第5章 最期を知る者 2
俺が頼むと、ラウロは困ったように、眉を寄せた。
「悪いが、この屋敷の使用人達は、単にウィリウス様の死の知らせを受け取っただけなんだ」
「どういうことだ? ウィリウス様は、狩りに出かけて落馬したんだろう? この屋敷へは戻って来なかったのか?」
町の外には、葡萄畑などの耕地が広がっているが、町から離れ、街道を外れれば、豊かな森が生い茂っている。俺はてっきり、ウィリウスがタラコ郊外で落馬したと思い込んでいたが、どうやら、違うらしい。
「ウィリウス様は、どこへ、誰と狩りに行ってたんだ? 知らせを受けただけということは、ウィリウス様の死に目には会っていないんだな? 知らせを持ってきたのは誰だ? クレメテスか?」
「おいおい。そんなに一遍に言われても答えられない。順番にいこうぜ」
身を乗り出し、矢継ぎ早に質問する俺を、ラウロが押し留める。
「あ、ああ。悪かった」
俺は葡萄酒を飲み干して、気を鎮めた。
「じゃあ、最初の質問からいこう。ウィリウス様が狩りに行った先は、どこだった?」
俺はカップに葡萄酒を注ぐと、再び壁にもたれた。
「ウィリウス様は、はっきりとは行き先を仰らなかった。バルキノ(後のバルセロナ)や、イルロ(後のマタロ)を経由して、海岸沿いに北東へ向かうとは聞いたがな。正直なところ、狩りが目的だったと知ったのは、ウィリウス様が亡くなられた後だ」
「つまり、ウィリウス様は出かける先も、目的も、告げていかなかったんだな?」
俺の確認に、ラウロは「そうだ」と頷く。
「ウィリウス様の供は、クレメテスの他は誰が務めたんだ? あと、他に同行者がいたかどうか、知らないか?」
「同行者については、知らない。お供は、クレメテス一人だけだ。二人とも、馬で出かけられたが、少なくとも、俺が見送りをした時には、同行者は見当たらなかった」
ラウロの答に、俺は腕を組んで唸った。
誰がウィリウスを殺した犯人か、わからないが、随分と巧くウィリウスをおびき出したもんだ。クレメテスまでが死んだ今、生存している目撃者は、一人もいないに違いない。となると、クレメテスも、自殺ではなく、他殺の可能性が高い。
「クレメテスはウィリウス様が亡くなった責任を感じて、首を吊ったと、官邸で聞いたが。ラウロ、クレメテスが死んだ時の状況を教えてくれ」
俺が頼むと、ラウロは一瞬、顔をしかめたが、すぐに話し始めた。
「クレメテスはタラコの町を出てすぐの林で、首を吊ったんだ。背丈や髪の色から、クレメテスじゃないかと知らせが来て、俺と奴隷頭の二人で、死体を確認しに行った」
ラウロは乱暴に葡萄酒を呷った。
「野犬にやられてたのと暑さのせいで、死体は酷い有様でな。すぐに火葬したが、その日は一日、食い物が喉を通らなかったぜ」
クレメテスの惨状を思い出したのか、ラウロは今にも吐きそうに顔を歪めた。
「嫌な話をさせて悪かったな。だが、もう少し聞かせてくれないか。クレメテスは、やはり、ウィリウス様が亡くなられた責任を感じて、深く悩んでいたのか?」
俺は、アマリアの言葉を思い出していた。アマリアは、クレメテスは自殺などしないと断言していた。自殺では、ウィリウスの死に対する責任の取り方にはなりえない、と。
俺は、クレメテスにも会った経験がない。アマリアが下した判断に間違いはないだろうが、他人にも確認をしておくべきだ。
俺の質問に、ラウロは寂しげな微笑を見せた。
「クレメテスが責任を感じる気持ちはわかるよ。クレメテスは、心の底から忠実に、ウィリウス様に仕えていた。クレメテスにとっては、ウィリウス様が世界の中心だったんだろうな。ウィリウス様も、クレメテスを誰より信頼してらした。二人を見ていると、年が近いからか、主人と奴隷というより、気のおけない友人同士のように見えたよ」
言葉を切ったラウロは、葡萄酒を一口飲むと、カップに視線を落とす。カップの中では、黒に近い色の葡萄酒が、ゆらゆらと揺れていた。
「クレメテスがどんなに深い絶望を感じていたのかは、わからない。クレメテスは、ウィリウス様が亡くなられてすぐ、首を吊ったらしい。死体は、死後、何日も経っていた」
「待ってくれ! つまり、クレメテスは、この屋敷へ帰って来なかったんだな?」
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