第68話 大陸に蔓延る不安の嵐

 エルラフィア王国に齎された報告は、王を始め大臣達を震撼させた。


「使者殿、もう一度問う。本当にミケルディアの王都が無くなっていたのか?」

「誠でございます。何が起きたのか、皆目見当もつきません」

「そちらの使者殿も同様か?」

「はい。我がショールケールの王都中心に、かなりの範囲が陥没し何も残っておりません」


 エルラフィア王国の攻め込んだ二つの小国。その名は、ミケルディアとショールケール。その二国の使者が、エルラフィア王の下に訪れていた。


 当時ミレーディア領に攻め入った二国の軍は、クラウス達の活躍により正気に戻され、本国に戻った。ただ、それぞれの兵達が本国に戻った時、既に事件は起きていた。

 王都に近づく毎に、周辺の町や村々が荒らされている。巨大な嵐に巻き込まれたと言った方が、妥当かもしれない。いずれにせよその被害は酷く、多くの住民が深い傷を負っている。


 この異変を見て、二国の兵達はそれぞれの王都へ急いだ。しかし、王都に辿り着く事は叶わなかった。王都の手前数十キロ近くから、台地は大きく陥没している。見渡す限りの荒野となっていた。


 ミケルディアとショールケールの国土は、日本と同程度の面積しか持たない。日本で例えるならば、東京都から千代田区を中心に周辺の六区が消滅し、更にその周辺の世田谷区や足立区等が壊滅状態、ほぼ東京二十三区が壊滅したと言っても過言では無い。

 

 施政者を失った両国では、不安に煽られ隣国に避難するか、野盗に身を落とす住民達が現れ始める。更に悪い事は続く。二国の北方を囲む様に存在する、魔道大国メルドマリューネが、大軍を持って国土の大半を占領していた。


 小国同士が小競り合いをした後に、連合してエルラフィア王国に攻め入ったのだ。例えそれが、邪神ロメリアの采配であったとしても、侵攻した事実には変わりがない。更には、戦争続きで疲弊している両国の軍に、魔道大国メルドマリューネの大軍を相手に出来る訳も無い。

 両国の軍は、成す術無く引き返し、エルラフィア王国に救援を求めた。そして国境沿いにあるミレーディア領で軍を待機させ、王都リューレへ使者を送った。


「其方らは、我が国に攻め入ったばかりであろう」

「我等の行為は、許されるものではありません。だが、何卒お力をお貸し下さい」


 エルラフィア王国の大臣が責め立て、二国の使者はただ頭を下げている。使者の訴えにを静かに聞いていたエルラフィア王は、大臣を諫める様に言い放つ。


「もう良い。我等は同じ神ロメリアの被害者だ。二国から避難民を受け入れる準備をせよ。メルドマリューネの思惑も知る必要が有る」


 エルラフィア王の言葉に、大臣は不服そうに返した。

 

「陛下、良いのですか? 余りに荒唐無稽な話ですぞ」

「いや、この者達の話しは真実だろう。考えても見よ。帝国には同盟三国が攻め入ったのだ。それにメルドマリューネの侵攻。何か別の意思が働いているとしか思えぬ」

「では陛下、王都中心が消滅した事はどうお考えで?」

「我等エルラフィアは、それだけの範囲を陥没させる超常の兵器は持っておらん。メルドマリューネとて同様だ。これは人間に行える事では無い!」


 エルラフィア王の言葉に、大臣が返す言葉を持っていなかった。


「使者殿。其方らの軍は、我がエルラフィアの傘下に入って貰う。そのまま、ミレーディア領軍と合流せよ! 其方らが荒らした領の指揮下に入るのだ。償いと思い励むが良い!」

「有難きお言葉、感謝に堪えません」

「有難きお言葉、痛み入ります」

「ミレーディア卿に伝令を送れ! 両国の兵と共にミケルディア、ショールケールを調査させよ! 怪我人は、その場で治療し我が国へ移送せよ! 両国の民は、わが国の民と同様に扱え! 同盟はまだ生きている、心せよ!」

「はっ!」


 エルラフィア王の命が、どれだけ重みが有るか。それは、使者達の流す涙からも容易に察する事が出来るだろう。

 他国の領土に侵攻し、都市を荒らしていったのだ。どれだけ頭では理解しようとしても、感情までは支配出来ない。特に被害を受けたミレーディア領の住民は、悪感情を持っているだろう。

 そんな状況下で、敵国ではなく同盟国として扱う。その民は、自国の民と同様に扱う。そんな事を簡単に言えるだろうか。寛大な対応に、使者達の涙は止まらない。


「帝国の情勢が危うい今は、メルドマリューネと事を構える余裕は無い! 無為な戦闘行為は控えよ! 民を優先に考えよ! 時が惜しい、行け!」

「はっ!」

 

 エルラフィア王の怒号が響き渡り、伝令が謁見室から走り去る。直ぐ後に、両国の使者が謁見室から立ち去った。

 

「陛下、メルドマリューネの思惑は、単に領土拡大でしょうか?」

「馬鹿者、問題はそこには無い」

「我等かメルドマリューネの何れかが、代理統治する必要が有ると仰るので?」

「違う。目的が代理統治なら、我等と変わらん。恐らくこの事態は神の采配だ。何が起こるかわからん。あの二国の様に、洗脳されているかもしれんのだ。くれぐれも用心する様に申し伝えよ」

「畏まりました陛下。しかしこの状況では他の国も同様に」

「可能性は高いだろうな。帝国の惨状を誰が予想した?」


 大臣の一人が頷く。エルラフィア王は更に話を続けた。


「恐らく大陸中が恐慌状態に陥っているのだ。今は何としても正確な情報が必要だ。間諜達には、情報収集を急がせろ。せめて東国の三将と連絡が取れれば、事態を打開出来るかもしれん」

「はっ」


 ラフィスフィア大陸には、大小合わせて十四の国が存在する。

 エルラフィア王国は、大陸でも南に位置する国だが、更に南には三国の小国が有る。この南の三国はエルラフィア王国の強い影響を受ける国々で、現在戦争の気配は無い。

 しかし北の小国のミケルディア、ショールケールは、エルラフィアに攻め入ったばかり。そして現在、メルドマリューネが小国二つを占領中である。

 エルラフィア王国の東に有るライン帝国には、隣国三国が攻め込んでいる。


 ラフィスフィア大陸の東側には、国土を互いに隣接しあう様に三国が存在する。この三国の情報は、まだエルラフィア王の下には届いていない。しかしいずれ届くであろうその情報は、エルラフィア首脳陣達の予想を超える惨状で有った。


 三つ巴の大戦争を繰り広げる三国は、たった数日で死者を数千人出した。戦争は激しさを増し、犠牲者は兵士だけに留まらず、多くの住民が死に国土は荒らされて行く。


 戦争はラフィスフィア大陸に留まらない。アンドロケイン大陸にも、戦争の予兆が見え始めている。ペスカ達がいるキャットピープルの国キャトロールと、隣国であるドッグピープルの国ドグラシア、魚人の国マールローネの三国間に、一触即発の空気が漂っていた。


 ☆ ☆ ☆

 

 ライン帝国のとある場所に、一人の女性が降り立った。女性は虹色に輝く球の様な物を手に、死体の中を歩き回る。ふと足を止め、一つの死体を見つめた。


「やっと見つけたと思ったら、もう朽ち始めてるね。これだけ輝く魂は久方ぶりだ。鍵の子達の知り合いならば、何とかしてあげようと思ったけどね。これでは、医療の神でも修復は難しいでしょう。取り敢えず、回収だけしておきますか。それにしてもアルキエルは、はしゃぎ過ぎだね。彼にはお仕置きが必要だね」 


 女性は独り言ちると、死体を抱え消え去った。

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