事がわかる。多少は元気が戻ったと言っても表情が暗く、ふらついて歩く者が多いのはそのせいだろう。

 急いで冬也と空は麦粥を作り、村人達を集めて振舞った。麦粥を食べた村人達からは、僅かに体力が戻って来た様で、少しずつ笑顔を見せ始める。

 そしてペスカは、一人の女性から話を聞いていた。


「こんな辺境の村では、教えられる事は少ないわ」

「何か噂でも良いんだけど、知ってる事は教えて」

「そうね。モーリス将軍が捕らえられたって噂を聞いたわね」

「うそっ!」

「噂よ、噂。でもモーリス将軍がいれば、戦争は起きて無かったんじゃ無いかしら」


 女性の言葉に、ペスカの表情が強張った。モーリス将軍の名前で、現在地が明らかになる。ここはシュロスタイン王国。女性の話しでは、王国の北東に位置する村だという。

 また、村中の人々の気力が段々と失われていったのは、アーグニール王国、グラスキルス王国と三国間で戦争が起き始めてからだとも、女性は語っていた。

  

「ペスカ。まさか、モーリス将軍ってのが鬼強い人か?」

「そう。この国の将軍! まさか捕まってたなんて」

「どうする? 助け出すか?」

「そうだね、助け出そう。それで、戦争を止めてもらうの!」


 勢い良く拳を掲げるペスカに、翔一が質問する。


「その将軍って人が、戦争を起こしている張本人って可能性は無いのかい?」

「あの将軍に限って、有り得ないね」

「万が一その将軍に問題が無かったとして、それだけ影響力の有る人なのかい?」

「この国の将軍だよ。鬼強いんだよ。翔一君なら覇気だけで、おしっこ漏らすよ」

「漏らさないよ!」


 翔一はモーリス将軍の姿を幻視し、少し震える。

 

「兎に角、出発! 目指せ、王都!」


 食料配給の後片付けを済ませた空が合流し、皆が車に乗り込む。ペスカは村人から聞き出した王都の方角と、車のスクリーンに映る光の点を照らし合わせる。


「恐らく、この赤紫の塊が王都だね」

「ペスカ、地図は?」

「こんな寂れた村に、地図なんて大層な物無かったんだよ!」


 ペスカが手を払う様な仕草で冬也に答えると、冬也は仕方なく赤紫の塊に向けて車を走らせる。

 目指すは、シュロスタイン王国の王都。戦争終結に向けた、ペスカ達の冒険が始まった。

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