第24話 領民救出戦 その2

「はぁ? 分身じゃないかって? 反則だろそんなの」


 冬也とメルフィーは、互いの情報交換しつつ荷車を走らせていた。

 

「分身であれば制限があります。何より体を分けるのですから、力は分散します」

「分身をすればするほど、弱くなるって事か?」

「そうですね。しかし頭の切れるドルクが何故そんな事を。昔のドルクからは考えられませんが」 

「どういう事だ?」


 メルフィーは、過去の話しを掻い摘んで冬也に聞かせた。


 かつてメルフィーとセムスは、ドルクの研究助手だった。ドルクは優秀な魔法工学の研究者で、元々の研究は人間がマナを効率的に扱える様にする事だった。動物実験でモンスターが出来た時も、実験の中止を最初に決めたのはドルクだった。しかし、いつの日からドルクは、人が変わったかの様に、実験を繰り返した。そしてメルフィーとセムスは囚われ、実験の被害者になり姿をモンスターに変えられた。


「それをペスカは?」

「当然ご存知です。ペスカ様とドルクは、研究所内で良いライバルだったんですよ」

「何でそんな人が、こんな騒ぎを起こしたんだ?」

「ドルクの昔を知る我々に取っては、不可思議なんですよ。良いも悪いも真っ直ぐな人でしたから。こんな姑息な手を使う人物では無かったですし」


 ☆ ☆ ☆


 四万を超える避難民達は縦に並び、王都に向かって街道を進んでいた。その周囲に数百の騎馬隊がつき、周囲の牽制をしていた。騎馬隊を率いるのは、ペスカの叔父であるアルノー・フォン・メイザー。幾戦の戦いを潜り抜けて来た、古強者である。

 モンスターの数が数十体程度なら、守り切る事は容易かっただろう。ただ、どこからともなく現れたモンスターは、一気に避難民達を取り囲んだ。


 上空には一体の黒いドラゴンが、旋回している。そして増殖を続けるモンスターに対し、騎馬隊は果敢に応戦した。

 避難民を守りながら戦う事は、困難を強いられる。しかもモンスターは、次々に溢れて来る。必死の応戦も虚しく、戦う手段を持たぬ避難民達から傷つく者が現れる。そして、完全に取り囲まれた頃、上空を旋回していた黒いドラゴンが、モンスターに向かい指示を出した。


「そこまでですヨ、我が子達。こいつらは、糞メスをおびき寄せる餌です。さあ、待ちましょう。そして、目の前で蹂躙してあげるのデス」


 黒いドラゴンの命に従い、モンスターの軍勢は一斉に動きを止める。周囲を取り囲まれて、避難民達を動かす事が出来ない状況を作られている。モンスターが動きを止めた為、戦況は一時的な膠着状態となった。しかし圧倒的な危機である事に変わりはない。

 黒いドラゴンの指示で、再びモンスターが動き出せば、自らを盾にし避難民達を逃がす事さえ難しいだろう。


 しかしアルノーは、一つの策を講じていた。モンスターの大群に囲まれる前に、領都へ向けて早馬を送っていたのだ。既に領都からは離れ、甥であるシリウスとは連絡が取れていない。だがシリウスなら必ず、領都奪還に向けて兵を出すはず。そして、モンスターから領都を奪い返すはず。

 アルノーはそれを信じて待った。 


 だが時が経過するにつれて、兵達の中に焦燥感が募っていく。それは、避難民達にも伝播していく。寧ろ避難民達にとっては、恐怖でしかなかろう。恐怖が蔓延し始める中、上空のドラゴンは口元に笑みすら浮かべ悠々と旋回を続けていた。

 その状況を危惧した一人の将校が、アルノーに声をかけた。


「メイザー卿、如何致しましょう。このままでは全滅です」

「まて! あの化け物の言った言葉が本当なら、もうじきあの子が現れる。あの子が来れば状況は一変する。兵達に伝えよ! 領民は出来るだけ密集させて、我らは障壁を最大で張れ! でないと、我らがあの子の足を引っ張りかねん」


 モンスターは身構えたまま動かない。その間に、縦長に並んだ避難民達を出来るだけ密集させる。そして避難民の四方を騎馬隊で囲み、マナを結集させ障壁の最大展開を行った。

 黒いドラゴンは、ネズミ捕りの餌としか考えていないのだろうか、避難民達の移動や障壁展開に、一瞥もくれず領都の方角を見ていた。


「おや、遅い到着の様ですネ。待ちくたびれましたヨ」


 黒いドラゴンが呟くと、領都方面から雄叫びと共に砂塵が巻き上げられ、馬で駆ける少女が現れた。

 

「うぉ~! ペスカちゃん登場~!」


 ペスカは、馬を操りつつ避難民達の状況を確かめる。避難民達を覆う様に、障壁が幾重にも張られているのを確認すると呪文を唱えた。


「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 ペスカの放った呪文は、光を放ち大きな爆発を起こす。避難民達を取り囲んだモンスター達を尽く消し飛ばす。だが強烈な爆風は、避難民達を襲う。騎馬隊が張った障壁も完全に消し飛ばされた。


「少しは手加減しろ! こちらにも被害が出る所だったんだぞ」

「ごめ~ん。叔父様」


 アルノーは、ペスカに文句を言いつつも、安堵の表情を浮かべていた。モンスターは消え去った、後はペスカの邪魔にならない様に、住民を避難させればいい。

 しかし、それで安心するには、まだ早かった。


「茶番はお終いだ~! 糞メス~! 今からでも皆殺しにィ~」

 

 黒いドラゴンが、怒声を上げる。意趣返しとばかりに、先手を取ったペスカが気に食わなかったのだろう。しかも、モンスターは全滅している。


 そして黒いドラゴンが大きく口を開けると、約四万の避難民達を丸ごと覆うかの様な巨大な炎の球を作り出した。そんなものが降り注げば、全滅は確定であろう。

 すかさずペスカは、上空の炎の球に向け魔法を放った。


「胡散霧消だ! こんにゃろ~」


 炎の球は、跡形もなく消え失せる。黒いドラゴンは狼狽の色を隠せずにいたが、直ぐに魔法陣を構築しようと動き出す。街中での戦闘と同じ策を用いろうとしたのだろう。ペスカは動じず、構築されて行く魔法陣を打ち消した。


「同じ手が通じると思ってるの? おバカさんだね」


 ペスカに挑発され、黒いドラゴンの目は怒りに満ちていた。だがペスカには、ブレスが通じない、マナ封じも通じない。残されたのは、己の身を使った最大威力の攻撃しかあるまい。

 そして、黒いドラゴンは上空高くへ上昇していく。そして猛スピードで滑空した。ペスカへ体当たりを敢行しようと試みたのだろう。ただ、その攻撃はペスカに見切られていた。


「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 ドラゴンの身体近くで光が瞬くと爆発を起こし、ドラゴンは身体の半分以上を吹き飛ばされ墜落する。地面に叩き落される様に、激しい音を立て墜落したドラゴンは、のたうち回った後、力尽きる様に動かなくなった。


「やったのかペスカ?」

「叔父様、それフラグだよ。それより、叔父様は皆を連れて領都に戻って。話は後でね」

「わかった。詳しい話は後で聞かせてもらう。助かった、ありがとうペスカ」


 領軍が周囲を護衛する様に、避難民達が領都へ戻り始める。やがて、避難民達が全て去った所で、ペスカがゆっくりとドラゴンに向け話しかけた。


「ねぇ。そろそろ起きたら? 死体で遊んで、何がそんなに楽しいの?」


 ドラゴンは、身体の半分以上も失ったはずにも拘わらず、ゆっくりとその身を持ち上げた。

 

「いいから出てきなよ。それとも仮にも神の一柱が、小娘相手にびびってる訳?」


 ペスカが目じりを険しく釣り上げ、ドラゴンに向けて言い放つ。するとドラゴンの横から、全身を光で覆われ、大きな翼を背に生やした少年が姿を現した。そして少年は手を翳し、簡単にドラゴンを消滅させた。


「良いね。良いよ。相変わらず君は面白い」

「相変わらず悪趣味な奴ね、邪神ロメリア様」

「そうとも。君は僕の好物を知っているだろ。恐怖に悪意に嫉妬。特に人が死に瀕した時の恐怖は、格別な味だよ。それに、君の嫌悪も堪らないね。ゾクゾクするよ」

「悪戯は止めて欲しいんだけど。殺すよ」

「ハハハ! 人間ごときに何が出来るんだい? あいつに何を吹き込まれたか知らないけど。転生した位で僕を倒せるって? 面白いよ。君はそんな冗談が言える様になったのかい?」


 ペスカが目じりを吊り上げて、邪神を睨む。そしてペスカの身体から、膨大なマナが膨れ上がる。憤激の熱い涙を絞る様に、ペスカは邪神を糾弾する。


「ドルクを操って薬を作らせて、死んだ後も弄んで! あいつはむかつく奴だったけど、研究一途な馬鹿だった。決して非人道的な行為を許す男じゃ無かった!」

「彼の君へ対する妬みの感情は、とても操り安かった。前回も今回も、神の手駒として活躍出来たんだ。誉じゃないのかな」

「いっぱい殺して、いっぱい迷惑かけて、いい加減しろ!」

「ハハハ! それが僕の存在意義だよ」

「許さない! ドルクの恨み、殺された人達の恨み、ここで晴らしてやる」

「やれるもんなら、やってみなよ小娘」

 

 ペスカの眼には殺気が籠る。ペスカの身体から、憤怒の念が噴出する様に膨大なマナが噴き出した。

 

「貫け、神殺しの槍! ロンギヌス!」


 ペスカが呪文を唱えると、上空に大きな槍が現れる。そして、目もくらむ様な速さで邪神へ向かって突き進む。邪神は避けようせず、そのまま突き刺さり、その体を真っ二つに両断した。

 だが、二つに両断された邪神は、そのままの姿で話し始めた。


「良いね。その怒り狂った感情。それが見たかった。美味しいよ。とても美味しい」


 ペスカが再び呪文を唱え、何本も槍を作り出し全て邪神にぶつける。そして邪神は全ての槍を受け、散り散りに砕け飛んだ。辺り一面は槍の余波で、大きなクレーターを幾つも作っていた。

 だが、それで終わりにはならない。相手はまごう事なく、神なのだから。


「ハハハ! それでお終いかい?」


 邪神の声が聞こえると、散り散りに砕け飛んだはずの身体は、光と共に集まり元の身体を作り出した。ペスカは当たり散らす様に、何度も魔法で槍を作り攻撃する。しかし、邪神は両断されようと、砕かれようと、元の身体を作り出した。


「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなぁ!」


 ペスカは唇を噛みしめていたのか、血が流れている。そして、瞳には涙が滲んでいる。どれだけ攻撃をしても神には届かない。どれだけ力を尽くしても、犠牲になった人達の恨みは晴らせない。それがどれ程に無念か。

 二十年前の悪夢。それは、史上稀に見る大災害である。そして、その元凶はいま目の前にいる。この時の為に転生し、異世界である地球へと転移までしたのだ。

 これで終わりになんてさせない、あのふざけた笑みを壊してやる!


「時空を超えて来たれ、破壊者よ! 世界を壊す禁忌の力よ! 我が下に現れ、我が敵を討て、ツァーリ・ボンバ!」


 ペスカのマナが、これまでに無い程に上昇していく。そして呪文の詠唱に合わせて、邪神を包む様に結界が張り巡らされる。しかし詠唱が終わっても、魔法が発動する事はなかった。


「流石にその魔法は、消させてもらったよ。まぁね、多少くらった所で、大して痛くはないけどさ」


 かつて旧ソビエト連邦が開発した、世界一の爆弾。その破壊力を参考にしてイメージした、最大級の火力を誇る大魔法。それすらも、邪神には通用しなかった。

 ペスカはその身を震わせていた。怒り、絶望、恨み、様々な念がペスカの中に渦巻いていた。


「悔しそうだね。あぁ楽しいね。君と遊ぶのは楽しいよ。だが、もう時間の様だ」


 邪神の言葉につられて、ペスカは背後に視線を送る。すると、自分を呼ぶ声と共に、荷車が速度を上げて走り寄って来るのが見えた。


「あのお友達には、ちょっと面倒臭いのが張り付いてるからね。君と遊ぶのはまた今度にしておくよ」


 邪神はそう呟くと姿を消した。そしてペスカは唇を噛みしめ、涙を滲ませながら地面に拳を叩きつけた。

 ペスカの下に荷車が到着すると、慌てた様に冬也が降りて来る。そしてペスカは、両目から滂沱の涙を流し、冬也にしがみついた。


「おに゛~ちゃん。おに゛~ちゃ~ん」


 泣きじゃくるペスカを優しく抱きしめ、冬也は問いかける。


「大丈夫だペスカ。どうしたんだ?」


「わだじ~。みんなのガダキ取れなかった~。あいづ、だおせなかった~。ごめなさい。ごめなさい。ごめなさい」


「良いんだペスカ。良いんだよペスカ」


 冬也はきつくペスカを抱きしめた。ペスカは、いつまでも泣きじゃくり冬也から離れようとしなかった。

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