第10話 街散策と便利道具

 ペスカによる冬也の特訓が行われて、数日が経過した。

クラウスやシルビア夫婦は、それぞれ忙しく、あちこちを飛び回っており、邸宅に戻る事は珍しかった。その為、ここ数日の食事は、ペスカと冬也の二人で取る事が多かった。しかしこの日の朝食は珍しく、夫妻と共に食事をする事になった。


「えっ。ペスカは本当に貴族だったのか?」


 今までの説明を全く信じていなかったのか、冬也は驚きの声を上げる。クラウスは呆れる様子もなく、冬也の馬鹿な質問にも丁寧に答えていった。


「はい。ペスカ様は、前ルクスフィア伯の三女としてお生まれになり、メイザー伯の養女となられました」

「じゃあ、クラウスさんとペスカは、兄妹とか?」

「ペスカ様と兄妹などと、恐れ多い事であります。それにペスカ様は人族、私はエルフで種族が違います」

「種族? 結局、クラウスさんは、何者なんだ?」

「私は、ペスカ様の配下として、研究のお手伝いをさせて頂いてました」

「よくわかんねぇけど、ペスカの手下って事か?」

「そうです。ペスカ様の実のご両親である、先代ルクスフィア伯がお亡くなりになられた後、ルクスフィア領主を拝命し、家名をルクスフィアに改めてました」


 冬也は次に、シルビアへ視線を向けて質問をする。シルビアは、穏やかな口調で冬也に答えた。


「それじゃあ、シルビアさんは、ペスカとどういう関係だ?」

「私は、ペスカ様付きの侍女をやってたのよ。私の実家は、代々メイザー伯に支えていたの。その関係で、ペスカ様の侍女になったってわけ」


 説明をするシルビアに、ペスカの視線が突き刺さる。余り余計な事を話すなと言わんばかりの視線を受けて、シルビアは言葉を噤む。だが冬也は、意も介さず質問を続けた。


「ところで、クラウスさんが言ってた、研究って何だ?」

「それは多岐にわたります。主な物は、魔法の研究と、それを応用した産業でしょう。工場だけでよろしければ、ご見学なさいますか?」


 魔法の工場、それも過去のペスカが残した業績である。冬也は興味が湧き、少し目を輝かせた。


「良いのか? なあ、ペスカ。見に行こうぜ」

「まぁいっか。今日の予定は工場見学! クラウス、連絡よろしくね」

「かしこまりました」


 ペスカは微笑を浮かべて、クラウスに指示を出す。冬也は、かしづくクラウスとシルビアの姿を見て、少しため息を吐く様に呟いた。


「お前って、本当にお嬢様だったんだな。全然そうは見えねぇけど」

「お兄ちゃんってば、何を今更。私って偉いんだよ。だからもう少し、丁寧に扱ってくれても。あぅ」

「調子に乗んな」


 ペスカが冬也に頬をつねられて、会話が終わる。そして皆が朝食を食べ進める。朝食が終わると直ぐに、ペスカと冬也は工場に向う事にした。


「ペスカ様、私は同行出来かねます。ご訪問の連絡は入れております。ごゆるりと、ご見学なさって下さい」

「ありがとうクラウス。じゃあ、行ってくるね~」

「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 クラウスを始め、沢山の執事やメイド達に見送られ、ペスカと冬也は屋敷を出る。ペスカは気にも留めない様子だが、冬也は気恥ずかしさを感じていた。


「兄ちゃん。こんな大勢に見送られるのは、なんか嫌だぞ」

「護衛が付くよりましだよ。お兄ちゃんは、バリバリの庶民だしね~」


 ペスカは、既に観光案内しようと意気込んでおり、冬也の手を引いて先導する。そして二人は、街中をゆっくりと歩いていった。


「え~、右に見えますのは、ルクスフィア名物、魔法道具店でございます。生活に役立つ道具を、各種取り揃えております」

「へぇ~、すげ~な。ほんとに売ってんだな。なんか、家電屋みたいだな」


 ペスカが指さす方向には、競う様に店舗が立ち並んでいた。店先には、多種の生活雑貨らしき物が並べられ、多くの客で賑わいを見せていた。

 さながら量販店が並ぶ通りと言ったところだろうか。店舗により若干の個性は有るものの、主な品揃えは日用品が多い。

 デパートよりも、バザールと呼んだ方が近いだろうか。賑わい自体は、日本と異世界は然程の変わりは無い。


 物珍しさに興味を引かれ、冬也はキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。そして魔法道具通りを抜けると、再びペスカのガイドが始まる。


「さて、左に見えますのは、領内で最も行列が出来る、菓子店でございます。ルクスフィアを始め、各地から取り寄せた、お菓子が並んでおります。お土産に一つ如何でしょう?」


 ペスカが指さしたのは、ひと際幅の広い平屋の店舗である。そこは魔法道具通りに引けを取らない、活気に溢れていた。ペスカが言うには、この街は交通の要所らしく、各地の名産が多く流通しているらしい。


「次に見えて来ますのは。うにゃ」

「それはもう良いって、ガイドさん。それより、ここが何なのか教えてくれよ」


 然程、物事に頓着が無い冬也でも、中世風の街並みと流通商品の多さに違和感を感じる。ペスカは、つねられた頬を擦りながら、少しむくれた様子で説明を始めた。


「仕方ない。じゃあ地理のお勉強ね。良いですか冬也君!」

「お、おう。先生?」

「ここは、ラフィスフィア大陸の南西に位置する、エルラフィア王国と言います」

「ほうほう、それで?」

「エルラフィア王国の王都リューレより南に、このルクスフィア領があります」

「ふ~ん。それで?」

「王都リューレの南西から、ルクスフィア領に隣り合う様に、メイザー領があります」

「ふ~ん、そっか」

「お兄ちゃん。理解してる?」

「いや、全くわかんねぇ」


 あっけらかんと答える冬也。質問に答えただけにも関わらず、興味が無いのか冬也は理解を示そうとしない。決してIQが低くは無いのだ。冬也は、一度に沢山の事を覚えるのが、面倒なだけなのだ。

 そんな冬也を、ペスカは深い溜息をついて見やる。


「せっかく教えてあげたのにさ。お兄ちゃんの残念脳」

「そう言われてもなぁ。何か有名なのって無いのか?」

「エルラフィア王国は、魔法工学が有名だね。特にメイザーとルクスフィアは、私の影響が一番大きい領地だし」

「ペスカ、そもそも魔法工学ってのは何だ?」

「魔法工学は、魔法の応用したものづくりの研究だよ。さっき売られてた道具の基本は、ほとんど私が発明したんだよ」

「すげ~な、ペスカ。他には何やったんだよ?」

「農林業や畜産業の育成をしたり、インフラ整備や都市開発に、関わったりもしたね。因みにこのレンガ造りの街並みは、私の設計だからね」

「すげ~なお前。天才か?」

「やっとわかった? ねぇ、撫でても良いよ」


 のんびりと店や街並を眺めながら散策しつつ、ゆっくりと歩くペスカと冬也。暫くすると、かなり大きなレンガ造りの建物が見えてくる。


「あれが、目的地だよ。あの工場は、伯爵家のお抱え商人達が、共同で運営してるの」


 工場に着くと、既に入り口に老紳士が待ち構えていた。


「ルクスフィア卿から連絡を頂いております。こちらへどうぞ」


 老紳士に案内されて中に入ると、大勢の人達が作業を行っているのが見えた。

 老紳士の説明では、この工場は国内でも数える程の規模を誇り、魔法道具の開発から生産まで、一括で作業を行っている。そして、この街で暮らす男達の大半は、この工場で労働をしているらしい。


「手前に見えるのは、道具の組み立て。奥に見えるのは魔石の作成になります」


 工場見学が開始し、老紳士が淡々と説明をしていく。最初に案内されたのは、魔法道具の核となる魔石精製の現場であった。


 主に使用される材料は、ラフィスフィア大陸で採れる、特殊な鉱石であるラフィス石である。この鉱石はマナを蓄える性質を持つ為、動力源として用いられる。ただし、単なる燃料として使用する事はない。

 鉱石自体に直接魔法をかけて加工する事で、半永久的に鉱石に封じた魔法を使用する事が出来る。即ち魔法が苦手でも、マナの補充さえ出来れば、魔法と同じ効果を得られる代物である。

 この原理こそが、魔法工学を語る上で、最重要な事項である。様々な魔法を封じた鉱石は、用途に応じた道具の動力に利用される。


「魔法を溜める、電池みたいなもんか?」

「とりあえずお兄ちゃんは、その理解で良いよ」


 続いて制作している製品の説明に移る。紹介されたのは、料理用の加熱器、保冷用の貯蔵庫、室温調節機、中には据え置きの通信機も有った。

 そもそも冬也は、魔法を使う事から、ファンタジー感に溢れた物を想像していた。しかし紹介された製品を、見て思わず呟いた。


「IHに冷蔵庫、エアコン、電話って感じか。思ったより違和感がねぇな。それに生活用品が多いな」

「発想自体がほとんど同じだから、外見は似通うよ。ここで作ってるのは、主に生活用品だけど、王都では兵器工場もあるよ」

「どの世界でも、人間のやる事は、変わらないって事か」

「科学の進歩と同じだよ。本当は、生活を豊かにする為に発明したのにさ」


 最後に老紳士が案内したのは、試作工房だった。


「現在こちらでは、馬を使わない、自動運転の馬車を開発中です」

「車か? ガソリンを使わずに、マナで走るのか?」

「なかなか察しが良くなって来たじゃない。流石お兄ちゃん」


 冬也が驚きの声を上げると、ペスカが笑みを浮かべた。はしゃぐ二人の様子を特に気にせず、老紳士は淡々と説明を行う。


「念の為、補足致します。一人用の物は、既に実用化されております。現在は、大型且つ誰でも使える様な物を、開発しております。本日のご案内は以上となります。お疲れ様でした」 


 全部自分の発明だと、胸を張り笑い声を上げるペスカを尻目に、淡々と案内は終了した。


 ☆ ☆ ☆


 その夜、屋敷の一室に、ペスカとルクスフィア夫妻が集まっていた。静まり返る部屋の中で、クラウスが話し始める。


「そろそろ出発なさるのですね。ペスカ様のご帰還と同時期に、モンスターの発生件数が、増大している様です。護衛の件は、ご再考頂けないでしょうか?」

「嫌だよ。せっかくのお兄ちゃんと二人旅なのに、邪魔しないでよ」

「ペスカ様は、冬也君が大好きですものね」


 クラウスの提案を、素気無く断るペスカ。それを茶化すシルビア。シルビアは理解していた、ブラコンとも言えるペスカが、護衛を付けるはずがない事を。

 しかし、そんなシルビアの態度に、クラウスは眉を吊り上げて声を張り上げる。


「シルビア! そう言う問題では無いぞ! ペスカ様に万が一の事が有ればどうする!」


 クラウスは、ペスカの身を案じている。対してペスカは、冬也との二人旅を邪魔されたくない。


「そんなに言うなら、お兄ちゃんをテストしてみなよ」

「てすと、とは?」

「お兄ちゃんとクラウスが試合して、見極めろって事。自分の目で確かめれば、納得するでしょ」

「お言葉ですが、ペスカ様。彼では、私と勝負にはなりません」

「クラウス。あまりお兄ちゃんを、甘く見ない方が良いよ。言っておくけど、ボコられるのは、クラウスだからね」


 クラウスが肩を落とし、ペスカがニヤリと笑う。シルビアがそれを見てフフフと微笑む。

 冬也に面倒なイベントが降りかかろうとしていた。

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