第19章 銀は血に濡れて 2
傷の男の狙いは、俺ではなかった。俺が乗る馬の首元にグラディウスが突き刺さる。刃が抜かれると同時に噴水のように血が吹き出した。
悲痛ないななきを上げた馬が前脚を蹴り上げ、
「
俺を蹄に掛けようと、男がぐいっと手綱を引いて、馬を竿立ちにさせる。俺は転がって蹄を避けた。空振りした蹄が、街道の石畳に当たり、固い音を響かせる。
傷の男が、グラディウスを振り下ろす。体重が乗った鋭い刃が、風を斬って俺に迫る。
俺はグラディウスで刃を受け止めると、渾身の力で押し返した。落馬しないよう、絶えず両足で鞍と馬の背を挟んでおかなければならない馬上と異なり、地面の上なら踏ん張りが利く。
案の定、傷の男がわずかに体勢を崩した。その隙を逃さず、俺は後ろに飛びすさった。男達に背を向け、街道を先に進んでいた荷馬車を追いかける。
グラディウスを持った男達に背を向けるなど、自殺行為に等しいが、このまま戦っていて、勝ち目があるとは思えない。
幸い、荷馬車とは、まだ何パッススも離れていない。俺はグラディウスを肩に担いで走った。どうやら、アマリアが荷馬車の前を走って進行を妨害していたらしい。
「大人しく馬車を停めて降伏なさい!」
御者に警告するアマリアの厳しい声が聞こえる。放っておいたら、そのうち、御者台に飛び乗って、力づくで荷馬車を奪いそうだ。
俺が荷馬車へ駆け寄る間にも、背後から蹄の音が迫ってくる。背中が泡立つような嫌な予感を覚えて、俺は振り返る間もなく横に跳んだ。
一瞬の後、先ほどまで俺がいた空間をグラディウスが
俺は素早く立ち上がると、荷台の縁に手をかけ、平らに積まれた木箱の上によじ登った。アマリアが木箱を固定する荒縄を切っていたが、石畳のようにきっちり積み上げられた木箱は、俺が乗っても崩れる心配はなさそうだ。
「気をつけろ! 男が荷台へ乗ったぞ!」
ガラガラと響く
俺は急いで木箱の上を走り、御者台へと向かった。後ろを確認するために振り向いた御者の横っ面を、蹴り飛ばす。
目を回した御者が、台から滑り落ち、街道の石畳に投げ出される。
「私のための席を空けるだなんて、意外に気が利くのね」
馬を華麗に操り、御者の身体をひょいと避けたアマリアが、軽口を叩く。命の危険に
「お嬢様、お手をどうぞ、ってわけにはいかないが、怒るなよ」
御者を失った二頭の馬が、途端にてんでばらばらに走り出そうとする。俺は御者が放り出した手綱を取ろうとしたが、手綱どころではなかった。
「アマリア! 後ろだ!」
荷馬車の後ろから追い上げてきた男が、アマリアに迫る。抜き放たれたグラディウスは、獲物を求める血に飢えた獣のようだ。
アマリアが危険だと感じた瞬間、俺は自分でも驚くほどの力が出た。足元の木箱を持ち上げると、力任せに男に投げつける。
アマリアに気を取られていた男は、木箱を避けられなかった。木箱が鈍い音を立てて男の肩にぶち当たった。男は、たまらず落馬する。木箱の重さは、子供の体重ほどもある。運が悪ければ骨が折れているだろうが、同情する気は、
ぶつかった衝撃で、木箱の蓋が空き、中身が石畳に散乱する。
残る敵は、傷の男、ただ一人だが、こいつだけは油断ならない。ぴたりと荷馬車の後ろについた傷の男と目が合う。仲間が倒されたというのに、憤った様子もない。ただ、氷のような冷ややかな殺意が浮かんでいるだけだ。
不意に荷馬車が大きく揺れた。街道の両脇に設置された一段高い歩道に車輪が
足を踏ん張り、揺れに耐える。動きが止まった俺の隙を見逃すような、傷の男ではなかった。馬の腹を蹴ると、一気に速度を上げ、荷馬車の横に躍り出る。
「アマリア! 気をつけろ!」
俺はアマリアに警告しながら、御者台を振り返る。アマリアは馬を荷馬車へ寄せ、鞍から身を乗り出し、今まさに御者台へ乗り移ろうとしていた。
荷馬車の手綱を掴んだアマリアへ、男がまっしぐらに駆け寄る。抜き放ったグラディウスが、ぬめるように不気味に輝く。
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