水森飛鳥と体育祭Ⅲ(後半の部・その1)


 ――ああ、嫌だ。


 これから走るコースに目を向ける。

 何が嫌って、桜峰さくらみねさんから名指しで応援されるのだ。

 ようやく目立たず、落ち着いてきたのに、これ以上、目立ちたくはない――勝てると分かっていながら負けるのも、嫌だが。

 それぞれがそれぞれのスタート位置に着く。


「さぁて、勝ちに行きますか」


 手加減無用の本気の勝負、開始である。


   ☆★☆   


「……ヤバい。気持ち悪い……」

「短距離で本気出すからだろ」


 夏樹なつきが呆れた目を向けてくる。

 ちなみに先程の競技は、4×100の決勝である。


「……うっさい。勝ったんだから、責められる理由は無いはず……」

「あーもう、無理して話そうとするから……」

御子柴みこしばも、一旦話しかけるの止めたら?」


 かなでちゃんと真由美まゆみさんが介抱してくる。

 ちなみに、桜峰さんたちは出場競技に行っていたり、応援していたりしているので、私の方にはいない。

 鳴宮なるみや君は桜峰さんたちと一緒に居ながらも、こっちが気になるのか、ちらちらと目を向けてきてるけど。

 少しお茶を飲んで、息を吐く。


「はぁ、やっと落ち着いてきた」

「これ以上、気持ち悪そうにしてたら、保健室送りにしようかと思ったわ」

「はは……」


 真由美さん。それ、冗談には聞こえませんよ。


「それで、現状は?」

「んー、うちのクラスは三位だな」

「でも、タイミング的には、そろそろじゃないかな?」


 ああ、あれか。


 ――下剋上システム。


「止めて欲しいなぁ、あのシステム」


 神崎かんざき先輩でも女神でもいいから、この点だけはどうにかしてほしい。


「最後に勝ちたいっていう気持ちは分からなくはないんだけど、やっぱり、最後ってなると違うのかなぁ」

「……」


 そうか、最後か。

 雛宮ひなみや先輩たちは私たちを希望と言い、元の世界へ戻ることを諦めてはいなかった。

 でも、私と夏樹にとって、そのチャンスも、全ては『一回しかできない』という――『最初で最後』の“機会”なんだ。


「そろそろだ」

飛鳥あすかちゃん?」


 定めた期間分は過ごしてはやるが、展開ぐらいはこちらで少しいじらせてもらうぞ。

 何も知らないだろう桜峰さんあの子には悪いが、私は雛宮先輩たちだけでなく、奏ちゃんたちも助けると、そう決めたから。


『さぁっ! 次の競技は――『下剋上システム』発動だぁっ!』

「ウォォォォオオオオ!!!!」


 学園祭実行委員(体育祭担当)のそんな声に、歓声が上がる。


「え? え?」


 桜峰さくらみねさんが戸惑うように、周囲を見回す。


「うわぁ、これは……」


 夏樹は夏樹で、もう引いている。


「御子柴。これはまだ序の口だから」


 真由美さんが苦笑いして、そう教える。


「『下剋上システム』の真価は競技中。まるで狂ったかのような空気になる」

「……」


 さて、初めて見て体験することになる桜峰さんたちは、どんな反応をするんだろうか。


   ☆★☆   


「なに、これ……」


 桜峰さんが声を洩らす。


咲希さき先輩? 大丈夫?」

「あ、あ……」


 鷺坂君が桜峰さんに尋ねるが、返事はない。


「飛鳥」

「何?」

「これが、『下剋上システム』の真価、か?」

「そうだね」


 見るのが二度目となると冷静になる。


「大丈夫ですよ、咲希。みんな、終わりが近いので、ラストスパートに気合いが入っているだけです」


 物も言い様だね。副会長。

 ちなみに彼、200m決勝から戻ってきたばかりである。


「それでも……それでも、これはおかしいよ。狂気じみてる」

「咲希……」


 彼女の対応に困ったのか、副会長が困ったような表情になる。

 でもね。今の感覚としては、桜峰さんの方が正しいと思うんだ。


「夏樹。そろそろ行こう」

「このタイミングで言うか」

「次も多分、『下剋上システム』が出るかもしれないからね。それでも、ラスト三競技。行こうか」


 残りの競技は、4×200m決勝と男女混合リレーとチーム対抗リレー。


「出るのは二競技だけどな」


 男女混合とチーム対抗ね(4×200は駄目でした)。


「でも、出て大丈夫なの?」

「大丈夫。きっちり勝ってくるよ」


 走れないほどじゃないし。


「なら、俺も一緒に行こうかな。男女混合リレーなら、俺も出るし」


 え、君も出るんですか? 鳴宮君。


「先に言っておくが、こっちは負けるつもりは無いからな?」

「その台詞、そのまま返すよ」

「走る順番が違うかもしれないのに、よく言うよね」

「それは言わないでよ」


 男女混合リレーは、奇数が女子、偶数が男子って決まってるが、その順番はバラバラだ。

 アンカーが三年だったり、二年だったり、一年だったり。


水森みずもり、水森」

「ん?」

「俺も出るから」

「えー……」


 鷹藤たかとう君も出るとか、嫌味ですか。


「君、足速いじゃん。嫌だなぁ」


 去年、同じクラスだったから覚えてる。


「アンカー?」

「よく分かったな」


 やっぱりか。


「君がアンカーな時点で、こっちの勝率が下がった気がするよ」

「俺だけが、いくら速くても勝てるわけじゃない。みんなで協力しないと、勝てるものも勝てない」

「ああ、うん。そうなんだけど」


 その点は否定しない。


「それに、さっき勝率が下がった気がするって言っていたが、そのまま返すぞ。去年のお前の速さには助かっていたからな。敵なのが残念だ」

「そーですか」


 こちらでの運動などに関しての大半は神様からの加護ブーストのお陰だが、元々の運動神経は良い方だと思っている。

 だから、それでも――たとえ加護かごが無かったとしても、私は負けるつもりはないけど。


「まあ、勝たしてもらうよ」

「それは、こっちの台詞だ」


 あとついでに、役員二人が出るんだから、『下剋上システム』を上回る応援をしてほしいものだ。


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