第52話 東京騒乱

 日が沈む頃、八王子山中で周囲数キロを巻き込む、謎の爆発が発生した。それと時を同じくする様に、意識混迷になる人々が大量発生した。TVでは喧しく緊急ニュースを叫びたて、東京中の至る所で救急車のサイレンが鳴り響く。緊急搬送される意識混濁者が、次々と運び込まれる各病院は、混乱を極めていた。


 高尾山の跡地上空には自衛隊のヘリが飛び、八王子市を始め東京都内、神奈川県、山梨県にかけて交通規制が敷かれる。高尾山を中心に周囲六キロが消し飛ばされており、瓦礫の山が築き上げられていた。しかし何の奇跡が起こったのか、爆発の影響での死亡者は出ておらず、瓦礫に埋もれながら救出を待ち焦がれていた。


 日が沈んでも、陸自や消防隊が人名救出に奔走し、救急車が緊急搬送を繰り替えす。警察は緊急出動し、交通網の整理で忙しなく動く。政府は緊急招集され、戦後未曾有の大混乱に対応すべく、対策チームを設立し慌ただしくしていた。

 正確な情報直ぐには把握出来ず、犠牲者の正確な数は発表されていなかった。ネット上では、爆発のうわさで持ち切りになり、一部では某国のミサイル攻撃デマまで飛び交っていた。

 

 首都圏の交通が規制されたせいで流通に著しい影響を及ぼし、翌朝以降の商業関連にダメージを与える。ニュースを見ていた人々は、こぞって近所のスーパーに買い溜めに走り、日本各地のスーパーマーケットの商品在庫が薄くなる事態を引き起こしていた。JRを始め首都圏各線が運休を決めた為、都内各所で帰宅難民が増え、駅を始め公共施設で夜を過ごす人が出始めていた。 

 

 東京を中心に混乱が日本中に広がる中、高尾山口周辺の瓦礫の下から一人の男が這い出して来る。


「くっそ~。身体中がいてえ。マジで死ぬかと思ったぜ」


 男は周囲を見渡すと、数時間前まで存在していた山は見事に消失しており、周囲は瓦礫だらけだった。


「かぁ~、こりゃひでえな! おい、いるんだろ? 出てきて色々教えてくれよ」


 男は何も無い空間に向かい話しかける。男が視線を向けた先に光が現れ、人型を成していく。人型になった光は、半透明なまま男に向かい話しかけた。


「久しぶりですね。遼太郎さん」

「おう、久しぶりフィアーナ。助けられたみてぇだな。ありがとう」

「構いませんよ。愛する人を助けるのは当然です」

「冬也達はどうなった?」

「あの子達は、ラフィスフィアに送りました。緊急だったので、場所の指定は出来ませんでしたが」


 女神フィアーナは爆発の直前にゲートを開き、ペスカ達四人を避難させていた。四人の安否を確認した遼太郎は、安堵する様に大きく息を吐く。


「爆発の影響でこの周辺は消し飛ばされてるけど、住民の命は助けたわよ。早く助けないと瓦礫に押しつぶされて死ぬ可能性はあるけど」


 フィアーナの独白に、遼太郎は目を見開いたが、直ぐに頭を下げる。


「助かったよ、すまんな。まさか結界を破る程、強い力の神がやって来るとはな」

「仕方無いわよ。それに人間があの力を止められる訳無いもの」


 フィアーナは周囲六キロに起きている現状と、住民の状況を遼太郎に伝えた。遼太郎は顔を青ざめさせながら、フィアーナの説明を聞いていた。


 遼太郎達の組織が結界を張っていたおかげで、被害が高尾中心六キロ程度に収まった事、結界が無かったら、関東全域から東北、東海にかけて消失する可能性が有った事も、フィアーナから説明を受けた。

 もし結界が無かったら、死者は甚大、首都機能の完全消滅等、日本はどうなっていただろう。遼太郎はフィアーナの言葉で、泡を吹いて倒れそうな程に頭を抱えた。

 遼太郎は嫌な予感を憶えて、フィアーナに問いかける。


「そもそも、途中で出て来た奴は何者だ?」

「ロメリアに執心のメイロードって女神よ」


 遼太郎はフィアーナの答えに、眉を吊り上げる。


「そんな奴が現れるのを、お前らは何で止めなかったんだ?」

「私を責めないでよ。メイロードは戦の神が見張っている予定だったのよ」

「それがどうして、来ちまったんだ?」

「知らないわ。多分あっちの神達も、困惑してるはずよ」


 自分に非は無く、むしろ助けたのだから感謝しろと言わんばかりに、フィアーナは鼻息を荒くする。これが神と人間の価値観の違いなのだ、遼太郎は再びため息をついた。

 

「もうロメリアとメイロードは、日本にいないから安心していいわよ」

「どこ行ったんだ?」

「ラフィスフィアよ。私が現れたのを見て逃げたみたい」

「じゃあ、ペスカがあぶねぇんじゃ?」

「大丈夫よ。冬也君が着いてるんだし」


 安堵やら不安やら、色々とかき混ぜた感情を持て余し、遼太郎はぐったりと仰向けに倒れた。倒れた遼太郎を覗き込む様にし、フィアーナが語りかける。


「それと、ロメリアのせいで変な力に目覚めた人達は、昏睡状態だと思うわよ。多分数日で目を覚ますし、目を覚ました後は、ロメリアの影響が消えて能力が消えてるだろうから、安心して頂戴」


 遼太郎は、もうこれ以上の面倒な情報は要らないとばかりに、ひらひらと手を振った。


「こんなに力を使ったの初めてだから、暫くは強い力は使えないわね。今はゲートを維持するので精一杯」

「だから実体化しないで、妙に薄いのか」


 フィアーナの言葉に、遼太郎は苦笑いする。


「そうなの。だから、あまり長くここにはいられないの。遼太郎さんも一緒に来る?」

「いや、ペスカ達は心配だけど、冬也がいるんだしな。俺は色々後始末しないと」


 フィアーナの提案に、遼太郎は首を横に振りながら答える。遼太郎の言葉を聞いて、少し寂しそうな笑顔を浮かべると、フィアーナは消えて行った。


「さてと、先ずは局員達を助けねぇと。報告もだな。くそっ、こんなのどうやって三島さんに報告しろって言うんだ。フィアーナを連れてって、説明して貰えば良かったかな」


 遼太郎は重い体を持ち上げ、ぶつぶつと呟きながら、同僚の救出を始めた。


 ☆ ☆ ☆

 

「お兄ちゃん、起きてお兄ちゃん、お兄ちゃんってば」


 激しく揺さぶられ冬也が目を覚ますと、覗き込む様なペスカの顔が近くに有った。


「おぉう。顔近いぞペスカ。って皆無事か? 空ちゃんは? 翔一は?」

「落ち着いてよ、皆無事だよ」


 冬也は慌てて起き上り周囲を確認する。空と翔一は、心配そうに冬也を見つめていた。


「冬也さん。ご無事で何よりです」

「冬也、目を覚まして良かった」


 冬也の意識が戻った事を確認すると、空は冬也に抱き着きペスカに睨まれる。翔一は少し引き攣った笑顔を浮かべていた。


「所でここ何処だ?」


 冬也が尋ねると、空と翔一は顔をしかめる。ペスカが少し困り顔で、冬也に答えた。


「ラフィスフィア大陸の何処かだよ。フィアーナ様が言ってた」

「うわ~、また戻って来ちまったのかよ」


 冬也はため息をつきながら呟いた。空は冬也から離れて、話しかける。


「ここが、冬也さんとペスカちゃんがいた異世界みたいですね」

「山にいたのに、気が付いたら平野に居れば実感せざるを得ないけどね」

 

 翔一の言葉に我に返った冬也は、もう一度周囲を見渡すと辺り一面が平野だった。

 

「ペスカ! 何が起きた? ロメリアの糞野郎と、途中で現れた糞野郎はどうした?」

「全部説明するから、ちょっと落ち着いて。チューするよ」


 ペスカの返答に後退った冬也を見て、ペスカが頬を膨らませる。そんなペスカの頭を、冬也は優しく撫でる。気を取り直したペスカは、説明を始めた。


 途中で現れたのは、異界の女神メイロードである。ペスカ達は、爆発直前でフィアーナによって、ゲートに放り込まれた。そもそも爆発前に、溢れたメイロードの神気によって、山は半壊していた。ペスカ達が山の半壊に巻き込まれなかったのは、冬也の神気がメイロードの神気と拮抗し、無自覚にペスカ達の周囲を守っていたからである。

  

「と言う訳で、半分はお兄ちゃん、もう半分はフィアーナ様に助けられたって事だよ。ありがと、お兄ちゃん。でもこれで完全に人間じゃ無くなったね」

「ペスカ! 俺は人間だ! 変な事言うんじゃねぇ!」


 空と翔一は苦笑いで二人の会話を見つめていた。


「あの糞野郎共はどこ行ったんだ?」


 冬也が夜叉のような面でペスカに問う。ペスカは少し顔を引きつらせて答えた。


「お兄ちゃん顔怖い、落ち着いて。知らないんだよ。爆発前にラフィスフィアに来ちゃったから」

「冬也、僕にもわからない。一応探知能力は健在だから、マナだっけ? マナの感知は出来るよ。でも、奴らの場所は特定出来ない」


 冬也はしかめっ面のまま、黙って俯く。冬也の表情を察した空が、背中に胸を押し当てる様に冬也を抱きしめる。


「冬也さん。取り敢えず移動しませんか。異界の神をやっつけるにしても、日本に帰るにしても、動かなきゃ事態は改善しません」

「そうだね。冬也、移動しよう。土地神様のおかげで能力が高まってるから、近くの街は分かるよ」


 冬也は空の頭を一撫でし、翔一に向かい頷く。ペスカだけは、面白く無さそうに舌打ちをしていた。


「ちっ、やっぱ乳か。でも、今回は許す」


 ペスカの言葉は誰にも伝わる事は無かった。そして四人は立ち上がり、歩き始める。新しい仲間を加えた、兄妹の異世界冒険が再び始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る