水森飛鳥と体育祭Ⅳ(後半の部・その2)


飛鳥あすか

「はい」


 靴紐を縛り直していれば、声を掛けられたので、返事をしながら顔を上げる。


「前、任せたからな」

「任された。じゃあ、後を任せたよ。あの二人、速いから」

「引き受けた。……さぁて、どう相手してやろうか」

夏樹なつき、悪い顔してるから」


 ……引き受けてくれるのはありがたいけど、ぶつぶつと何かを呟くのだけは止めてほしい。


「じゃあ、控えの方に居るわ」

「ん。上手く回せるように頑張るよ」


 走者は私の後に夏樹だからね。

 ちなみに、男女混合とはいえ、ある意味チーム対抗なので、彼らが隣のコースに居るわけで。


「キャーッ! 鳴宮なるみやくーん!」

鷹藤たかとうくーん! 頑張ってー」


 彼らがまだ走る番ではないというのに、最初からコレである。

 そして、飛び交う黄色い歓声は期待通り、『下剋上システム』の影響を薄めてくれているようだ。

 けど、まずは――


「頑張れ、一年生」


 もし、出遅れたとしても、後は私たちがどうにかしてあげるから。


   ☆★☆   


「……」


 さて、私のターンは終わって、夏樹たちのターンである。あるのだが――……


「何を張り合っているんだか。あの二人は」


 ちなみに、私が走っていたときは一位通過だったのだが、隣のコースで鳴宮君にバトンが回ったと同時に、一気に追い上げてきたのだ。

 そうなれば、黄色い歓声だけじゃなく、応援にも熱が入るわけで。


『何でお前が同じクラスなわけ? こっちは水森みずもりさんからのバトン、受け取ってみたかったってのに!』

『だったら、来年同じクラスになれることを祈っておくんだな。まあ、俺も一緒なら意味はないだろうが』

「……くだらないやり取りしてんじゃないっつーの」


 異能を発動したタイミングが悪かった。

 それと同時に、二人が話している内容が周囲に聞こえないようにしておく。

 そして、やっぱり微妙に悪者っぽい夏樹。

 どうした。一体、何があったんだ? ん?


「まさか、鳴宮君と競り合える人が居るなんて思わなかったなぁ」


 意外、と話す隣で走り終わった子たちの会話を聞く。

 まあ、夏樹は去年居なかったしね。


「っ、と」


 どうやら、走者はアンカー同士になったらしい。

 それにしても――


「やっぱり、早い……!」


 今はそんなに差は無いけど、見えない差は徐々に出始めている。


 ――頑張ってほしい。


 みんな鷹藤君が足が速いのを知ってるから、彼が相手だからと彼を応援したり、すでに勝つのを諦めたりしている。

 けど、私たちの先輩アンカーは違う。まだ、勝つことを諦めてない。


『まだだ――まだ、勝てる』


 ゴール地点では、ゴールテープが用意されている。


『クソッ、ゴールが遠い!』


 つらそうな顔をし始めた先輩を、鷹藤君が一瞬見たのに気付く。

 さて、どうする?

 手を抜いて勝たせるか、正々堂々と戦って勝つか。


「まあ、君ならそうするか」


 ゴールテープが切られるのと同時に、風が吹く。

 先程のを言い換えれば、手を抜いて先輩の矜持プライドを傷つけるか、正々堂々戦って先輩の矜持プライドを守るか、だから。


「だぁーっ! 負けたぁっ!」

「い、や……しょう、じき、焦り、ました……っ」


 ばたんと地面に倒れ込んだ先輩に、息切れしながら鷹藤君が返す。


「飛鳥」


 夏樹がこっちに来た。


「そろそろ戻るぞ」

「そうだね」


 そのまま二人で控え席に戻る。


「リレー、ご苦労様」


 私たちが戻ってきたことに気付いたかなでちゃんたちが、声を掛けてくる。


「負けたけどね」

「あれは仕方ないよ」

「けど、確かに相手にはしたくないな。速い速いってのは聞いていたが、少し驚いたぞ」


 まあ、あれはなぁ。


「あと、御子柴みこしばさぁ。役員相手に何張り合っていたの」


 真由美まゆみさんが夏樹に尋ねる。

 ちなみに、私は内容を知ってるけど、夏樹に目だけ向ける。


「張り合ってねーよ」

「いや、あれは雰囲気からして張り合ってたって」


 真由美さんはそう言うが、どちらかといえば、噛みついてたのは鳴宮君の方だった気がする。


「けどまあ、鳴宮君とほぼ同じで走ってたんだから、間違いなく注目はされたよね」

「モテ気到来、だね。夏樹」

「うっさい」


 ありゃ、不貞腐れたか?


「御子柴君は、いろんな子から迫られても、本命に振り向いてもらいたそうなタイプだよね」

相原あいはら?」


 相原というのは、奏ちゃんの名字だ。

 あと、奏ちゃん。『本命』と言ったタイミングでこっちを見ないでほしい。

 夏樹は夏樹で、そのことに気付いているのかいないのか、分からないし。


「あ、チーム対抗始まったね」


 奏ちゃん、上手く誤魔化したし……


「そういや、斎木さいきが出てるんだっけか」

「そうそう。同じ男女混合でも、あっちは順番が決まってたけど、こっちは組み合わせ自由だからね」

「飛鳥がチーム対抗の方に入ってたら、どっちの結果も、どうなってたか分からないけどね」


 そう話しながら、チーム対抗リレーに目を向ける。

 ちなみに、生徒会役員からは、会長と鷺坂さぎさか君が参加している。

 それと――


咲希さき。仮にも会長たちは敵チームだから。せめて、自分たちのチームを応援しようか」

「けど、二人も頑張ってるんだから、応援しないと。今年が最後なんだし」

「今年が最後って言うのなら、副会長も最後じゃん」


 頑張ってるのは、二人だけじゃないんだから――……っと、私たちがこうやって話してる間、副会長の顔が何とも言えないものになってるの、桜峰さくらみねさんは気付いてるのか?

 いや、この様子だと、気付いてないんだろうなぁ。


「うぅ……何でこんなチーム分けなのぉ」

「何で今、後悔してるの。今更なのに」


 鳴宮君。いくら正論でも、バッサリと言わないであげて。


「もう終わるからあれだけど、鷺坂君みたいに開き直ってればいいでしょ」

「けど……」

「咲希。今更、気にしても仕方ありませんから。ね?」

「気にするなら、どこが優勝するかを気にしておけばいいんじゃない?」


 うちのチームの人たちも頑張ってくれてるんだし。


「どのチームもアンカーに入ったな」


 鷹藤君が言った通り、どのチームもアンカー同士の対決に入っており、みんなゴールに向かって、ラストスパートを掛ける。


『さぁ、二組ふたくみが接戦! 先にゴールに辿り着くのはどっちだぁっ!?』


 実況にも熱が籠もる。

 けど――


「え、嘘。今のどっち?」

「この場合って、どうするの?」

「ビデオ判定じゃないですかね。設置はしてあるので」


 まさかの微妙な同着に、桜峰さんが副会長に尋ね、そう返されている。


「それでも、三位は俺たちかぁ」


 残念そうに鳴宮君が言う。

 ちなみに、同着したためにビデオ判定待ちしてるのは、うちのチームと会長たちのチームだったりする。

 うちのチームは、足の速い人を、『男女混合リレー』と『チーム対抗リレー』とでは『チーム対抗リレー』に割いていたみたいだから、何とか同着に持ち込めたんだと思う。


『皆さん、お待たせいたしました』


 そのまま、実況から、ビデオ判定の結果が告げられる。


『このリレーの勝者は――』


 この結果次第で、今ある順位も変わってくる。

 そして、告げられたのは、やっぱりというべき結果だった。


『勝者、赤チーム!』

「あー……勝ったのは、会長たちかぁ」


 実は、赤青白緑と色でチーム分けされていたのだが、私たちが青チーム、会長たちが赤チーム、鳴宮君たちが白チームなのだが、緑チームには特に知り合いというべきか、接していた人がいなかったので、今は省いておく。

 さて、実況の勝利者報告で、一気に歓声と落胆の声が上がるが、今はまだ早い。


「ってことは……」


 順位表に目が行く。

 『チーム対抗リレー』の結果が加算されたことで、順位が変動する。


「同点……」

「それも、二チーム、か」


 誰も注目していなかったと言ってもいい緑チームが二位に浮上してくるとか、誰も思わないだろう。

 ちなみに、一位は会長たちで、私たちと鳴宮君たちは三位だった。


「けど、二位がまさかの緑チームっていう大穴に、戸惑いが広がってるな」


 夏樹も苦笑するしか無いらしい。

 けど、見ていた限りでは、緑チームが一位だったこともあったから、その得点が大きかったのだろう。


「さて、と。結果も出たことだし、自分たちのクラスの方に戻るよ」

「それじゃあな」


 そう言って、鳴宮君と鷹藤君が戻っていく。


「結局、最後の最後まで居やがったな。あの二人」

「だねぇ」


 最終競技も終わったわけだけど、会長たちはこっちに来るのだろうか?


「……負けちゃいましたねぇ」

「ええ、終わりました。でも、これも良い思い出です」


 桜峰さんと副会長が、閉会式のために片付けられ始めたグラウンドを見ながら、そう話す。

 良い雰囲気になりそうだから、あまり水は差したくないのだが――


「副会長。とりあえず、自分のクラスに戻ってください。いくら同じチームだからと、ギリギリまで居て良いことにはなりませんよ」


 それに、貴重品以外の荷物は自分のクラスに置いているはずなので、早く見に行くように言っておく。


「貴女は空気が読めないんですか」

「私だって読みたいんですが、はっきり言って、今その空気は邪魔なので、後で二人でゆ~っくり楽しんで貰えますか?」


 断じて、イラッとして八つ当たりしたわけではない。


「言ってくれますね」

「まだまだ言いますよ? 閉会式が始まるんで、早く荷物を確保してこいと」


 笑顔で言い合う。

 そして、私の方が正論だと思ったのか、その場に居合わせた何人かが頷いた気がする。


「やれやれ、分かりましたよ。それでは、咲希。また後で」

「あ、はい……」


 笑顔で言った後に去っていく副会長を見送り、ほうける桜峰さんを余所に、私も自分の周辺や荷物を確認する。


「桜峰の奴、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない?」


 今、彼女がどんな表情をしていようと、今やるべきことはやるべきだ。

 だから――


ぁ~ぃ~」

「ひゃ、ひゃい!」


 声を掛ければ、桜峰さんがビクリと肩を揺らす。


「閉会式、行くよ」

「あ、うん」


 移動を始めたみんなを見つつ、彼女に閉会式に向かうことを伝えると、私たちも閉会式へと向かう。

 その後は、簡単に表彰式や閉会の挨拶をやって解散となった。

 そして――


『咲希。今日はご苦労様でした』

『あ、いえ。未夜みや先輩こそ、ご苦労様です。私なんて、飛鳥たちとも比べたら、そんなに頑張っていませんし……』


 もちろん、聞き忘れはしない。

 私が疲れているのに、まだ帰ろうとしないのは、桜峰さんたちのことが少し気になったからだ。


『謙虚なのも良いですが、自分を卑下しすぎるのも、よくありませんよ? 度が過ぎれば、嫌味になりますからね』

『そうですね』


 桜峰さんも、やっぱり疲れているのかな?


『お互い、疲れてるみたいですし、今日はこのぐらいにしておきましょうか』


 おそらく、会って話してるんだろう副会長から見ても、疲れているように見えるのなら、彼女は疲れているはずだ。


『咲希?』

『あ……いえ、何でも無いです……』


 おや、これはもしかして、桜峰さんが無意識に引き止めたパターンかな?

 その後は、特に何事も無く、二人は解散したらしい。


「……」


 私も異能を止める。

 これで、学園祭は終わった。残る二学期の行事は試験と修学旅行ぐらいだろう。

 それも終わってしまえば、残るのは冬休み中のクリスマスと年末年始に三学期のみ。


「何があっても、きっと大丈夫」


 絶対に。

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