水森飛鳥と絶望へのカウントダウンⅥ(届いた手紙)


 帰りのホームルームが終わり、部活などに行く生徒を除き、一斉に帰宅する生徒たちの波に流されないように、少しばかり教室を出たのを送らせたせいなのか、普段ならその場に有るはずのないものが、そこにはあった。


「手紙?」


 今時、昇降口の下駄箱に手紙なんて、誰もするはずがないので、差出人不明な『水森飛鳥様』とご丁寧にも書かれた手紙を、内心警戒しながら開いていく。


『直接・間接関わらず、初めまして、で合ってるわよね?』


 手紙の最初はそんな出だしだった。


『今、差出人不明なこの手紙を読んでいると思うから、このまま続けさせてもらうけど、まずは、ご苦労様。何やら頑張って駆けずり回っているみたいだけど、苦労してくれているよりで何よりだわ』


 その後に続けられたその言葉で、差出人が誰なのかが、大体分かってきた。

 靴箱に軽くもたれながら、手紙を読み進めていく。


『貴女のおかげで、一学期は大変だったわ。貴女に手を出そうとしても、結果的に終業式直前になるまで掛かってしまったのは想定外』


 ああ、やっぱり――差出人は『女神』か。


『でも、貴女は二学期になって戻ってきてしまった。貴女の幼馴染とかいう彼と一緒に』


 夏樹なつきの存在は、こちらとしても予想外だから、纏められても困るんだが……そうか。女神からすれば、転校生として来た夏樹も私と同じ存在だと思ったわけか。


『だから、彼らに一番期待されているであろう貴女に、一度仕掛けてみることにしたの』


 この『彼ら』というのは、きっと神崎かんざき先輩たちのことなんだろう。


『でも、貴女は彼らに掛けた私の術を解いてくれた』


 今度の『彼ら』は、会長たちのことなんだろう。


『やっぱり、一度帰還したこともあって、彼らの加護が強化されたと思って良いのかしら?』

「……」


 その点については、何とも言えない。

 元の世界とこの世界を行き来するための鍵を、予備を含めて貰ったが、加護の強化については、こっそりされていたら多分、気づけていない。


『まあ、そんなことはどうでもいいの』

「……どうでもいい?」


 女神にとって、神崎先輩たちの加護がある私や夏樹の存在は邪魔なはず。

 それを『どうでもいい』と一蹴する理由は何だ。


『貴女が行動する度に、どうやら私の術は解除されるらしいから、それをされても大丈夫なように、私は多くの作戦を考えたの』


 何だろう……何だか、この手紙の裏で、女神が笑みを浮かべている気がしてならない。

 そして、『多くの作戦を考えた』。

 これは、出来るものならやってみろ、解けるものなら解いてみろという――


「挑戦状のつもりか」


 全く、地味な嫌みしか書いてないのか。この手紙は。

 それでも、まだ続きはあるので、手紙を読み進めていく。


『ふふ、貴女の嫌そうな顔が目に浮かぶわ』


 悪かったな、予想通りで。


『でも、私は退く気は無いし、貴女も退くつもりは無いのでしょう?』


 ここまで来た以上、確かに退けない。


『だから、考えたの。貴女や貴女たちが手出しできなくような方法を』


 何だろう、ものすごく嫌な予感がする。


『まあ、こんなこと言うとフェアじゃなくなるだろうから、私としても、本来なら・・・・したくも無いんだけど――……』

「……な」


 少しずつ読み進めていくと、その内容は、私にショックやダメージを与えるには十分じゅうぶんだった。


『弟の命を助けたければ、これ以上、手を出すのは止めなさい』


 注意や忠告なんかじゃない。

 これは――脅しにして、警告だ。


『貴女が手出しするのを止めれば、こちらもこれ以上、何かする気は無いから覚えておいて』


 手紙はそこで終わっていた。

 けど……けど……っ!


「っ、」


 ああ、最悪だ。

 夏樹がまともならまだしも、今は頼れないし、相談すら出来ない。

 雛宮ひなみや先輩たちに相談したくても、女神の言う手出しの範疇が分からない以上、簡単には接触できなくなってしまった。


「……」


 考えろ考えろ考えろ。

 異能と加護があるんだから、使える手札でどうにか出来るはずだ。


「あれ、飛鳥あすか?」

「どうかしました?」


 声を掛けられ、そちらを向けば、久々に見る組み合わせ――桜峰さくらみねさんと副会長が一緒にいた。


「いや、何でもないよ」

「あ、そういえば――」

「ごめん、咲希さき


 何か言い掛けた桜峰さんを遮る。


「あのさ、少しの間――距離を置いてほしいんだ」

「え……?」


 桜峰さんだけでなく、副会長の目まで見開かれる。


「ああ、ごめん。いきなり、そんなこと言われても困るよね」


 私だって困る。

 それに、たとえそう思ったことはあっても、今まで面と向かって「距離を取れ」なんて言ったことは無かった(はずだ)。


「……何かあったの?」

「あー、こっちの個人的な事情、かな」


 これについては、間違ったことは言ってない。

 手紙はとっさに隠したことで見えてないはずだから、それが原因だと指摘されることもないだろう。


「だから、お願い。大丈夫だって分かったら、こっちから声掛けるから」

「……うん、分かった。けど、何かあったら言って。内容次第では、相談に乗るとまではいかないけど、話を聞くことは出来るから」

「ありがとう、咲希」


 こういうときばかりは、桜峰さんがヒロインで良かったと思う。


「まあ、男手が必要なら言ってください。かなめたちも引っ張ってきますから」


 えー……


「何ですか。その、どこか不服そうな顔は」

「いや、まさかそんなこと言われるとは思わなくて……」


 良い印象を持たれるようなことをした覚えはないのだが。


「あのですね、この前の件や咲希に対して、貴女が素直でないことだけは理解しましたが――せめて先輩あにの言うことぐらい、ちゃんと聞きなさい」

「あ、まだ引っ張るんですね、そのネタ」


 意外だ。


「それに、貴女みたいな妹は入りません」

「そのまま返しますよ。私も副会長みたいな兄は入りません」


 男兄弟なら、ハルだけで十分じゅうぶんだ。

 そう話していれば、くすくすと笑い声が聞こえてくる。


「こうして見ると、やっぱり二人が兄妹に見えなくもないね」

「止めて」

「止めてください」


 ネタであるから良いんであって、ガチの兄妹に見えるなんて、冗談じゃない。


「けど、元気になったみたいで良かったよ」

「何か落ち込んでいるようにも、見えましたからね」

「ああ……」


 確かに、手紙の内容にショックは受けていたが、まさか桜峰さんたちにまで分かるほどだとは。


「多分、飛鳥は聞いても答えてくれないから、聞かないけどさ。溜めすぎも良くないからね?」

「分かってるよ。もう自分の手に負えなくなったら、ちゃんと話す」


 うん、と桜峰さんは微笑んだ。


「それじゃ、私は帰るから」

「うん、また明日ね」


 軽く手を振って、私は昇降口を出た。


「大丈夫、大丈夫。きっと、どうにかなる」


 そんな暗示を掛けながら、家まで歩く。


 ――そう、きっと大丈夫。



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