第15章 放たれた矢 3
「あんた、もしかして、三年前までは
俺の言葉に、男の背中がわずかに震える。返事はなくとも、俺には、それだけで十分だった。
「元近衛軍団兵なら、アルビヌス帝の手先になった理由も、わかるぜ。そりゃあ、セウェルス帝に、犬っころみたいに尻尾を振れるわけがないよなあ。さすがに、そこまで誇りを失ってはいないってことか」
俺は、わざとらしく
「黙れ! お前みたいな若造に、何がわかる!」
今まで大人しくしていた男が、突然、暴れ出す。極められた関節が外れる事態も辞さないような、激しい暴れ方だ。
俺は右肩を男の背中に押しつけ、男の身体を壁との間に、しっかり挟み直した。
三年前、セウェルス、アルビヌス、ニゲルと、属州総督から皇帝に名乗りを上げた三人の中で、唯一人、首都ローマを目指して進軍した人物は、セウェルスだった。
当時は、皇帝位を競売という非常識な手段で手に入れたディディウス・ユリアヌスが帝位に就いていたが、セウェルスの進軍を知った近衛軍団兵に裏切られ、暗殺された。
皇帝不在のローマに配下の軍団兵を引き連れて入城したセウェルスに、近衛軍団は戦わずして降伏し、元老院もセウェルスの皇帝即位を承認した。
セウェルス帝は、降伏した近衛軍団兵全員に、武器を持たずに、近衛軍団兵の礼装用の鎧を身に着けた格好で、セウェルス帝に
近衛軍団兵達が思いもよらぬ事態が起こったのは、直後だった。武装したセウェルス帝の軍団兵達が、近衛軍団兵を取り囲んだのだ。動揺する近衛軍団兵達に、軍団兵は、兵装を解くように要求した。近衛軍団兵達が鎧兜を脱ぎ、鎧の下に着るテュニカ姿になった時、黙したまま、状況を見守っていたセウェルス帝は、近衛軍団兵達を凍りつかせる命令を放ったという。
命令の内容は、「今すぐ首都から離れよ。もし、首都から百ミリアリウム(約百五十キロメートル)以内に留まろうものなら、その場で殺す」というものだった。
三年前の屈辱を思い出したのだろう。男は拳を握りしめ、熱病にでも
近衛軍団は、帝国各地の軍団から、選り抜きの軍団兵が集められる。セウェルス帝の仕打ちは、男の誇りをさぞかし傷つけたに違いない。
だからといって、俺は男に同情してやる気は、全くない。己の誇りが傷つけられたからといって、犯罪に走っていい理由など存在しないし、ましてや、真っ当な役人として贋金の調査をしていたウィリウスを殺そうとしていいはずがない。
俺は、軽蔑の気持ちを隠そうともせずに言葉を続けた。
「自分一人じゃ、復讐なんて、とてもできないから、アルビヌス帝に取り入ったのか。贋金なんて作って、いったい、どんな汚い手段で、セウェルス帝に復讐する気だ?」
「知ったところで、お前達に止められるものか! 矢は
開き直ったように男が叫ぶ。
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