第21章 羊皮紙は人生の重さ 2


 大隊長は俺に空いている椅子に座るように身振りで示すと、扉の近くに控えた。

 俺は椅子に座る前に、セウェルス帝に頭を下げる。


「傷の具合は、どうだ?」


 セウェルス帝が静かな声で、尋ねる。


「かなり痛みますが、動けないほどではありません」

 俺が正直に答えると、セウェルス帝は「そうか」と頷いた。


「正直者だな。わしは、正直者は嫌いではない」


 セウェルス帝はにこりともせず告げると、言葉を次いだ。


「では、用件は手短に済まそう。アルビヌスの企みについては、この者達から、既に聞いておる。おぬしを呼んだ理由は、褒美ほうびを取らせたいと思ってな。そこの娘が主張するのだ。今回の陰謀を防いだ一番の功労者は、おぬしだとな。信賞必罰しんしょうひつばつは、わしの主義とするところだ」


 俺は驚いてアマリアを見た。アマリアは余所行よそゆきの澄ました顔をしていたが、俺の視線に気づくと、咲き誇る花のような笑顔を見せた。


 アマリアの性格だ。真っ向からセウェルス帝に要求したのだろう。アマリアには、セウェルス帝の威厳も役に立たないらしかった。


「レプティス・マグナで殺人犯に間違われて以来、苦労続きだったのだもの。陰謀を阻止したのだから、褒美をいただいても罰は当たらないでしょう?」


 苦労の大半は、アマリアの護衛を引き受けたせいだが。しかし、皇帝の前で言う台詞じゃない。俺は沈黙を保った。


「ルキウス・トラトス。おぬしにローマ市民権を与える」


 セウェルス帝が軽く手を上げると、壁際に控えていた書記の一人が俺に歩み寄り、一枚の羊皮紙を差し出す。


 俺は関節が錆付さびついた老人みたいに、ぎくしゃくとした動きで、羊皮紙を受け取った。


 上質の羊皮紙は、布のように柔らかく、軽い。

 だが、俺には、銀貨が詰まった木箱より重かった。


 死んだ親父が一生を懸けて得ようとしていたローマ市民権。軍人の道を選ばなかった俺が、最初から諦めていた人生の勲章くんしょう

 それが今、己の手の中にあるとは、にわかに信じられなかった。


 目頭が熱くなる。だが、人前で泣くなんて、みっともない真似は、絶対に御免だ。俺は唇を噛み締めて、涙をこらえた。

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