第14章 妹は復讐の女神 3


 車道をのろのろと進む荷車を尻目に、俺たち三人は、市内へ通じる門をくぐった。


 まるで街を包囲するように、軒を並べて建っている建物は、アレッティウム焼きの工房だ。幾つものかまから、細い煙が空へと立ち昇っている。


 アレッティウム焼きの発祥地である本国イタリアでは、奴隷によって焼き物が作られているが、ルグドゥヌムでは、自由民の陶工によって工房が経営されている。工房の周りには、わざわざルグドゥヌムまでアレッティウム焼きを買いに来た旅行者が、陶工と値段交渉をしていた。


 町の中心を貫く大通りを進むと、ルグドゥヌムの豊かさが一目で見て取れた。


 大通りの両側には、立派な店構えの商店や、数階建てのインスラが立ち並んでいる。どの建物も壁を保護するために乳白色の漆喰しっくいが塗られている。壁を明るい色の漆喰で塗る理由は、日光を反射させて、街路を明るくするためだ。

 一方で、壁の下部は赤色などの濃い色で塗られ、汚れが目立たないように工夫されている。


「さて。はるばるルグドゥヌムまで来ましたが、どうしますか?」


 町の中心である広場フォルムへ通じる坂道を上がりながら、俺はアマリアとウィリウスに尋ねた。広場の周りには、公会堂バシリカや、ローマの神々に捧げられた立派な神殿などの公共施設が立ち並んでいる。

 その中には、属州総督が政務を執り行う官邸もあった。


 官邸には、アルビヌス帝が滞在している。本来なら、ガリア・ルグドゥネンシス属州総督が官邸の主だが、アルビヌス帝がルグドゥヌムで政務を行っている現在、総督は官邸の片隅で肩身の狭い思いをしているに違いない。アルビヌス帝に取り入るのに必死になっている可能性も、大いにあるが。


 贋金造りの黒幕であるアルビヌス帝のすぐそばまで来ているというのに、俺達はアルビヌス帝に、一指たりとも触れられない。

 たとえ、アマリアとウィリウスが元老院議員の子女であれど、共同皇帝であるアルビヌス帝は、真正面から立ち向かうには、強大過ぎる。


 もう一人の皇帝、セウェルス帝を追い落とそうと画策しているアルビヌス帝だ。もし、俺達が贋金造りの黒幕を暴こうとしていると知れば、容赦なく、俺たち全員を始末するだろう。


「まず、貨幣の鋳造所ちゅうぞうしょへ行こう。出回っている贋金の出来映できばえは、精巧過ぎる。もしかしたら、鋳造所の職人が、贋金を造っているのかもしれない」


 警備の兵士が物々しく入口を固める官邸をさりげなく横目で見ながら、ウィリウスが提案する。


 ローマ帝国で発行される通貨は、職人が一枚一枚、打刻して作られる。まず、職人が表と裏の図案を彫った型を作り、その型の間に熱した平金を挟み、上から槌で打つ。すると、熱で柔らかくなっている平金の両面に、硬貨の図案が刻まれる、という仕組みだ。


 俺が持っている贋金の銀貨は、ウィリウスの言う通り、かなり精巧な出来だった。やや打刻が甘く、うまく図柄が出てない箇所があるものの、セウェルス帝の横顔を描いた表も、ローマを神格化した女神ローマを描いた裏も、型の彫りの見事さを感じさせる図案だ。よく注意して見なければ、贋金とは、なかなか気づかないだろう。


 ウィリウスが言うように、本物の鋳造所の職人が贋金の型を彫ったのなら、見事な出来映えも納得できる。


「それで、鋳造所に行くとして、場所はどこなのかしら?」

「さてな。その辺の通行人を捕まえて聞きますか」


 アマリアの言葉に、俺は肩をすくめた。ウィリウスも知らないと見え、思案顔でフォルムを見回す。


 と、次の瞬間、ウィリウスの表情が凍りついた。アマリアより濃い色の茶色の瞳が、信じられないものを見たように見開かれる。


「お兄様?」

 兄の変化を敏感に感じ取ったアマリアが、即座に尋ねる。妹の声も耳に届いていないような様子で、ウィリウスは左手を上げて右肩を掴んだ。


「わたしとクレメテスを襲った男が、いる」

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