雛宮未季と魚住新はそれぞれの過去を語るⅡ(隠しキャラの経験)


「……」


 雛宮ひなみやの話を聞いた後輩たちは黙り込んでしまった。

 もしかしたら、何か考えているのかもしれないが、二人の雰囲気から、それは違うのだと理解した。


「……魚住うおずみ君」


 雛宮が小声で話しかけながら、目を向けてくる。


「分かってる」


 とりあえず、一度後輩たちの意識をこちらへ向けさせないと。


「はいはい。考え込むのは後にしろ。何か感想があるのなら、俺たちの話を全て聞いてからにしろ」


 そう言いつつ、手を叩いて注目を集めれば、戸惑いの目を向けながらも、何か覚悟したらしい。

 雛宮に目を向ければ、無言で頷かれたので、俺は少しずつ話し始めた。


   ☆★☆   


 ことの始まりは何だったか。

 この世界が置かれている状況を神様とやらから話を聞き、頼まれ、引き受けてしまった。


「知識があるとはいえ、難しいだろ。これ」


 しかも、失敗者がすでにいるという、難易度がやや高めのゲームみたいだ。

 俺より先に来ているらしい子は、お金持ちのお嬢様(という設定)らしく、接触しようにもそう簡単に会えるような子でもないらしい。

 だが、通う学園が同じなためか、顔の確認だけは出来た。


(雛宮!?)


 見覚えのある顔だった。

 そして、声を掛けようとして、動きが止まった。

 どう接触しようか、考えてなかったからだ。


「……っ、」


 けれど、これからのことを考えたら、雛宮とは連絡しあえるようにしておく必要がある。

 その方法を考えていれば、いろんな噂や話が聞こえてきた。


 ――獅子堂ししどう会長の婚約者さん……雛宮さんだっけ。何もしないと良いけど……


 それを聞いたとき、愕然とした。接触するという難易度は、元から高かったらしい。

 そんな俺が、雛宮と会ったのは、何気ない日だった。


「魚住君、だよね」


 彼女の周囲には、珍しく取り巻きは居らず、俺からすれば、まさか向こうから声を掛けてくるとは思わなかった。


「……そうだけど」

「良かった。間違ってたらどうしようかと思ったよ」


 安堵の息を吐く彼女を見つつ、今の彼女がどこかわざとらしさもあったお嬢様口調ではなく、彼女本来の話し方をしている、『雛宮未季みき』という少女なのだろう。


「それで、用件は?」

「いや、神崎かんざき君と会ったんだと思って、声を掛けに来たんだ」


 初対面だったはずの神様の顔が、どこかで見た顔だな、と思っていたのだが、雛宮のおかげで解けた。


「とりあえず、先に番号とかを交換しよう。これから先も連絡しあうことになるだろうし」


 そのまま、番号やメルアドなどの交換を終えれば、俺の隣に座り込んだ雛宮は、自分が体験した周回について話し始めた。


「分かっていたはずなのに、結局どうすることも出来なかったし、あちらへ戻ることも出来なくなっちゃった」


 せっかく頼ってくれたのに、とどこか悲しそうに雛宮は言った。


「ねぇ、魚住君」

「何だ?」

「これは私からの助言」


 雛宮は言う。


「この世界の強制力は強いから、気をつけて。『隠し』となった君に、彼女が近づいてこないはずがないから」


 どちらにしろ、彼女に一度は接触しないといけない。


「分かった」


 頷けば、雛宮が微笑み、立ち上がる。


「私は『雛宮未季』。雛宮財閥の令嬢よ」

「俺は『魚住うおずみあらた』だ。一年間、よろしく」


 設定を・・・名乗る雛宮に、俺も名乗り返し、握手をする。

 これが、この世界での俺たちの出会いだった。


   ☆★☆   


 雛宮の言う通り、桜峰は俺に接触してきた。


「すみませんっ……!」


 この世界にける『魚住新』という人物と、ヒロインである桜峰さくらみね咲希さきの関係は、角でぶつかることから始まる。

 原因は、彼女が廊下を小走りしていたせいだ。


「いや、気にしなくって……」


 いい、と最後まで続けられなかった。

 何故かと問われれば、彼女の姿を目に入れたから、としか答えられない。

 そして、それと同時に、思わず思ったこと。


 ――これは、ヤバい。


 美少女かと言われれば、そうかもしれないし、どちらかといえば『可愛い』の方が当てはまるのだろう。

 それでも、彼女からすぐに離れろと、俺の脳内では警鐘が鳴らしっぱなしなくせに、身体は少しも動かない。


(これが、雛宮の言っていた強制力なのか?)


 もしそうなら、物凄く厄介だ。

 この『出会いイベント』が終わらないと動けないとか、冗談じゃない。


「あの……?」


 不思議そうに首を傾げる桜峰に、「いや、何でもない」と返す。


「次は気をつけろよ?」

「はい、本当にすみませんでした」


 最後に頭を下げて、彼女は再び小走りしながら去っていく。

 さっきそのせいで俺にぶつかったのに、もう忘れたのかと言いたくなる。


「今のが、魚住君ルートの開始方法なんだね」

「雛宮……?」


 何で財閥令嬢が取り巻きを一人も連れずに、この場に一人でいるのかを聞きたかったが、それよりも、だ。


「ルート開始?」

「おそらくね」


 それでも、私の時は隠しキャラ設定された彼らへのルートが開くような流れが無かったはずだ、と雛宮は言う。


「いや、イレギュラー相手に、隠しキャラルートの開示を求めるなよ」

「それもそうだね」


 雛宮が納得したかのように頷く。


「で、取り巻き一人も居ない状態で、雛宮様・・・はお一人で何をなさっていたんですか?」


 一応、周囲を警戒しての俺の疑問に不機嫌そうな顔になるが、通じてはいたのか、すぐに令嬢モードの表情に戻し、答える。


「一応、様子を見に来ただけ。せっかくの仲間を失いたくはないから」


 目を逸らしながら、そう言う彼女だが、どうやら照れているらしい。


「すみません、心配掛けて」

「誰が心配なんて……少しはするわよ」


 目を逸らしたまま言われた。

 あと、本人は呟いたつもりだったのだろうが、ばっちり聞こえてます。


「本当に、ありがとな。雛宮」


 きっと俺が困っていたら、何かしらのフォローでもしてくれるつもりだったのだろう。

 礼を言えば、ようやく目を向けられ、次には溜め息を吐かれる。


「気をつけなさいよ? どうやら貴方は、彼女と何度もぶつかることになるみたいだし」

「……みたいだな」


 脳内にあった情報が追加された。

 何が追加されたのか。もちろん、俺についてであり、いくつか予測される流れもある。

 それに、最初の数回が出会ってぶつかって、(俺が)注意して、のパターンとか、嫌だな。


「……まあ、健闘を祈るわ」


 そう言うと、雛宮は来た方向へと戻っていった。


「……」


 こんな状態で、これから俺に、どうしろと言うんだ。

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